第143話 Flight of Icarus
青く澄み渡る空には雲ひとつない。
何者にも邪魔されない自由の象徴として古来より人々に憧れを抱かせてきた。
ここには仮初の支配者たる
そして今、地上ではその大空へ羽ばたく瞬間を今か今かと待ち望む“鉄の鳥”が甲高い鼓動を発していた。
『――
通信回線に酸素マスクを通してよりくぐもった声が流れる。
『
『
パイロットに代わって後席の
『
『
パイロットが不敵に答え、管制の許可を受けて機体が滑走路へとタキシングしていく。
滑るような動きにほとんどズレがない。「いい腕をしている」と管制塔で声が上がった。
『――
『“
『
スロットルレバーを全開にすると機体が滑走を開始。ついには翼が風を受けて浮き上がった。
基地の周りで見ていた者たちの誰もが唖然としている。
異世界の空に初めて機械の翼が羽ばたいた瞬間だった。
「ヒュー! ターボジェットの音はたまんねぇなぁっ!!」
轟音と共に滑走路から離陸し、急上昇していくF-4E ファントムII戦闘機の姿を見ながらエルンストが声を上げた。
ターボジェットエンジンの放つ爆音にほとんど声は掻き消されているが、近くにいた《レイヴン》のメンバーたちはだいたい彼が言いそうなことを察して笑っていた。
「地球じゃすっかりロートルでほぼ引退したって言っても、この世界じゃ速度含めて強力だな」
同じく空を見上げるスコットが頷いた。
戦闘機の初飛行が行われるとのことで基地の建物の屋上から発進の様子を皆で眺めていたのだ。
「ここのはロートルじゃありませんよ。そうだろ?」
暇を見つけてはシステムの中身を調べている将斗が補足しつつミリアに振った。
「ええ。召喚システムのおかげで中身は
「そりゃいい話だ。ワイバーンとやらでも潰せそうだ。アレに弾は届かないからな……」
ミリアの回答を聞き、エルンストは満足気に小さく鼻を鳴らした。
隣では獣人のカリンがそれまで塞いでいた耳を小さく立てていた。戦闘機に興味津々らしく飛び去った方向をずっと見ている。
強力な火炎放射を行うため胸部に高熱を有する炎翼竜ならば、AIM-9Lサイドワインダー短距離空対空ミサイルでも対処出来るだろう。
「敵航空戦力からすると地上支援が主任務だろ。
スコットがメインはそこじゃないと反駁する。
召喚されたファントムに与えられた任務は各種爆弾投下能力を活かすものだ。
対空任務も行えるが、そちらはサイドワインダーに近い用途のスティンガーミサイルで地上から対処出来ると考え、爆弾以外の装備は自衛用のサイドワインダーのみか、作戦前の
「ガンガン使っていただいていいと思いますよ。整備さえできればこれから5,000時間だって使えます」
「無茶を言うな。空軍の連中が嘆いてたぞ。早くF-16にアップグレードしてくれってな」
端末を操作したミリアの言葉に戦闘機の影を追いかけていたロバートが小さく肩を竦めた。
「それはみなさんの動き次第としか回答できません……」
申し訳なさそうにミリアが頭を下げる。
言うまでもない話だが制限解除は彼女が関与できる範疇ではないのだ。
そこで旋回してきたF-4Eが戻って来て上空をフライパスしていった。
「うおっ、飛ばしてやがるなぁ……」
エルンストが少し身を竦めた。カリンに至っては堪らないとばかりに耳を塞いでいる。獣人の聴覚には暴力に等しいのだろう。
新品だからと遠慮なくエンジンを回しているらしく衝撃波まで発生している。文字通り空気を大きく切り裂くような音が周囲に響き渡った。
これだけで何も知らない人間なら逃げ惑うのではないか。大軍相手の威嚇にはいいかもしれない。
「……増援は頼もしいがジェットはうるさくて敵わんな」
ロバートは答えのない話題を変える。
そこそこの期間異世界で暮らしていたせいで大きな音など銃声か砲声しか聞いていない。
久しぶりに聞くジェットエンジンの咆哮はいつも以上の騒音に感じられるのだ。
「贅沢言うもんじゃないですよ。おかげで作戦の幅が広がったんですから」
ジェームズが困ったように笑った。彼も本音では同じなのだろう。
「ねぇ、みんな平然と喋っているけどなんなのあれ……」
マリナが呆けたような声を上げた。
言葉を発しないクリスティーナ、リューディア、サシェもほとんど同じような表情だ。
航空部隊が召喚され、あれこれと準備をしてから一週間ほど。ようやく初期機体らしいF-4Eの初飛行に漕ぎ着けていた。
他の部隊の面々が何やら準備しているのは彼女たちも知っていたが、まさか空を飛ぶためとは。
「空飛ぶカラクリだ」
「へぇ~そうなんだ~。……で済むわけないでしょ!! 普通は飛べないんだよ!?」
いつも通りと言えばいつも通りだが、スコットの回答はあまりに雑過ぎる。さすがのマリナでもそれはわかった。
「いいんだよ細けェことは」
「……そこまで雑には言わんが、あれは魔法で何かをしているわけじゃない。水が高くから流れ落ちるように確かな
エルンストはいつも通り論外として、スコットにも細かい説明をするつもりは内容だった。
現地組が直接航空支援要請をする可能性が低い以上、大枠がわかればいいと思っているのだろう。
実際問題、Mk82通常爆弾や各種ミサイルの解説をしろと言われても困るのだが。
「あの……もうちょっと手心というか……。できれば我々にもわかるよう説明いただけませんか……?」
さすがのクリスティーナもやや引き攣った笑顔で訊ねてきた。
〈パラベラム〉のメンバーが無茶苦茶な力を持っているのは、彼女も出会った当初からわかっていた。
しかし、それはあくまで地上での範囲に留まるとばかり思っていた。
強力な武器、兵器と呼ばれる鋼鉄の武装馬車などは用意できるが、ワイバーンのような空の覇者は地上から何とかするしかないと考えていたがそれすら甘かった。
実際はどうだ。あっという間に空にまで進出しはじめた。彼らの力に限界はないのだろうか。
「飛んでいるのを見て驚いているなら、まだまだ序の口だぞ」
「え?」
「ややこしいからざっくりな説明だが……。重要なのは空の脅威だけじゃなく地上もぶっ飛ばしてくれる連中が来たってことだ」
「バルバリア戦役で城門を破ったり空から降ったりしたヤツを見ただろ? アレよりも強力な攻撃ができる上に、上空から狙った場所にそれを落とせる。城はおろか城壁も意味がなくなるな」
ロバートが補足すると、ふたたびジェットエンジンの音が近付いて来た。
「「「「………………」」」」
理解が追いつかず呆然とするクリスティーナたち。
そうしている間にもファントムはランディングギアを出し、ゆっくりと着陸体勢に入る。
空を飛ぶ鳥でも竜でもないその姿をどう形容すべきか。誰も言葉を発せない。
ただ眺めるしかない現地女子組は「これから先、世界はどうなっていくのか」とそれぞれに思いを馳せていた。
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