第147話 前段
「どうぞ、こちらへ」
停まった馬車から降りると、一行は入り口に待っていた近衛らしき兵に城内へ通される。
「……おいおい、まさか“顔パス”か?」
城内を進みながらウォルターが驚きを示した。
これといった身体チェックもなしだ。今から王族と会うというのに信じられない対応だ。
「同盟相手にそのような真似はできないと思ってくれているか」
「はたまたチェックしても得体の知れない魔法があるから無駄だと思っているか」
「私はどちらでも構わないが、スムーズに進んでくれるのはありがたいな」
ロバート、ジェームズ、エリックが答えた。
流れるようなセリフの繋ぎ方に「なんだかんだと言い合ってもこの人たち仲が良いのよね」とミリアは思った。
「急な呼び出しをして申し訳ない。よくお越しくださいました」
通された先で破顔したエーレンフリートが出迎えた。
ここは以前ロバートたちが来たものと同じ部屋だ。
その時の経験があるロバートとジェームズは何となく会話の目的を察する。
――なるほど、この様子では出来る限り非公式な、それこそ“ざっくばらんな話”をしたいんだろうな。
見渡せば、同席する貴族もごくごく限られた側近しかいない。
その中の見知った顔――ランツクネヒト辺境伯とエリックは目が合った。
彼とも北方での一瞥以来だ。
軽く目礼だけで挨拶をしておく。
向こうもすぐに応じて軽く頭を下げてくれた。
「至尊の王冠を戴く国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく至極恐悦に存じ上げます。私はエリック・D・マクレイヴン。〈パラベラム〉大佐、ヴェンネンティア駐留司令官の任を預かっております。召喚からご挨拶が遅れておりましたことを深くお詫び申し上げます」
頃合いを見て、エリックは慣れた様子でそっと一礼する。
数々の経験を積んだ高級士官らしく、文句のつけようがない滑らかな所作だった。
ロバートとウォルターは咄嗟に姿勢こそ合わせられたものの、内心では上官の振る舞いにひどく感心していた。
自分たちであればおそらくこうはいかないだろう。
いささか有能過ぎてついていくのが大変ではあるが、味方でいてくれるならこんなにも心強い者はいない。
もしかするとこのあたりの卒なさがスコットは苦手なのか。
「ご丁寧にありがとうございます。マクレイヴン大佐のご高名は
「その節は大変お世話になりました、大佐殿」
国王たるエーレンフリートの言葉を受け、左側に控える王子リーンフリートが軽く一礼した。苦笑いが隠しきれていない。
右側のクリスティーナは同じくそっと一礼したものの、兄を見て口元を押さえて笑っていた。
この様子では北方で相当苦労したに違いない。
ロバートたちは王子様をはじめとしたヴェストファーレン勢の苦労を察した。
「我々にできることをしたまでです。貴国の協力なしにバルバリアに勝つことは難しかったでしょう」
エリックは彼にしては珍しく表情を柔らかくして答えた。
これは外行きの仕様なのだろうか。ウォルターはそう思った。
「ご謙遜を。伝え聞く範囲でも貴国の軍事力だけで十分に勝てたと思われますが……」
対するエーレンフリートはなんとも言い難い苦笑を浮かべていた。
息子のように前線には立っていなくとも、周りから伝え聞く範囲で自軍との差を理解しているのだろう。
ともすれば、一国の王とは思えないほど下手に出た態度を取っているのもそのために違いない。
「……さて、どう答えるべきか正直難しいですね。あれは亜人たちの蜂起が前提のシナリオでしたので」
「ふむ。たしか、バルバリアのエルフ狩りに介入したのがそもそもの切っ掛けでしたか」
エーレンフリートは思い出したように口にしたが、これらの報告を国王が受けていないはずがない。
これも会話術のひとつなのだろう。
「ええ。正直に申し上げれば多くの亜人は我々の要求水準には程遠い。蜂起はエルフだけでもよかったくらいですが……」
エリックのその他亜人勢に対する評価は容赦ない。
事情を知るロバートたちは「これは他の連中には聞かせられないな」と苦笑するしかなかった。彼らも否定する気はないのだ。
「それでもやらねばならなかったと」
「はい。お膳立てまではしても、最後は彼ら自身に戦ってもらわねばならなかった。ゆえにヒト族の国家でもある貴国の協力が必要だったのです」
エーレンフリートには世辞と聞こえたようだが、対するエリックにそのつもりはなかった。
〈パラベラム〉だけの勝利で構わなければ、あのように戦を起こす必要性すらなかった。これは紛れもない事実だ。
亜人を蜂起させDHU大隊などという組織を立ち上げたからこそ、同盟国となり得るヴェストファーレンの助けが必要だったのだ。
