第140話 ひとまず帰還


「は~。ようやく帰って来られたな~」


 ストライカー装甲車から降りたロバートが大きく伸びをした。


 アメリカ人の体格に合わせて作られたものとはいえ、やはり広さに制約のある車内に長時間押し込められていては窮屈さを感じずにはいられなかったのだ。


 戦いを終えて緊張からも解放され、彼にしては珍しく少し間延びした声となっていた。


「お疲れ様でした、ロバート殿。しかし、バルバリアの奥地からここまでこんなにも早くに来てしまうとは……。前々から感じてはいましたが、貴方がたの持つ力にはあらためて恐れ入ってしまいます……」


 クリスティーナがねぎらいの言葉を述べつつ、〈パラベラム〉の持つ異世界の文明の力に驚いていた。

 これまでは数人での移動であったため特殊魔法の延長線くらいに考えていたが、今回軍勢規模で移動してみて理解した。


 彼らの言う“内燃機関エンジン”を搭載した道具が広まれば――不思議なことにと。


「驚いてくれるところ悪いが、もっと早い乗り物もそのうち見られる。今からそんなんじゃ心臓がもたないぞ」


 これくらいで驚いてなどと笑ったりはしない。

 もしも自分が空から現れた宇宙人に恒星間往復船を見せられたら、きっと同じような反応をするに決まっている。

 自分たちがこの世で一番優れているなんて、所詮は幻想でしかないのだ。


「これよりも!?」


 普段冷静なクリスティーナが心底驚いていた。


 あの“自動車”と呼ばれる乗り物でさえ凄いのに。

 魔力強化された早馬と比べて疲れず走り続けるだけでも驚きなのに、それだけでなく速さは三倍から五倍も異なる。

 そう考えると、「武器を見てもあれだけ進歩している彼ら〈パラベラム〉がそれだけか?」と思わなくもない。


「地面は平坦じゃないだろ? だったら空を飛ぶのが一番早い」


「そうか、この世界にも翼竜ワイバーンがありましたね。元教会の人間として存じてはおりましたが……」


「俺たちの世界でも、内燃機関の走りからそれを輸送に使って、さらには空を飛ぶために利用するまで二百年くらいかかっている。そんなもんさ」


 なかなか既存の発想を切り替えるのは難しい。

 今回の例でいえば、輸送力の馬車と速度のワイバーンを結びつけて考えられないのだ。


 これも技術革新を経て「空を飛ぶことは可能」という考えになれば変わってくる。

 次は「どういった方法であれば空を飛べて、さらには目的を達成できるか」という課題のもとに各種技術を構築していくのだ。


「少しずつわたしたちも進歩していければと思います」


「考え方はできるだけいい形で伝えるよ」


 ロバートは微笑んだ。

 あまり最初から“正解”を与えてしまうのは技術者の育成を阻害する。「こういうものがある」くらいから始めるべきだろう。


「ふわぁ……。やっと着いたかぁ~。すっかり疲れちまったぜ。……っておい、懐かしのコンクリートロードが敷かれてるじゃねぇか!」


 話がちょうどひと区切りついたところで、スコットが気の抜けた欠伸から一転して叫び声を上げた。

 車内で爆睡していたから今になっての遅れた反応だった。


「やっと起きたか、寝坊助め。麗しくはないけど文明の香りはするよな」


 巨漢が言ったように、意識すると敷き詰められたコンクリートの固い感触が靴裏に伝わってくる。

 ずいぶんと久しぶりに、そして妙に懐かしくも感じられた。


「いやはや、ちょっと留守にしている間に基地の様子も変わりましたね」


 ジェームズが辺りを眺め軽く驚いていた。


 異世界の街並みにようやく慣れかけていたところで、思い出したように地球風の建築物――たとえそれが軍用施設だとしても――が現れればこのような反応にもなる。


 触れるのが遅れたが。ここはヴェストファーレンとエルフの森の間に作られた街にある〈パラベラム〉の基地だ。

 しばらく離れている間にかなり整備が進められたらしい。


無人航空機UAVの運用が割と本格化したからな。そろそろ空軍やら航空隊の連中も召喚されて来るって話だぞ」


「地上軍も大事だが、そこはヴェストファーレンやDHU、あとは少し時間もかかるだろうがバルバリアから出稼ぎさせるさ」


「少なくとも空軍の件はいい話ですね。空からの目もそうですが、打撃力に輸送力も大事ですからね」


 横で聞いていた将斗が大きく頷いた。


 バルバリア戦役で活躍したUAVのみならず、明らかに航空機向けと思われる滑走路が整備されつつある。

 格納庫の数や種類などを見てもヘリコプターも運用を開始するつもりに違いない。


「ただ、航空機の方はどうもナムベトナム戦争レベルの機体らしいが……」


「ベトナム戦争時代って言ってもピンキリでしょう? 空軍さんが文句言いそうですね」


