第139話 言ってわからにゃ
まず近接戦闘を得意とする将斗がHK45Tを間近に構え先頭となって突入。
続いて持つジェームズとスコット、それにロバートが全方位をカバーするように入り口付近を確保する。
女子組はそこに続く形でクリスティーナが飛び込み、サシェにリューディア、そしてマリナが最後尾を務めた。立場よりもそれぞれの役割に応じてだ。
即席のなんちゃって特殊部隊だが、案外悪くない動きじゃないか。ロバートはそう思った。
「わ、広い……」
驚きからマリナが小さくつぶやきを漏らした。
彼女の言う通り、内部は天井が高く奥行きのある広間となっていた。
「これは……すごい……」
リューディアも唸っていた。
よくエンタメ作品で見る“謁見の間”だとかそういった目的の部屋だろうか。磨き上げられた床のみならず、壁や柱に施された装飾などもできる限りの拘った造りとなっている。
あくまでも欧州風に見えるだけで実物を見たこともない将斗は周囲を警戒しながらそんなことを考えていた。
――さてさて、天守閣に突入したってところだけど……。
いつでも動けるよう呼吸を短く吐き出して刀の柄に手を置く。
後ろの仲間たちの位置は気配察知で感じ取っているが、今はそれよりも視線の先に集中せねばならない。
「何者だ!」
これまでよりもクラスの高い衛兵と思われる兵士たちが遠巻きに槍を向けてきている。
広間の奥側には、兵士たちの他にも多くの人間がいた。
これまで戦った騎士たちだけでなく、彼らとは異なる豪奢な鎧を身に纏った男たちがいた。
皆こちらを向いて剣の柄を握り身構えている。おそらく彼らがこの国の主要な貴族たちだろう。
「おうおう、ノンビリしてるねぇ……。揃いも揃って王城の、しかも奥に詰めているなんてどういうつもりだ?」
腰だめにMk46 Mod2を構えたスコットが「何をやっているんだこいつらは」とばかりに溜め息交じりの声を吐き出した。
――それはそう。いやでも、たしかこの国は……
先頭に立つ将斗も一瞬巨漢の言葉に同意しかけたが、すぐに“そうではない理由”を思い出した。
『この国の抱える“問題”ゆえだろうな。それでも貴族は抱え込まなければならないんだろうが……』
無線からエリックの声がした。
今や市街戦も落ち着き、ミリアと共にこちらのモニタリングをしているのだろうか。あるいはハーバートと役割を分けているか。
バルバリアは山国となっており国土の割に人が住んだり耕作が行える面積はあまり広いと言えない。
それゆえ貴族の多くは領地を持たず王都に住み、文官として働いて国から年金を受け取っているのだ。
少ないパイを奪い合っているわけだ。
「……まぁ、それも今日までですよ」
ロバートが視線を向けた。
騎士に貴族たち、彼らを越えた一番向こう側、いわゆる玉座に腰を下ろす中年の男がいた。
あれが国王だろう。なんというか覇気がない。
この国の支配者として君臨しているというよりは、勝手に逃げ出さないよう取り囲まれているようにも見えた。
「HQ、
『了解。降伏勧告は無理せず進めてくれ。こっちも“仕上げ”の準備をしている』
何やら“仕込み”をしているらしい。
時間を稼げと言っているに等しいことからバルバリア側になにか見せつけてやるのだろう。
無理をするなと言うこと自体無理なのだが仕方ない。戦いとはそういうものだ。
「可能な限りやってみましょう。
無線を切り上げてロバートは進み出ていくと周りからの視線が集中する。
国王本人からより周りにいる貴族たちからの視線が強く感じられた。
この者たちが「自分の“財布”に手を突っ込まれた」と思って抵抗しているのだろうか。
――まぁいいさ。どうせなるようにしかならん。
そっと短く息を吐いてロバートは口を開く。
「バルバリア王国国王陛下ならびに首脳部の方々に通告します。王城を含め、周辺は我ら“新人類連合”の軍勢が制圧しました。残るはこの広間だけです。降伏を推奨します」
一瞬の静寂が広間を支配した。
「黙れ無礼者!!」
「そうだ!何様のつもりだ!」
「貴様らはここで死ぬのだ! ノコノコと乗り込んでくるとは愚か者どもめ!」
「斬れ! こやつらを斬れ!」
一人の怒声が上がったかと思うと、貴族たちの一部が気炎を揚げ、次々に剣を抜いて斬りかかって来た。
いったい何を聞いていたのか。彼らはこれだけの人数で突破して来た事実を理解しているのか?
