第141話 その名は“レイヴン”

 

 “司令部”から呼び出しを受けたのは、彼らがバルバリアより帰還して数日経ってからのことだった。


「「「お呼びでしょうか」」」


 基地の新棟にある司令官室へと入ったロバートとスコット、それにウォルターは机を並べたふたりの大佐を前に並ぶ。


「バルバリアではご苦労だった、αチームにデルタチーム」

「貴官らが活躍しなければ戦いはもっと長引いていたかもしれん。どうだ、少しは休息できたか?」


「ええ。おかげさまで」


 ハーバート、エリックの順で問いかけられ、ロバートが短く無難に答えるに留めた。

 特に腹を探るような気配もない普通の会話だが、αチームとデルタチームは現地人との接触が他部隊よりもずっと多い。


 呼ばれた理由はそこに関係しているのかもしれないが、自分たちから藪を突くつもりはなかった。

 残るふたりも同意見らしく続く言葉はない。


「それは良かった。これまでは少佐三人に結構な負担をかけていたようだからな」


 αチームとデルタチームを先に帰したのは、それらの理由とは別だ。

 この世界へ最初に来てから働きっぱなしだった指揮官クラスへの労いの意味合いもあった。


「お気遣いいただけて恐縮です」


 スコットはあくまでもエリックに対しては慇懃な口調だ。

 受ける方も小さく笑っただけで無理に追及するつもりはないらしい。ただ、空気だけが少し硬くなる。


「ところでもう北方は落ち着かれたのですか?」


 ――もうちょっとフランクにしろよ、お前のキャラ的に合わねぇだろ……。


 空気を読んだロバートが副官を軽く睨んで話題を変えにいった。


「ああ、貴官らのおかげでな。細かいことは憲兵MPに任せられるくらいには向こうは戦意を折られていたぞ」


 同じく空気を読んだハーバートがすかさず頷いた。さすがはグリーンベレー、驚くべき反応速度である。


「単におふたりが容赦なかったのでは?」


 ロバートはわざと軽口を叩いた。


 降伏したバルバリアとの戦後処理については、侵攻部隊に同道していた憲兵MP部隊と、ハーバートにエリックの大佐二名が担当することになった。

 最高階級が彼らふたりだったこともあるが、謁見の間で暴れた連中、それと城壁を吹き飛ばした連中はいない方がいいと判断してのことだ。

「いざとなったらあいつらが出て来るし、もっとヤバい人員はいるんだぞ」という脅しメッセージも含めている。


「バカを言うな。俺たちは異世界ビギナーだ。ちゃんとリーンフリート殿下と相談しながらやった」


 エリックはさらっと言うが、振り回されたであろうリーンフリートの心労は容易に想像できた。

 人の好いハーバートはさておき、エリックは間違いなくいつも以上の冷静さを越した冷徹さで容赦なく辣腕を振るったはずだ。


「いや『こうするんだ見てろ』ってのは相談とは言わないだろ。ありゃ通告だ」


 ハーバートの指摘で「やっぱりか」となる三人。舐められないためと言えばそれまでだが。


「だから早く帰って来られたんだがな。休暇が短期間になったのすまないと思っているが」


「十分いただきましたよ。それにあまり遊んでもいられないでしょう? 現場要員が足りてないんですから」


 ロバートは小さく肩を竦めた。これはこの世界に来てからずっと抱えている問題だ。


「痛いところだな」

 ハーバートに苦笑が浮かぶ。

 現代兵器を使えばその辺の敵は蹴散らせても、人間が判断しなければいけない仕事となると依然として人手不足だ。

 召喚機能があっても間接部門がなければ現代軍隊という組織は維持できない。


「そもそも、我々三人が呼ばれたのもそれに関連したことではないのですか?」


 今度は呼ばれた側――ウォルターから問いかけた。

 頃合いを見計らっていたのだろう。


