第148話 下拵えが味の決め手
予期せぬエリックの言葉に一同は唖然とした。
「は!? 要求を跳ね除ける!?」
ヴェストファーレン王族側の反応は当然と言えなくもないが、今回は〈パラベラム〉の同行者も驚きを隠せないでいる。
ただ、三人の場合は反対意見を持っているのではなく「ちょっと伝え方がドストレート過ぎない?」といったものだったが。
「それはあまりにも乱暴では……」
何かを口にしようとしたエーレンフリートの声はすぐに途切れた。
国王という立場であっても予想外すぎて思考がまるで追いつかないのだ。
隣に座るリーンフリートも似たような表情だが、こちらは単純な経験差によるものだろう。
いずれにせよ国のトップが深刻さを認識しているなら問題はない。
「要求を跳ね除けるのも勝利が前提の話ですから、貴国として心配されるのも無理はありません。なにしろ相手は人類最大戦力です」
きちんと不安材料を理解していると明言しておく。いたずらに不信感を抱かせたいわけではないのだ。
「こう言ってはなんだが……勝てるのですかな?」
「勝利条件をどのように定めるかです。教会が組織として成り立たなくなるまで徹底的に叩き潰すのか、それとも
エリックは冷静そのものの表情でそっと二本の指を立てた。
「普通に考えれば前者は不可能でしょうな。ただし、〈
さりげなく話の水を〈パラベラム〉へ向けるエーレンフリート。
やはりと言うべきか、彼は“そこ”に気付いていた。
――まぁ、当然だわな。
話を聞くロバートはそう思った。
以前会って話した時には話に出なかったが、彼はクリスティーナからロバートたち初期メンバーと出会った際に人類への
現状それに類する選択肢を持っているか確認しておきたいのだろう。
「誤解を生むと拙いのであらかじめ明言しておきますが、前者は我々も困難です」
エリックの回答を受けたヴェストファーレン勢はどこか安堵したように見えた。
味方であっても世界の勢力図を容易に塗り替える力を持っていると知れば穏やかではいられない。
いつ敵になるか。国家の関係に“絶対の友人”など存在しないからだ。
「……ただ――教会の上層部がそっくり消えてもいいのであれば部分的には可能です」
一瞬悩む素振りを見せたからこそ、エリックの言葉は強烈なものとして響いた。
ヴェストファーレン側はあらためて異界の軍団への恐ろしさに息を吞む。
「それは困ります。教会の卑劣なやり方には怒りを覚えますが、我々も人類の一員としての立場まで捨てたわけではない。彼らとは異なる道を進まねばならなくなっただけで」
そう、明確な人類の敵として魔族は依然存在している。
エーレンフリートは、現状の教会との対立状態から言及を避けただけで、ある種の和睦を結んでからなら協力を拒否するつもりはないのだ。
「であれば、教会にそこを理解させればよろしいのです。そのために一度戦う必要があるとご理解いただきたい」
教会をどうにかしようと亜人を唆して蜂起させ、積極的な対立を画策しようとしたのではない。
あくまでそれは結果であって、実態は教会が内部の政治抗争にヴェストファーレンと異界の軍勢を巻き込んだため、生存策としてこうせざるを得なかったのだ。
そこを叩き込む必要がある。
「……なるほど。あらためて理解しました」
エリックたち〈パラベラム〉の思惑を聞いて安堵したのか、ヴェストファーレン側からわずかながら緊張が緩んだと感じられた。
「もう少し詳しく補足しておきましょう。これは教会との戦いにひと区切りついてから、つまり将来の話となりますが……」
続くプランを説明するためエリックが軽く前置きをすると、ふたたびヴェストファーレン勢の表情が固くなった。
「優れた政治家――ここは為政者と言い換えましょうか――というものは、戦いを“外交”の手段として用いるものです」
「“外交”ですか?」
戦と外交がすんなり結びつかないのか、エーレンフリートは眉を疑問の形に歪めた。
「はい。政治的に折り合わなければ戦い、折り合いがつくなら臣下にするか同盟を組む。魔族相手なら不可侵という手もあるでしょう。何も相手を死に物狂いにさせる必要はない。それこそ無駄であり、自身の身を滅ぼしかねない愚策です」
「愚策とまで言うとは……耳が痛いですな……」
魔族に対してそうした先入観を持っているがために、教会がいつまでも戦いを続けているのではないか?