「であれば、尚更のこと畏まらないでいただきたい。彼らをそこまで導けたのも他ならぬあなたがたなのですから。そして我らにもそれは必要となるでしょう」
エーレンフリートは事情を理解しても態度を変えなかった。
これは王なりの誠意か。エリックもそう理解した。
「もちろん貴国への支援も検討しています。しかし、大掛かりなものは難しいでしょう。まずは組織同士のやり取りをもう少し頻繁に行うべきかもしれません」
今の時点では王族――それもクリスティーナ個人との繋がりのみに等しい。これではまるで足りないのだ。
「我が娘のようにはいきませぬか」
エーレンフリートもそこは正しく理解しているらしい。
「陛下とはお立場が異なります」
エリックは曖昧に微笑んだ。
単純にクリスティーナが特殊なだけだ。元々国を離れていた彼女は、どこぞの旗本の三男坊並みにフットワークが軽い。
国には戻って来たが、常に城にいなければならない役目があるわけでもない。
連絡役に仕込んだ侍女が優秀なのであまり問題ない気もするが、そこを窓口とするなら彼女を正式な立場――それこそ女官ではなく文官にしてもらう必要がある。
「そこは我らも気にしておりました。ただ国王ともなると周りの目があるものでして。気軽に会談をというわけにはいかないのです」
この時ばかりは国王も苦笑を浮かべるのみに留めた。
ランツクネヒト卿は言葉が見つからず瞑目している。
何も聞いていないという意思表示か。彼の反応が未だ国内に問題があることを示唆していた。
「王族とはそういうものです。皆様にはここぞという時に動いていただければ」
あくまでエリックは「気にしていない」と静かに頷き話を流した。
腹の内を探るようにトップ同士の会話がなされる中、クリスティーナは微妙に視線を逸らしていた。
本人としては身につまされているのだろうが、見ている方はまるで誘われているようだ。「お前のように腰の軽い王族がいるか」と無性に入れたいツッコミを同行者三人は我慢する。
「あぁ、立ち話もなんです。場所を変えましょう」
挨拶は終わりとエーレンフリートは前回同様、長机に場所を変えようと椅子から立って移動を始める。
なんだかんだとこの国王もまたフットワークが軽い。世継ぎたる王子が戦場に出て来たのもそうだが、王家の血筋なのかもしれない。
「ロバート殿もいらしていたのですね」
噂をすればなんとやら。
移動する途中でクリスティーナがひょこひょことロバートの隣までやって来た。
「予定にはなかった。いきなり上司について来いって言われてな」
不承不承来たんだと言うとクリスティーナがくすりと笑う。
「ふふ、御身は一番初めにこの世界に来られたのですから。マクレイヴン大佐に頼られるのも仕方ないことでしょう」
「そう考えるとお姫様とも長い付き合いだな」
ロバートは少し懐かしむように言った。
「……ええ本当に。あそこで助けていただかなかったら、今頃わたしはこの世におりません」
それは最初の出会いを言っているのか、はたまた夜の“お礼参り事件”を言っているのか。まぁ、大意は変わるまい。
「まだ何も終わっちゃいないぞ。破門だか聖女認定取消だか知らんが、最低でもそれくらいはヤツらに撤回させる」
ロバートの双眸がギラリと光ったように見えた。
「なにもわたし個人のためにそこまでしていただかなくても……」
彼のことだ、言葉にしたからにはきっとやってのけるだろう。頼もしさはひしひしと伝わってくる。
だが――同時にこうも思う。
自分たちの事情に巻き込みたいわけではないのもまた事実なのだと。
「心配するな、打算も込みだよ。クリスティーナには御輿になってもらう必要がある。新人類連合のな」
「それはまた、なんとかいうか責任重大ですね……」
――もう少し言い方はなんとかならないのかしら。
軍人としては凄まじく優秀でも、ロバートの女人に対する扱いはまるで及第点に満たない。
さすがのクリスティーナもこの時ばかりは不満を我慢しきれなかった。
「なんだ、不満そうだな」
――それはもう!
そう言ってしまいたかったがクリスティーナはすべてを飲み込んだ。
場所が場所なのもあるが、もちろんそれだけではない。会議が始まりそうだった。
「ではマクレイヴン大佐、早速本題といきましょう。教会との交渉が始まりますが、〈パラベラム〉はいかがお考えでしょうか?」
席に着いたところでエーレンフリートが切り出す。
「腹案はいくつか。ただそれらもすべては教会がどう言ってくるかですが――」
指と指を合わせたエリックは敢えて一度言葉を切った。
「連中の要求など一切飲む必要はありません」
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