 少佐でなくとも各部隊の指揮官はすでに大勢召喚されている。

 大尉ではいけない理由もないはずだし、部隊の指揮官という点では少佐でも大尉でもほぼ同格の扱いとなっている。


 なのに、ここには呼ばれていない。


「戦後処理の簡単な報告だよ、ベックウィズ少佐」


 ――というところかな。


 ウォルターは表情を変えず、内心で上官エリックの言葉にそう付け加えておいた。

 本当に概況を説明するだけなら文章で配布すればいい。本当に重要なら部隊長を集めた方が確実だ。


「結論から言えば、バルバリアは無事に我々“新人類連合”の全面占領下に置かれた」


「へぇ……。よくすんなりと話が進みましたね」


 ウォルターは本心から感心の声を上げた。


 全面占領というからにはこの世界の基準では属国化したも同然だろう。

 国際法など存在しないのだから、どのように扱われても誰も助けてはくれない。

 ましてや教会とやり合おうとしている連中が降伏相手だ。よくも承服したものだと思う。


「国王・王族の安全は保証した。彼らを処罰すると収拾がつかなくなりそうだったからな」


 困惑交じりにハーバートが笑みを深めた。

 民主主義で育った人間からすれば、“特定の血筋の人間でなければいけない理由”が理屈以外の面で理解しがたいのだ。


「逆にそこさえ抑えれば話は早かった」


 エリックの目が妖しく光った気がした。

 どうもジェームズに近い匂いがする。ロバートはそう思った。


「何をやらかしたんです?」


「『亜人を占領政策に関わらせない代わりに、彼らへの迫害を進めてきた者を首謀者として出せ』と言ったらすぐにまとまった」


 スコットの問いに答えるエリックだが、さすがの彼でも貴族たちの動きには感じるものがあったのか珍しく口元が小さく歪んでいた。


「えげつないですね……」


「そうは言うが、これはαチームのタウンゼント大尉から受けた献策だぞ」


 ――あの腹黒ジョンブル、しっかり趣味を活かして働いていやがる……。


 同じチームだけあってか、ロバートとスコットの思考が図らずも重なった。


「となると、哀れな“贖罪の山羊スケープゴート”にされたのは強硬派貴族ですか?」


 苦笑交じりにウォルターが続きを促した。いちうち言い回しが気障ったらしいなとスコットは思った。


「ご名答。αチームに襲い掛かった短気な連中がいただろう? あいつらが生贄にされたよ」


 ハーバートは何とも言えない顔をした。

 これは当時の顛末を思い出しての苦笑に近いのだろう。


 おそらくバルバリアとしても厄介な連中を“処分”したかったに違いない。

 元々、山国の狭い土地を切り貼りして貴族たちをまとめてきたようなものだ。分け前を増やすために貴族の人員そのものを減らせるなら好機としたのだろう。反対勢力も特に出なかったに違いない。


「硝石の採掘はバルバリアに任せる。それと戦力の供出に関しても費用は新人類連合で持つ。新たなポストがいくつも生まれるから向こうも余計に張り切ったんだろうな。実力行使はしなかったからか教会を追放したことへの文句も特になかった。現金なものだよ」


 エリックの声には隠し切れない呆れの響きがあった。

 貴族を“個人事業主”と見て、その生存戦略としては理解できるが、地球軍人としての感覚からすれば生々しく感じられるのだ。


 これ以外に互いの認識のズレもあると思われる。

 属国化して搾り取られるだけと考えていたバルバリアからすれば、突きつけられたのは無条件降伏とは思えないほど破格の条件なのだろう。

 もっとも彼らに配慮してそうしたわけではない。ヴェストファーレンやエトセリアを通して運び込まれる各種物資が彼らをいずれがんじがらめにする。それはおそらく硝石の儲けすら吹き飛ばすだろう。そこから起きる内部抗争は知ったことではない。