エーレンフリートにはそう問いかけているように聞こえた。
実際、エリックはそう思っている。
政治的に考えれば、「魔族が何を求めていてどうすれば人類と折り合うのか」、対応は別としてその条件だけでも入手するべきなのだ。
「貴国が彼らの二の轍を踏まなければいいだけの話です。バルバリアとの戦は例外として、それが念頭にあれば、他国を従え領地を拡げることも可能となります。これが教会との戦を経た後の大きな目標ですね」
エーレンフリートの身体が次第に前へと傾いているように見えた。どうやら傾聴に値すると考えてくれているらしい。
教会に勝ったという話は瞬く間に人類圏を駆け巡るだろう。そうなれば近隣諸国の対応も変わってくる。
エトセリアなどは今の水面下で行われている交易に関して執政府が知らぬ顔を決め込むのは不可能となる。旗幟を鮮明にせねば滅ぼされても文句は言えないのだ。
――ならば。
エリックはここで遠慮せず畳みかけにいく。
「つまり、たとえ弱兵ばかりでも負ける時の損害が少なくなるよう工夫できれば、ここぞという時に勝てる備えを残せます。理想的なのは勝ち戦でも負け戦でも軍の消耗を抑えることです。そういう将がいるならば積極的に使うべきです」
「まさに道理ですな。最後の戦いと思いながら戦えど本当に最後の戦いにしない。そう思うからこそ私はランツクネヒト卿を同席させています」
国王は頷き、次いで隣の貴族を見た。
エリックはそっと頷く。
「ならば、私はなおのこと今が貴国の軍制改革の好機だと考えます」
「というのは?」
自身の存在に触れられたことを発言許可としたランツクネヒト卿が口を開いた。
「この機に辺境伯が軍の権力をある程度握っておくべきでしょう」
「……私でよろしいのですか?」
にわかには信じられないと言いたげな様子だった。
軍備などがはるかに進んでいる異世界の人間に評価されるとは思わなかったのだろう。
「北方で指揮官クラスと会話をして判断しました。あの場にはそれ以上の適任者がいなかった。もし他におられるようならすぐに引き合わせていただければ」
「彼で問題ないと私が保証しましょう」
「同じく私からも卿を推薦します」
総責任者であるエーレンフリートが賛同を示し、北方に出陣していたリーンフリートがそれに続いた。
「であれば、辺境伯にお願いしましょう。武器などの供与に関して、技術に理解の及ばない者がいては大きな障害となりますので」
エリックは銃の供与について匂わせた。
すでに相当数を初期納入分としてパラディアムに用意してある。
これは教会との交渉が物別れ――戦いになると決まり次第納入するつもりでいた。
「さて、私が勝算を持っているのは、教会軍は見かけの勝利の裏で無駄な消耗を重ねている可能性があるからです」
これもヴェストファーレン勢にとっては衝撃的な言葉だった。
「特に魔族の状況――特に消耗がまるで知られていない。勝っているのであれば喧伝できるはずです。これも情報の観点からするとよろしくない」
「たしかに……」
クリスティーナがつぶやくように言った。
「情報がないなら、勝ちにこだわる人間を重用しすぎているかもしれません。これではいずれ味方もついていけなくなる」
よくよく考えてみれば――というよりも、考えてみたこともなかったかもしれない。
――人類の勝利を疑わない、敗北は種の絶滅を意味する。
そんな“思い込み”だけで各国は結束していたのだ。果たして本当にそうなのだろうか。
少なくとも〈パラベラム〉は教会との戦を経てこの世界に一石を投じることになる。
それがどのような波紋となって広がるかは現状未知数だが、何も起こらないということだけは考えられない。
「侮ってはならないのでここだけに留めていただきたいですが、教会は我々に勝てるだけの戦力を派遣できないでしょう」
エリックは核心に切り込んだ。
もう完全に彼のペースに吞まれていた。誰も彼もただただからくり仕掛けのように反応を示すしかない。
「これまでの常識であれば一国程度は滅ぼせる戦力でしょう。ですが今は――我々がいる」
それが何よりの答えだった。
「教会はどうするべきだったのでしょうね……」
そっとクリスティーナが問いを発した。
長年私心もなく仕えながら切り捨てられた身からすれば、今の教会の動きはすべて空虚に見えるのだろう。
信じるものを失った者の嘆きだった。
「簡単です。敵になるかもしれない相手と政治的に折り合い、無駄な戦をしない人間を重用すべきだったのです」
エリックは淡々と答えた。
政治的に不可能なのだろうが、それで結果的に自身の身を滅ぼすのであればこれほど滑稽な話もない。
「教会はそれを理解しなかったために、敵が魔族だけではなくなってしまった。危機管理をなした上で味方を敵にしない。それが上策です。まぁ、要するに……彼らは我々を軽視したのでしょう」
見方によれば運が悪かったとしか言いようがない。そもそもの発端は現場レベルの指揮官が暴走したに等しい。
だが、それさえも内部統制の問題だ。後方で緩んでいたとしても結果がすべてである。
「なるほど。ひとまず方向性は理解できました」
エーレンフリートが頷いた。
すべてではないとしてもある程度の不安は払拭できたのだろう。
「それは重畳です。これで教会との交渉も迷うことはないでしょう」
エリックはそっと微笑む。
もっとも――“意地悪な警官役”は引き受けるつもりでいた。彼らに必要以上の泥を被せるつもりはなかった。
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