第5章 ~対決! 教会討伐軍編~
第142話 そこに行けばどんな夢も
――東の果てには“不思議な街”がある。
訪れる者の多くは、おそらくそのような感想を抱くであろう。
異界よりもたらされた未知の品々に溢れる街。果たして堕落の街なのかそれとも……。
どこまでも晴れ渡る空の下、ヴェストファーレン東部からエルフの森を繋ぐ細い道があった場所には今や大きな街が広がっていた。
バルバリア戦役を経て人類の歴史の表舞台に姿を現した
不思議な感覚を抱くとすれば、この街の持つ“ある種の歪さ”によるものだろう。
元々、対バルバリアを睨み、北方を起点として分厚い城壁が初期の中心部を覆う形でぐるりと街を取り囲んでいる。
次に街の中心部に視線を移すと、旧城壁の内側には人類圏でよく見られるレンガ積みの建物が立ち並んでいる。
中央部周辺は商業地区としてまだまだ規模は小さいもののヴェストファーレンやエトセリアから販路拡大に出て来た商店、酒場などが並び始めている。
街のど真ん中には、衛兵が詰めている以外はほとんど空っぽの市庁舎があり、新たに生まれた街の象徴として展望台を兼ねた大きな時計塔まで併設されている。
いずれは街の象徴となる予定のそれも、今は高所から周辺を眺めたい人間がぽつぽつと訪れるくらいだ。
ちなみに、住民たちはまだまだ少ないながらそれらの外側に住居を建てていた。
一方、城壁の外側――特に南東エリアには比較的簡易に組まれた、まさしく掘っ立て小屋のような建物が多く作られている。
今も波状的に広がりつつあるそれは、大きな都市であれば特に珍しいものでもない。いわゆる下層民が建てる住居である。
「……なんだか慣れないな」
「言うな。いつも通りにしてろ」
「それが難しいんだよ」
関東地区を歩く衛兵たちがひっそりと言葉を漏らす。
彼らは街の西部に駐在するヴェストファーレン軍に所属しており、今はローテーションで警備兵の役割に就いている。
何をするにも人手が足りていないこと、また“新たな環境”に慣れるため〈パラベラム〉は彼らの力を借りている状況だった。
「黙って歩け。そのうち慣れる」
「だといいが」
溜め息さえもひっそりと。衛兵たちが落ち着かない理由は単純だ。
彼ら自身が抱く感情もあるが、同時に周囲から向けられる視線が影響していた。
そう、衛兵たちが今歩いているエリアには東方領域からやって来た亜人たちが住み始めているのだ。
彼らの多くがDHUで働く兵士について来ていた。家族だったり、親類縁者として扶養されているか、あるいは次の軍の募集を待っているのだ。
少しでも収入を得るため、または余裕のない故郷を口減らし同然に追い出されたか。背景はバラバラである。
そんな負の感情にプラスして、長年の迫害によって植え付けられたヒトに対する不信感、そういった感情が込められているのが空気を通して伝わってくる。
――べつに迫害したのは俺たちじゃねぇよ。
そう口にしたいがするだけ無駄だ、下手をすれば余計に関係がこじれるだけだと諦める。
彼ら亜人たちが今の環境に慣れるまでは適度な距離感に留めておいた方がいい。腹が膨れれば少しは大人しくなるだろう。
それが上層部の判断でもあった。当然彼らも特に異論はない。
「早く交代にならないかね。毎日コレだと参っちまうよ」
「ホントだよ。俺らが何をしたって言うんだ」
亜人地区を離れて南に向かってしばらく歩くと、衛兵たちの口数が途端に増えた。
どこに誰の耳があるかわからないため誰もが会話を控えていたのだ。
たとえ相手に非がなくとも無用な揉め事を起こせば懲罰の対象となってしまう。
「あれが続くなら“南の訓練”の方が気は楽だな」
「うそだろ? ウチの軍のよりずっとキツいじゃねぇか」
