第154話 安心してください、仕込んでますよ


 教会勢が退室した後の部屋は沈黙が支配していた。

 有り体に言えば空気が重苦しい。


 別室から場所を移して来たクリスティーナたちも交えて一堂に会しているが、誰も口火を切ろうとしなかった。


 覚悟はしていたとはいえ、実際に教会との戦が現実のものとなれば不安にもなる。

 人類最高戦力と呼ばれる存在を敵に回すのは並大抵のことではない。


 その事実が一同の肩に重くのしかかっていた。


「陛下、よろしいですか」


 そっとエリックが手を掲げた。

 相変わらず空気など意に介していない様子だ。


「なんでしょう、マクレイヴン大佐」


 エーレンフリートが答える。

 自分の代わりに発言してくれたことへの安堵が表情からわずかに窺えた。


 苦笑したくなるがエリックは我慢した。

 さすがに自分の尻拭いをさせるつもりはない。


「交渉は決裂、まことに遺憾ながらいくさが決まりました。今後の流れ、方針を今一度共有いたしたく」


 事実の再確認など本来気が重くなるだけだが、エリックはその中で淡々と語ることを意識していた。


 この状況では司会進行は自分が務めるしかない。

 ならばヴェストファーレン側を弱気にさせないことだけを考える。

 ここから離反者など笑えないのだ。


「用兵に関しては大佐の右に出る者はおられないでしょう。是非ともお願いしたい」


「あまり持ち上げられても困ってしまいますが……」


 エリックの言葉は謙遜、あるいは冗談と受け取られたらしく何人かが小さく笑う。

 少し緊張が解れた。


 誤解を訂正するつもりはないが、いくら特殊部隊とはいえ海軍出身の身としては「陸戦に関してはハーバートの方が……」と思わなくもない。


 しかし、それでは彼らを不安にさせてしまう。


「大佐は凄腕です、安心です」「あの交渉力の通りです、無敵です」「敵は生きて帰れません、殲滅です」


 ロバート、ジェームズ、ウォルターがここぞとばかりに口を開いた。


 ずいぶん適当なことを言ってくれる。

 どうも上官にすべてを丸投げできる事態を楽しんでいるフシがあった。


「おまえら……」


 せめても反撃として睨み付けてからエリックは小声で呪詛の言葉を吐く。だがそれだけだ。

 責任のない三人と違い、開戦の引き金を引いたのは誰がどう見ても自分だ。なんとかする責任はある。


 そこでふと気付く。


 ……どうやら自分はそれなりにやる気になっているらしい。


 早めに将官をぶべきだったと後悔もあるが、もしそうならこんな一世一代のイベントの当事者にはなれなかっただろう。


 まぁ、計画を進めるしかない。今になって「やっぱりなし」とも言えないのだから。


 溜め息に見えないようそっと息を吐いてエリックは口を開く。


「まずは教会軍を迎え撃つ場所を決めねばなりません。そこに展開するための時間など諸々から戦争計画を策定します。加えて我々〈パラベラム〉の軍を貴国に移動させる必要も。その受け入れ場所と各種準備など――」


 関係者に流れを説明していくと、エリックの淡々とした語りによってなんとかなりそうな気になったのか、雰囲気が和らいでいくのがわかった。


 実態に即しているかは甚だ疑問だが、とりあえずなんとかするのが仕事なのでこれは仕方ない。


「まぁ、教会軍が来るまで最低でもひと月はかかるでしょう。その間に貴国への武器供与と訓練を完了させるだけです。ランツクネヒト卿、これは後ほどお屋敷に参りますのでそこで別途詰めましょう」


 楽観的と言えば楽観的だが、明日明後日でやって来るわけでないこともまた事実だ。


 ヴェンネンティア近郊まで航空部隊を移動させ、できるかぎり偵察機を飛ばして教会の動向は確認する。

 MQ-9であれば行動半径内に教会本部は入っている。やりはしないが仮にペイブウェイⅡレーザー誘導爆弾を落とせと言われても可能なのだ。


 これらも貴族たちの不安を払拭するため、できるだけわかりやすく説明しておく。


「――というわけですから、皆様にはまずはいつも通りの生活をしつつ、段階的に戦へ備えていただければと。バルバリアの件から戦続きにはなりますから民意への配慮は適宜お願いいたします」