……いや、単純に現実が受け入れられないだけだろう。まるで時代劇の悪役ではないか。
将斗は溜め息を吐いて歩き出す。
「どうします?」
「どうもこうもねぇよ。選択肢は限られてる」
流れるように横合いへと進み出た将斗はロバートに問いかける。いつの間にかスコットまで付いてきていた。幸いなことにLMGは持っていなかったが。
「こいつらはいなくてもいいかな」
ロバートは迷わなかった。
「承知しました」「任せとけ」
小さく頷いて将斗とスコットが前進を開始。
向かって来る貴族たちに向かって一歩先に出た将斗の刀が閃いた。
「ぐあっ!?」
悲鳴が上がった次の瞬間には貴族たちは次々に床へと崩れ落ちている。
最小限の見切りで攻撃を躱し、代わりに峰打ちや掌低を駆使して敵を昏倒させていた。
「おぼぉっ!」「ぎゃぴっ!」
明らかに尋常ではない悲鳴が上がる。
スコットは完全に物理で倒しに行っていた。
放たれたストレートが不運な貴族の顔面を粉砕し、血と折れた歯を撒き散らす。おそらく二度とまともな食事はできまい。
鈍い音と共に鎧の脇腹部分を凹まされて呻いている人間も何人かいるが、多分あれは肋骨が折れている。ちなみに手足が折れている人間はもっと多い。
これでも殺さないよう手加減しているのだからとんでもないパワーだ。
そのうちより巨体化して肌の色も緑色になったりしないだろうか心配になる。
「兜を着けていないので簡単でした」「だな」
あっという間に敵を片付けた将斗とスコットが戻って来る。
口調は柔らかいが、将斗は切っ先を後ろに下げた脇構えで残る“敵”へと油断なく視線を向けている。
「いや、簡単じゃないでしょ」
我慢できずマリナはツッコミを入れた。
ロバートも苦笑している。
一応自分たちは軍人のはずなのだ。単身の武力で場をひっくり返すヒーローではない……つもりなのだが。
「さて、国王陛下」
気を取り直したロバートが微笑みかけると、玉座の男はびくりと身体を震わせた。
――この男は危険だ。
国王の背筋は凍り付いていた。
瞬く間に側近たちを気絶させてのけた男たちに語り掛けられて平然とできる者など存在しない。
王直属のため貴族たちの短慮に乗らなかった衛兵たちは緊張を帯びたまま槍の穂先を向けているが、彼らは彼らで可能なら戦えと命令されないことを心中で祈っていた。
今や生殺与奪の権はすべて相手にあるようなものなのだ。扉を破った魔法が自分に向けられればまともに肉体が残らないかもしれない。
そんな最期だけは絶対に避けたかった。
そんな怯えが見えたロバートはあくまでも淡々と、そして穏やかに語り掛ける。
「我々は蛮族ではありませんので話し合いはできるものかと」
「よ、要求も聞かずに戦いは止められん」
呻くように国王が答えた。
たとえ傀儡と罵られようが国王として果たすべき義務があった。
――ほぅ、こう見えて……。
ロバートは顔に出さないようにしつつも国王の胆力に感心していた。
しかし、今はそれを評価すべきタイミングではない。
「ご冗談を」
ロバートの口調が鋭いものに変わった。
空気が緊張を増す。察した衛兵が槍を握る手に力を込めた。
「貴国の人間は降伏勧告を無視して我らに斬りかかって来られました。この期に及んで“無条件降伏”以外にあるとお思いで?」
「む、無条件降伏だと!?」
先ほど襲いかかって来なかった貴族たちですら怒りの表情を浮かべていた。
この調子ではもう一回くらい何人か昏倒させなければならないかもしれない。
そう思った時だった。
『“ペインキラー”、こちらHQ。頑張ってくれてるところ悪いが準備が整った。ちょっと大仰に、まぁ……それっぽく前振りしてみてくれ』
