第151話 名乗り〜前編〜
『どういうことです大佐?』
『さすがにそれだけじゃ理解しかねますよ!』
上官の爆弾発言に、事務所で待機中の“イーグル”チームのナンバーツーとスリーであるピーター、エドワードが口を揃えて疑問を発した。
彼らを含むチームはもしもの時に備えて王城へ急行できるよう備えている。
そんな彼らの問いは何も突拍子のないものではなかった。
声こそ出さないが上官のウォルター含め、この回線を聞いているほぼすべての人間がそう考えていた。
『ちょっと乱暴だったか。まぁ、現場は声も出せないようだから代わりに解説するが……』
ごほんと咳払いをしてハーバートは脳内で言葉をまとめていく。
参加者たちもそれが終わるのを待つように沈黙を保っていた。
『言っとくが、俺の予想が間違ってなければの話だぞ? ――おそらくモレッティ大司教は“複数の目的”を持って動いている』
『複数、ですか? クリスティーナ殿下の身柄を要求しに来た教会側の代表なのに?』
将斗が再び疑問の声を上げた。
同じ疑問は多くの者が抱いているに違いない。
『ああ、だからこそかもしれん。人類圏に広く浸透した巨大な組織だからこそ中身は一枚岩じゃないだろうしな』
地球の軍隊ですら陸海空で縄張り・対抗意識はあるし、同じ軍の内部でも派閥があるのが当たり前なのだ。
中世~近世クラスの文明水準で強大な権力を有する組織が、外敵がいるだけの単純な理由で裏表なくまとまっているはずもない。
『では、その目的とは?』
ここで声を上げたのは意外にもクリスティーナだった。
マイクに向かって喋れるあたり、説得されて少しは冷静になったようだ。
おそらくまた少しのことで怒り出すだろうが……。
『ひとつは簡単だ。若い連中の“ガス抜き”だろう』
ハーバートは鼻を鳴らした。
『それはまぁ……見ていればそうなのだろうと理解はできますが……。それでは本来必要でない戦いを招くだけでは……』
比喩表現抜きに命がかかっている彼女の立場からすれば穏当な言葉だと思う。「利用されるのはまこと腹立たしい」とは声がありありと物語っていたが。
『連中のほとんどはそう思っちゃいないだろう』
続くハーバートの声には隠しきれない侮蔑の感情が窺えた。
たしかにロバートたちが見ても、若い僧侶は既に一国の元首相手に“審問”じみた、あるいは宣戦布告にも等しい言葉を発している。自身の万能感に酔いしれている気配すらあった。
他人事ながら非常に危ういとすら思えるほどに。
とはいえ、たかがに“ガス抜き”のために戦争を起こすものだろうか?
『想定している戦がそもそも違うとしたら? モレッティ大司教が我々との戦を積極回避しないのは、おそらく若くて血の気の多い連中が対魔族戦線の方で積極攻勢論を出さないよう誘導したいからだ』
その途端、多くの者の喉につっかえていた疑問がすとんと腹に落ちた気がした。
『今は比較的戦線が落ち着いていると聞いた。人類が長年抱いてきた悲願として魔族の脅威は取り除きたいが、今調子に乗って無茶な攻勢に出て戦力を損耗することだけは避けたいはずだ』
どこにでも懐事情を理解しない馬鹿はいる。
人材や召喚兵器にこそ上限はあるが、その他の制限がほとんどない〈パラベラム〉が異常なだけで、まさしく昨日エリックが国王に説明した今後のプランに沿う内容だった。
『それでマークされている者をこちらに連れて来た……?』
ハーバートの予想通りであればたしかに説明がついてしまう。
『どうせ「自分が口を出すまでは詰問していい」とでも事前に言っていたんだろうさ。あとは勝手にヒートアップする。交渉がまとまれば留飲は多少なりとも下がるだろうし、破談に終われば戦でさらに不満を抜く』
『地球人からするとすでに暴走気味に見えるんですがそれは……』
錯覚かもしれないが、何人かが回線越しに頷いた気がした。
『この世界じゃ多分これが“普通”だ。そのへんは置いといても、これならどんな結果になったって不穏分子の沈静化は目下達成できる。あとは――』
「どうでしょうエーレンフリート陛下」
ちょうどそのタイミングでモレッティ大司教が口を開いた。
彼だけは会談を始めた時の口調、そして表情のまま国王に視線を向けていた。
「何でしょうか、大司教台下」
エーレンフリートも不安を押し出した表情で問い返す。
「いきなりこのような申し出を受けても、貴国として受け入れ難いでしょう。それは私どもとしても理解できます」
ますます流れが胡散臭くなってきた。
あくまでも「自分は貴国の苦しい状況を理解している。ただ、若い者や組織が納得しないのだ」と言わんばかりの口ぶりだった。
これでまた若い連中の血が頭に上ることだろう。
――とんでもない男だな。あるいはこの老僧ですらそう振舞うよう何者かから指示を受けているか……。
思わず呆れそうになるロバートは冷静さを装って視線を向ける。
無論、それくらいの知恵が働かなければ、権謀術数吹き荒れる聖剣教会で大司教の地位にまで上ることは不可能だったに違いない。
だとしても、よくもまぁここまで平然と仕込んでいた手札を切れるものだ。
いや――それゆえに使者として派遣されたのか。
ただ相手を怒らせて派兵の口実にしたいなら彼のような人間を送り込んでは来ない。
もっと若い僧たちに近い、あるいはより過激な者を用意するはずだ。
老僧は根底では戦を避けようとしていない。その一方でヴェストファーレンが折れてくれればそれはそれでいい。
これらふたつの一見相反する目的を抱えているのだ。
やがてロバートは自然と、またあらためて理解する。
とっくの昔に国際政治を舞台とした“化かし合い”に巻き込まれているのだと。
「そこでいかがでしょう? 貴国にも言い分はあるものと思われます。本来であれば教会本部にて審問を行うのが常。しかし、それでは人質を取るようなもので貴国も納得できない。であれば――」
老僧は続く言葉を傾聴しろとばかりに一度言葉を切る。
「貴国にて審問を行うこともやぶさかではありません。審問を受け入れれば少なくとも貴国だけは破門撤回させることもできましょう」
衝撃的な申し出にざわつく会場。
端的に言えば「討伐軍の代わりに審問を受け入れろ」、もっと悪意を持って言えば「クリスティーナさえ差し出せば見なかったことにしてやる」と言っているのだ。
非常に危険な申し出だ。この場の者だけに留められる話ならまだいい。
しかし、ヴェストファーレン全体で見た時に、心を動かされない者は果たしてどれだけ存在するだろうか。
これは対教会で一丸となる際の大きな障害となるばかりか内乱の火種ともなり得る。
単純な連中ではないと思ってはいたが、ここにきてとんでもない
国家間の外交関係は個人の生命に優越する。国家の存続と世継ぎでもない王女の命を天秤にかければ――
ヴェストファーレン側が懸命に無表情を装いつつ、背中に脂汗を浮き上がらせた時だった。
「やれやれ。派遣されてきたのは聖職者ではなく詐欺師の集団ですか? まったくもって聞くに堪えませんな」
限界近くにまで高まった緊張。そんな空気を無視するような声が発せられた。
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