「だとしてもだ。あっちの方が亜人たちと一緒でも雰囲気はずっとマシだ」
「らしいな。ひとまずでも一緒に戦ったからか?」
「生き残り、それも激戦区を担当した連中は接しやすいって聞いたな」
「商業地区に出てる負傷兵なんかもそうだろ」
「外の世界に触れたヤツらか。『第二大隊』とやらもそうだといいんだが」
バルバリア戦役後からは
彼らの“基地”は南南東にある。身内の居住地区に近いことと、訓練を受け持つ〈パラベラム〉の基地に近いためだ。
「やってるねぇ」
「どこの世界でも新人はツラいな」
「だけどあのシゴキは尋常じゃねぇ」
基地へ近付くにつれて訓練の掛け声が聞こえてくる。
安定しているものと、怒鳴り声交じりのものがある。後者が例の『第二大隊』のものだろう。
バルバリア戦役に参加したDHU大隊は、この度正式名称が『DHU軍第一大隊』へと変わり、現在では新たに『第二大隊』の創設が進められていた。
余談だが、先の戦いで捕虜の虐待、民間人への略奪・暴行などを行い、何人かが不適格とされそれぞれの故郷へ強制送還されている。
もっとも、これは全体に大きな影響を与えるほどの数ではない。彼らが故郷でどのような目に遭うか別問題だろうが、それは〈パラベラム〉の関与するところではなかった。
「今日の犠牲者はどいつらだろうな」
「笑うなよ。いつか来る道だぞ」
ヴェストファーレン軍も交代で訓練に参加している。DHUとの連携を学び、両者の交流を促すためだ。
「あっちはあっちで得体が知れないから俺はなんかイヤだな……。ほら、あの……」
「おいおい、そこに触れるかぁ? おまえまさか隠れ教会派じゃないよな?」
「待て待て。冗談でもやめてくれ。クビになっちまう。でも言いたいことはわかるだろ?」
「ああ、異界の武器とかか……。たしかにすげぇのはわかるけど……」
彼らが視線を向けた先――本当に不思議と形容すべきなのは中心部でも亜人の居住地区でもなく〈パラベラム〉の管理する南部地区だった。
他とは明らかに異なる灰色で角張った背の高い建物がいくつも並んでいるのもそうだが、住民たちから“不思議”と言われるのはそこではない。
時計塔に上って眺めないと全容は把握できないが、最南端にある東西へ長く伸びる灰色の庭のようなものが見る者の目を引いた。
用途はまるでわからない。最近、何か大きなものが音を立てて行ったり来たりしていると噂になっている。
そんな彼らが歩く街の空に、突如として甲高い音が響き渡った。
「「「!!!!」」」
全員が驚き咄嗟に小さく身を屈めた。
少し遅れて、空気を切り裂くような凄まじい衝撃が押し寄せてくる。
視線を上げて音の去っていく方向を探すと、青く澄み切った空を西方へ目にもとまらぬ速度で飛んで行く巨大な矢にも似た“何か”が見えた。
「アレもそうか……」
ひとりが耳を押さえてつぶやく。
少し前にヒトが乗る空飛ぶカラクリがあると聞いていたが、衛兵たちにはさっぱり理解できない。
上層部は説明を受けて簡単な原理は理解したらしいが、理解できるのと使えるのはまた別だという。
考えても答えなど出るはずもない。最終的に魔法みたいなものだと思っておくことにした。
「でもすげぇよな。ワイバーンだってああも速く飛べないだろ」
「見たことないからわかんねぇよ」
「バルバリアの降伏もあっという間だったろ。教会にだって勝てるかもしれないぞ」
「勝てなきゃみんな仲良く殺されて終わりだよ」
「強い味方がいるならなんだっていいさ」
――それこそ魔王だってな。
最後まで誰も口にはしなかったが、彼らは頼もしさと同時に“得体のしれないモノ”への不安にも似た感情を揃って覚えていた。
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