そこでインカムからふたたびエリックの声がした。
ようやく仕込みが終わったのか。
依然としてわからないままだが、たぶん、まぁろくでもないことだろう。
それにしても“それっぽく”とはなんだ。この大佐殿はさっきから無茶ばかり言う。
「では――お気持ちが変わるようにいたしましょう」
ワザとらしく右手を掲げたロバートは中指を親指で弾いて音を鳴らした。
これができてよかったとおそらく人生で初めて思った瞬間だった。
それとほぼ同時だった。
地面が大きく揺れたのは。
「な、なんだっ!?」「地面が!」「ひいいっ!?」
地揺れなどこれまで経験したことがないのだろう。
衛兵も槍を取り落とし、他の貴族などは腰を抜かしてへたりこんでさえいた。
もちろん地球組はすぐに理解する。これは地震ではない。ただの地響きだと。
尚、こちらが怖がっては効果も激減してしまうので、上手いこと相手から見えないよう女子組を落ち着かせている。
「……先に訊いときますけど何をしたんですか」
『窓の外を見たらわかる』
エリックなりに勿体ぶったのかもしれないが、あまりにもな返事だった。
「窓の外をご覧下さい」
怒りを堪え、精一杯の虚勢を張ったロバートは「これでたいしたことなかったら許さんぞ」と思いながら口を開く。
側近の命令を受けた何人かの衛兵がおっかなびっくりでバルコニーへ繋がる窓へと向かい、そこを開けた。
「「これは……!!」」
バルバリア勢から驚きの声が上がった。今度こそ衛兵も床にへたりこんでいたほどだ。
『驚いて貰えたかな?』
エリックの声には笑いの響きがあった。
もちろんロバートは笑えない。「だから内容を教えてくれよ」と思いつつ、仲間を連れてゆっくりと前方へと歩いていく。
ようやく外が見えてきた。
そう。窓の外にあったのは――いや、正確にはそう表現すべきでない。窓の外にあるはずの城壁が消えていたのだ。
「いやはやこれは……」
「やってくれますねぇ……」
ジェームズ、将斗が小さく簡単の声を上げた。
十中八九、城壁で戦っていたデルタチームの仕業だろう。
それにしても見事な爆破だった。
他に影響がないよう、城を取り巻く壁の大半のみを崩壊する形にしていた。
後でスコットが悔しがるに違いない。
「言っておきますが、あれは我らの力をお見せしただけです。大人しく降伏していただければ、これ以上手荒な真似をするつもりはございません」
そうは言っても「同じ目に遭いたいか?」と脅しを突きつけているに等しい。
「まぁ、まずは全軍に陛下の名で戦闘停止命令をお出しいただけますでしょうか? もちろん、この場にいる人間も含みます」
ロバートの視線が左右に動く。「迂闊に動けばどうなるかわかるな?」と
「わ、わかった。宰相、頼む……」
力なく、それでいてどこか安堵したように国王は答えた。
前のめりになっていた姿勢から玉座に背中を預けたのが何よりの証拠だろう。
「はっ」
武官には見えないが知性を感じる壮年の男がそっと礼をした。
それを受けて場の空気が幾分か緩んだのがわかった。
おそらく襲い掛かって来た強硬派の連中のせいで誰も降伏など言い出せなかったのだろう。
そういう意味では将斗は知らぬ間に最適解を選んでいた。
「こちらαチーム、敵司令部の降伏を確認。以降の役目はHQに引き継ぎます」
『了解、よくやったαチーム。
ここにバルバリア王国との戦――〈パラベラム〉として経験した初めての大きな戦いは終結を迎えた。
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