 表面上でも不安は払拭できただろうか。ひとまずこの場は解散となった。




「止められなかったな……」


 貴族たちが退室した後、エーレンフリートが椅子に座ったまま背中を背もたれに預けた。

 その際、会談の中ではついぞ見せなかった大きな溜め息が吐き出される。


「あれは誰がやっても難しかったと存じます。向こうの政治的な思惑が複雑に絡んだせいで戦争回避に重きを置いておりませんでした」


 答えるエリックを含む〈パラベラム〉側は対面に 座っていく。


「そう言ってもらえると助かるよ、マクレイヴン大佐。……しかし、教会があそこまで強気に出て来るとは。彼らは大人しく帰るだろうか?」


「政治工作を心配されているなら今は無用かと。何かするなら紛れ込んでいる間者でしょう」


 エリックは眉も動かさない。想定していた質問だったのだろう。


「関係者は無事に帰したいでしょうし、何かやらかして帰路で報復されても困りましょう。開戦前ですかな。こちらへの対処は我々で」


 エリックがウォルターを見ると彼は黙って頷いた。“イーグル”は“レイヴン”以上に非正規戦への備えをしている。

 これと同時に司令官殿は言外に「こちらから手を出すな」とも言っていた。

 最終的には戦で勝てばいいし、然るべき対処はその時々でやるつもりなのだ。


「彼らが強気に出たくだりに戻りますが……。言ってしまえばあれは。バルバリアではなく西方の国をいくつか落としていれば対応は異なっていたでしょう」


「ふむ。後学のためにお訊きしたいが、そうされなかったのは?」


「そう難しい話ではありません。最終的な労力・損害が教会懲罰軍を撃退するよりも大きくなるからです」


 エリックは迷わず断言した。


 いったい、どれだけの戦力が必要になるか。

 バルバリアを攻められたのは隣接する国家がエトセリア程度しか存在しなかったからだ。

 西進していれば諸国家すべてがこちらを侵略者と見做す。


「このあたりは詳しいだろう? 初期プランを練ったのはマッキンガー少佐だ、貴官が説明したまえ」


 いい加減ひとりで喋るのも疲れたのでここで部下たちに振る。


「イエッサー。……まぁ、あの頃は人員が十人もいませんでしたからね」


 ロバートが引き継いだ。


 デルタチームの参加でようやく地球組が十人を越えだしたのだ。

 そこから考えると今の規模にまで膨れ上がったのは驚きのひと言でしかない。


「結果的にはかなりの種族が参加しましたが、亜人の戦力を加味しても達成見込みのある内容がバルバリアの占領だったと認識しています。無理をしても破綻していたでしょうから。なぁ、タウンゼント大尉?」


「ええ。いくら強くても独り勝ちは間違いなく許されません。これは教会に限った話ではなく人類圏全体としてです。ここ数十年国境線の引き直しがされたいなかった理由でもあるでしょう」


 さらに話を振られて今度はジェームズが会話に入って来た。


「なるほど……。対魔族戦線が人類の悲願としてある中、拡大政策――国境線の引き直しは私欲と取られるか」


 エーレンフリートは頷いた。

 たしかにこのような非常時でもなければ他国への侵攻など考えもしなかっただろう。


「多くの場合は。しかし、それも


 ジェームズは微笑んだ。

 実に英国人らしい笑みブリカススマイルだった。


 打てば響くとはこのことだ。とっくの昔に腹案を用意していたらしい。


「亜人解放が最終的にどう効いてくるかわかりませんが、教会軍に勝った戦力の中に彼らがいれば以降はそれなりに見られるでしょう。そうなった時に、よろしくない形での迫害がされており、そのために立ち上がったと言えば大義名分にはなります。またそこに間接的にでも教会や諸国家が絡んでいたとなれば彼らも大声は出せなくなるでしょう」


 亜人――主にエルフだが、彼らは“特殊な奴隷”として本来いないはずの西方にも存在している。

 これも政治的なカードとなる可能性がある。


「そういった今でもご安心ください陛下。仕込みは万全です」


 教会の者たちをはじめとした人類の多くは知りもしないだろう。すでに多くの仕込みが散りばめられているのだと。



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