第149話 悪意との対峙~前編~
王都に入った教会からの使者が城を訪れたのはその翌日だった。
ちょうど王族との会談が終わり、〈パラベラム〉のメンバーが帰ったタイミングで先触れが王城にやって来たらしい。
事務所に無線連絡が来てそれを知ったエリックたちは「忙しないものだ」と苦笑しつつ、会談に同席すべく翌朝密かに登城することとなった。
国家間の会談用に作られた部屋に通されたのは四人。
今回も参加しているのはエリック、ロバート、ウォルター、ジェームズだ。
昨日と同じく礼服に身を包んだ彼らは、ヴェストファーレンの要人たちが並ぶ長机の端にしれっと座っていた。
もちろん全員が机に並ぶと席のそれなりを占有してしまうため、エリックを除く三人は彼の後ろ――壁側に控える形で椅子に座っている。
それぞれバラバラな地球の礼服を着ているのも加わり、ある意味では周りよりも余計に目立っているのだが、これはもうどうしようもない。
「見た感じどうだ?」
エリックは小声で首元のインカムに話しかけた。
骨伝導マイクなので小さな音でもしっかり拾ってくれる。
『怪しい動き、魔力の流れなどは特にありません』
即座にミリアからの反応があった。
彼女は複数のカメラとマイクを駆使して彼らの動きを監視している。
まさしく“オペレーター”の本領を発揮する時だろう。
「結構。映像はちゃんと各所に届いているな?」
『ええ。――外の皆さん、どうですか?』
ミリアが問いかけた。少しだけTVのキャスターのようだった。
『こちら控えの間、問題なし』
『こちら事務所、問題ありません』
『こちらパラディアム、感度良好』
映像が共有されている各所から次々に返答があった。
参加していない関係者には会談部屋に取り付けたカメラで、隣室や事務所、そしてハーバートたちがいるパラディアムへのリアルタイム中継を行っている。
城内ではスコットが、マリナとサシェ、それに配信を取り仕切るミリアの三人と一緒にクリスティーナに付いている形だ。
言うまでもなくスコットではこういった場に向かないので、間違ってもお姫様が暴走しないよう別の部屋で待機してもらっている。
残るエルンストと将斗だが、今回はパラディアムで獣人とエルフの訓練に参加中なので欠席。あちらで配信を見ていると思われる。
尚、現“イーグル”(旧デルタチーム)は事務所で見ているはずだったが、ウォルターだけはそうはいかなかった。
彼の場合、スコットと似たような言動をしているものの、演技込みと早々にエリックから見抜かれて参加を命じられていた。
スコットは“レイヴン”のサブリーダーだが、ウォルターはリーダーだ。その辺の違いもあったのだろう。
『まさかこんなにも多くの人間に見られているなんて、連中想像すらしていないだろうな』
会談開始までまだ時間があると判断したのかハーバートの声が聞こえた。
どこか――いや間違いなく事態を楽しんでいる。
『視線がカメラそのものを向くこともありません。そういった魔法もわたしのデータにある通り存在していないようです』
ミリアが淡々と答えた。
隠しカメラというほど大掛かりなものでもないが、不自然に見えない程度の偽装はしている。
魔力を介して動いていない以上、機械という存在を知らなければ彼らは“そうである”と気付かない。
それでも「何か妙なものがあった」と印象に残るのは避けたい。
「了解。引き続きモニターを頼む。……始まるぞ」
そっと告げてエリックは会話を切り上げた。
会談の方で動きがあった。
「国王陛下、ご入場!」
衛兵が告げると全員が起立。ややあってから扉が開き王族――エーレンフリートとリーンフリートが部屋に入って来た。
彼らふたりは長机の真ん中に座る。相手の責任者と同じ位置だ。
なるほど、玉座で応対できる相手でもないらしい。
「国王陛下、王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく至極恐悦に存じ上げます。
王族への礼として年嵩の大司教は立ったまま軽く頭を下げた。
以前北方で会ったガルガニウス司教と年齢は同じくらいだろうか。位階が高いため僧服の飾りは明らかにこちらの方が豪奢だった。
実際、大司教の上には最高幹部たる枢機卿と頂点に君臨する教皇しかいないのだから当然と言えば当然でもある。ハッタリも大事なのだ。
だだ――
仮にも一国の国主に対してこの程度か? 様子を眺めていたロバートは思う。
あるいはそれほどまでに聖剣教会の権力とは世俗においても絶大なものなのだろう。
――ん?
一礼から戻る際、チラリと大司教を名乗った僧の視線がロバートたちに向けられた。
ただの一瞥ならいい。何があったわけでもない。
偶然ではないとしても、ひとまずロバートは気付かないフリをした。
必要ならエリックが動く。そうでないなら今はお付役に徹するべきだ。
視線だけを動かすとウォルターと目が合った。彼も同じらしい。
「これはこれはご丁寧に。遠くからよくお越しくださいました。教会軍の戦いぶりはこちらでも聞き及んでおります。人類の勝利もそう遠くない話でしょう」
すべての感情を顔の下に隠し、エーレンフリートは出迎えの言葉を発した。
「すべては神の御意志なれば。貴国も発展著しいようで何よりでございます」
モレッティ大司教もまた微笑を浮かべたまま崩さない。
ただ、どこか含みのある言い方に聞こえたのは気のせいだろうか。いや、気のせいではあるまい。
今回、使者の来訪に際した歓迎の宴など開いてはいない。
もっとも、これから行われる話が愉快なものでないのは教会も理解しているからか。そうしたところに不満の気配は見られない。
「それでご用件は?」
問い返すエーレンフリートはあくまでも微笑んだままだ。
事情を知る者からすれば白々しいことこの上ないが、為政者とはこうしたものだろう。
「まぁなんと申しましょうか……」
モレッティ大司教は少し迷う素振りを見せた。これもまた演技だろう。
「貴国から我らが教会に派遣され、聖女候補筆頭と目されておりましたクリスティーナ殿下ですが……どうも聖剣騎士団の重責に耐えかねたようでして。魔族と内通した上で副官を含む騎士たちを殺害、そのまま逃亡したとの報告が上げられました」
「なんと……!」
エーレンフリートの表情が衝撃に固まり、思考が追いつかないと困惑の形になった。
周りのリーンフリートや居並ぶ側近たちも衝撃を抑えきれずにわかにざわつく。
――おいおい、みんな役者揃いかよ。
ウォルターは噴き出しそうに、いや震え出しそうになるのを必死で堪えていた。
たしかに昨日ジェームズが少しばかり時間を取って参加者に演技指導していたが、まさかひと晩でここまで仕上げて来るとは!
別の意味でヴェストファーレン首脳陣の優秀さを思い知った気分だった。
「さて、魔族への内通が事実であれば人類始まって以来の由々しき事態となります」
事実を突きつけるようにモレッティは指先で机を軽く叩いた。
判事にでもなったつもりだろうか。
〈パラベラム〉勢から胡乱な視線が向けられるが、“下手人”をロックオンした教会勢は端にいる者たちにはまったく気付かない。
「とはいえ、我々としましてはいたずらに事を大きくしたいわけでもない。ここは穏便に済ませるべく、審問を行うため彼女の身柄を引き渡していただきたい。これなら私の権限で懲罰軍の派遣も止められましょう。無用な犠牲も生まれずに済む。いかがですかな?」
国ごと滅ぼされたくないだろう?
言外にそう含めた大司教の言葉は、さながら悪魔の囁きに聞こえたことだろう。
――本来であれば。
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