「でもまぁ、今までの感じからすると長距離打撃能力なんてくれないだろ? 多少古くても爆弾運びボムキャリアには使えるだろ」


 ジェームズが苦笑し、エルンストが仕方ないと鼻を鳴らす。

 Mk.82 500ポンド通常爆弾でもこの世界ならかなりの威力として扱われる。


「いつもの話になっちまうが、巡航ミサイル撃っても誰の仕業かわからないんじゃ意味ないからな。まぁ、連中には空の上で頑張ってもらおう」


「地面を這うのは特殊部隊俺らの仕事ってかぁ?」


 易々と敵に回せないだけの武力が〈パラベラム〉という集団にはある――そう周知されるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 バルバリアとの戦いを通して東方の国家群に、その後の教会戦を経ていずれは大陸へ波及していくことだろう。


 また、どの時点で魔族が動き出すかという問題もあった。それ以外に現状人類軍に加わっていない南方諸国家群もあるという。

 膠着状態を打破するために魔族が暗躍していたように、人類側も万全とは言えないだけの問題を多く抱えていた。


「よう、大活躍だったじゃないか」


 これからどうなっていくか話し合っていると、同じくストライカーで戻ったデルタ組――ウォルターたちが近付いて来た。

 なんというか戦帰りにしてはずいぶんと精気に満ち溢れて見える。


「……よく言うぜ、ベックウィズ。おいしいところを持ってったのはそっちだろ。あんなデカいもん解体できるなんてなかなかないってのに……」


 スコットが不満ありありの声を上げた。


 爆薬を愛する彼として本当は自分がやりたかったのだろう。本気で残念そうな口ぶりだった。

 周りの仲間たちはまったくそうは思っていないのだが。いや、スコットの残念さに呆れてはいた。


「せっせっと準備して城壁爆破しただけだぞ? 俺らがやったって知ってるのは味方だけじゃねぇか」


 対するウォルターは特に感慨もないといった様子で答えた。それがまたスコットの機嫌を悪くする。


「ただの施設じゃない、封建時代の城だぞ? 相手に与える心理的効果たるやどれだけか! 広間で暴れるよりずっとインパクトあるだろ!」


「そっちには興味なくてね。それなら譲ってやるべきだったな。騎士とヤり合った方が楽しかったかもしれない」


 皮肉なものでそれぞれのやりたい任務が完全に入れ違いになってしまったわけだ。


「ケッ、バルバリアの王都で暴れた前科のあるヤツは言うことが違うな」


「そうだよ。あれを味わっちまうと暴れ足りなくてね。まぁ、俺たちはこれからがあるから。じゃあな」


 ひらひらと手を振って歩いて行くウォルターを見送ったスコットは、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 任務を片付けたばかりか第三勢力の敵まで始末し、バルバリアから酒場と酌婦を店ごと引き抜いてきた人間が言うとイヤミったらしく感じられる。


 いや、もっと端的に言うと“余裕”がありやがるのだ。


 とはいえ――


「スコットのおっさん、はやく飯食いに行こうぜ! 腹減っちまったよ!」

「ちょっとマリナ……。戻って来たばかりなんだから先に身体拭くとか……!」

「え? 臭う?」

「そうじゃないけど……」


 いつものコンビが巨漢のところにやって来た。


 声のかけ方からしてまさにいつも通りなのだが、よくよく考えるとこちらの話がひと息つくのを待っていたらしい。

 ある種のテンプレートでありながら微妙に仕様変更までかかっている。「どこのエロゲーかな?」と将斗は思った。


「天然モノなんて、デルタよりよっぽど贅沢じゃないか。まぁ、しっかりやれよ」


 にやっとしたロバートがそっと耳元で囁いた。

 せっかく戻りかけていたスコットの機嫌がまた不機嫌な方向に傾く。


「そんなことまで考えてねぇよ。お前こそどうなんだよ」


「は? 俺ぇ?」


 ロバートが素っ頓狂な声を上げた。「なぜ自分に話がくるんだ?」と言わんばかりの表情である。


「すみません、ロバート殿。その……後でいいのですが、お食事などいかがでしょうか? お忙しければまたの機会にしますけれども……」


 そこで遠慮がちに声をかけてきた者がいた。


 クリスティーナだ。

 普段の彼女からすればずいぶんと弱気というか勢いがないように見える。


 尚、当のロバートは間の抜けた表情のままそちらを見返した。


「ほれみろ。マサトが言ってたが、自覚ないのが一番罪深いそうだ。良かったな、王女様だぞ。ベックウィズみたいに派手なやらかしの報告は要らないからな」


 今度はスコットがしたり顔でそっと囁きかけてきたが、ロバートは何も言い返せなかった。




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