「これで生かさず殺さず最低限の国力を損なわないようコントロールできる。イギリスの彼ダブルオーセブンはそれも予想済みだったようだが」


「まったく……。アイツがいれば教会との交渉も負けることはなさそうだな……」


「さて、


 エリックが声のトーン低くを変えた。どうやらここが本題らしい。


「バルバリアを占領下に置いたことで、我々の戦略もまた見直さなければいけない」


 ハーバートが三人を順に見る。


 大まかな方向性は元から決まっていた。まずもって負けることはないと踏んでいたからだ。

 今からはその先、より具体的な部分について詰めていくのだろう。


「地球から呼んだ人員がそれなりに揃ってきたこと、また現地勢力との協調路線がある程度見えてきた」


 三人ともすぐに状況が思い浮かんだ。


 前者はおそらくなんとかなる。

 VR演習に参加した多国籍軍という寄合所帯のため、規模の拡大に伴ってそれなりに問題も浮き出てくるだろう。

 外征システムが整っている関係からどうしてもアメリカ軍中心となるが、上層部の人材が偏ってしまっては不満も出て来るはずだ。

 人事含めた調整が必要になるだろう。異世界で地球組が内紛で崩壊など笑えもしない。

 

 それよりも懸念となるのは後者だった。こちらはそう簡単にはいかない。

 ヴェストファーレンは軍としての訓練を受けているため、それらを現代兵器を使う〈パラベラム〉と擦り合わせて最適化していくだけだ。


 しかし、亜人連合DHUはそうはいかない。

 今まで細々と生きてきたことから大規模な集団での行動経験がない種族ばかりだ。

 彼らに文明のある人間として振る舞えるよう教育を施す必要がある。

 これは彼らの将来のためだ。


「それで今後は諸君ら少数精鋭のチーム――いわゆる特殊部隊が直接戦闘に加わる割合を減らしたい」


 やや表情を引き締めたハーバートが結論を引き継いだ。


「戦闘ではなく諜報作戦に従事しろってことですか? それなら情報畑の人間を呼んだ方が……」


 役割が変わることへの不満があるのかウォルターが眉根を小さく寄せた。


「早合点はするな、ベックウィズ少佐。ここは地球じゃない。諜報員には訓練期間が相当必要だ」

「よくわからん魔法とやらで言語をクリアできても文化面でボロが出かねん。そういう意味でも貴官らのチーム以外に適任がいない」


 慌てるなと大佐ふたりはゆっくりと語る。


「まずは教会とどうなるか次第だがな。それ以降は司令部直属となり、第三勢力との接触などにあたってもらいたいと考えている」


「実質的には遊撃隊だ。チーム名は――デルタが“イーグル”、αチームが“レイヴン”。これは決めてある」


 ハーバートはニヤリと笑った。

 口調は穏やかだが、もはや決定事項なのか問いかけるような形ではない。

 意思は尊重するとしつつも実質は軍隊らしくこれは“命令”だ。形だけ志願した風にしたようなものだろう。


「拝命はしますが、要するに何をすればよろしいのです?」


 曖昧なのは否めない部隊運用に関してロバートが率直に疑問を投げた。


 ここで遠慮はしない。そういった“ざっくばらんな話”をするために、参加人数をこれだけに絞ったと彼は見ていた。


「まぁ、正直今までとあまり変わらないな。現地人とのコネクションを活用して我々の利益になるよう動いてくれ」

「貴官らはそれぞれに各国、各種族とのコネクションができているんだろう? それを活用してもらえればと思う」


 要するに状況に応じた“何でも屋”をやれということらしい。使い減りしないと思ってひどいものである。


 それでも――


 三人は自然と顔を見合わせる。

 要人暗殺任務を任されるなどよりはよっぽどいいと思うことにした。


「あ、結婚するとかは早めに言ってくれ。新しい規定を作らなにゃならんから」


 果たしてワタリガラスレイヴンの羽ばたく先やいかに――



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