第138話 ペネトレイター

 

「手榴弾!」


 破壊された正面扉を潜る前にMK3手榴弾を何個か放り込んでおく。突入を阻止するため集まって来る敵への攻撃および牽制だ。


 程なくして爆発音が重なる。向こう側から悲鳴が聞こえた気がした。


「突入!」


 ロバートの命令と共に将斗たち前衛が内部へ突っ込んでいく。


 ――本当なら空から突入するんだろうになぁ……。


 敵戦力を分散させ、最速で重要目標を確保するなら地上侵攻のみならず降下作戦を併用するのがもっとも効率的だ。


 しかしながら、困ったことにヘリコプターの召喚がまだ開放されていない。

 

 こうしたところは何とも融通が効かない。いや、

 ミリアの“上位存在”とやらは地球の軍事システムについてもしっかりと理解しているようだ。


「いくぞ、不意を打たれるなよ!」

「わかった!」「承知!」


 声をかけるとマリナとクリスティーナから間髪容れず返答があった。

 緊張してはいるようだが戦意は十分だ。これならまだ連れて行ける。


 一番槍となって将斗が吹き飛んだ扉から内部に突入する。

 

 視力が暗さに順応する中、飛び込んだ先にはAT-4あるいは手榴弾を喰らってか倒れている兵士たちの姿があった。

 幸いにして直撃を受けていないのかバラバラの悲惨な死体はいない。大半が床で負傷に呻いているだけだ。


 ――こんなもんだろう。


 ロバートは密かに安堵した。

 あまり殺し過ぎると後々の遺恨が増える。戦っている時点で避けられないがやり過ぎてはいけないのだ。


「敵だ! 撃退しろ!」


 声と共に二階へ繋がる大階段を下って来る騎士たちの姿が見えた。

 誰も彼も、これでもかと分厚い鎧に身を包み盾を持って防御を固めている。


 おそらくここが最終防衛地点のはずだ。


「ふたりは左右に分かれて後衛を待て! 真ん中は俺が行く!」


 将斗は簡潔に指示を出すと、躊躇することなく敵集団へ突っ込んで行く。


「敵は単騎だ、討ち取れ!」


 構えられた盾の隙間から剣や短槍が突き出されるが、将斗は最小限の見切りでそれを回避。

 足場の悪い中、最小限の動きで足元を斬りつけて何人かを転倒させて戦闘不能に追い込むと、左手で引き抜いたHK45Tで刀の間合いの外にいる騎士の足を次々に撃ち抜いていく。

 至近距離ならフルメタルジャケットFMJの.45ACP弾で鎧は抜ける。敵の足が大きく乱れた。


「「ぐあああっ!!」」


 野太い悲鳴が上がるのを無視して将斗は手榴弾のピンを抜いた。

 小気味良い金属音を立てて安全弁が飛び、信管が作動した本体を足元に転がす。


「盾を使わないと死ぬぞ?」


「小癪なぁっ!」


 不敵につぶやき、将斗は地面を強く蹴って後方に向けて大きく宙返りをした。

 当然、繰り出された反撃の群れは虚しく空を切る。


「「「んなぁっ!?」」」


 敵も味方も揃って驚愕の表情で青年のアクロバティックな動きを見上げていた。

 普通に考えて、階段でこんな真似をすれば着地に失敗して大怪我するのがオチだ。


 ――地球にいたままじゃこんな軽業なんてできなかったろうな。


 自身の肉体の変化に驚くが、これまで以上の戦いができることへの喜びが大きく勝っている。

 そんな内心の感情を表すように、将斗はふわりと猫科の動物を思わせる身軽さで着地した。


「いかん! 防御! 盾を持ってうずくま――」


 我に返った騎士が警告の叫びを上げるも、最後まで言えず生まれた爆音に呑まれた。

 踏ん張り切れずに吹き飛ばされた騎士たちは足場の悪さから姿勢を保てず階段を転がり落ちていく。

 よほど当たり所が悪くなければ死ぬことはないだろう。関節をやってしまうと復帰は難しいかもしれないが。


「警戒は緩めるな」


 無力化された騎士たちから呻き声が聞こえてくる。

 ほとんどが転倒による負傷だ。咄嗟に盾を展開し、分厚い鎧に守られていたおかげで致命傷にまで至った者はいないように見える。


「ホント信じられねぇな。なんなんだあの動き……」


 あまりの驚きに突入してきたロバートも思わず動きを止めてしまった。

 さすがに「もうアイツひとりでいいんじゃないかな」とまではいかないが、白兵戦でこれだけの強さを発揮するとなるといよいよファンタジー全開だ。

 本当はファンタジー世界で生まれて地球に飛ばされてきたのではなかろうか。そんなしょうもないことを考えてしまう。


「マッキンガー少佐、先を急ぎましょう」


 刀を持った将斗が戻って来た。


「ん、ああ……」


 返事に一瞬間が空いた。

 どう声をかけるか悩んでしまったためだ。結局無難に応ずるだけだったが。


 いずれにしてもすっかり調子が狂ってしまった。ハリウッドヒーローばりの“大活躍”を見せられたせいだ。


「よくあんな無茶やるな、サムライ!」


 遠慮しないスコットが声をかけてきた。

 どうやらこのファンタジー世界でもぶっ飛んだ動きらしい。クリスティーナもリューディアもしきりに頷いている。

 マリナとサシェならまだしもこのふたりが同意するということは相当なのだろう。


「無茶と言えば無茶ですが……身体ができるって言ったものでして」


 本人としても明確な根拠があったわけではないらしい。


 事実、あれだけの“ウルトラC”をやってのけたというのにそれを見せつけるような素振りもない。

 ジャパニーズ的謙虚さなのかもしれないがシレっとやられるてもそれはそれで反応に困る。


「べつに責めてるわけじゃねぇよ。銃火器を抜けば俺らはいいとこ格闘術までだからな。剣や槍を持った相手と正面からやり合えるヤツがいるのは心強い。おっと、魔法まであるんだ。あんな動きができるのは頼りになる証拠だ」


 スコットが軽く笑ってみせた。

 将斗だけではなくマリナやサシェたち女子組へのフォローでもあるのだろう。

 普段は好き勝手な振舞いをしておきながら、こういうさりげない気遣いが上手いのが腹立たしいとロバートは思う。


「そうか……。まぁ、今は先を急ごう。外の連中も頑張ってるだろうしな」


 出番を取られてしまったとロバートは肩を竦めた。

 たしかに彼の言う通り今はこの戦いを終わらせなければならない。そのためのαチームなのだから。


「……


 ロバートの残した言葉がやけに将斗の耳へ残った。




 その後もαチームは城内を進んでいく。

 物陰から斬りかかってきたり、時には障害物を盾にして侵攻を阻止しようとしていたが、それぞれ将斗たち前衛に返り討ちにされるか遮蔽物ごと撃ち抜かれるかですべて排除された。


 そんな部隊の足が止まる。

 装飾の施された大きな扉が固く閉ざされている。

 王の間だろうか? 名前はわからないが重要地点であるのは明白だった。


「HQ、こちらαチーム。王城内の重要拠点に到達。内部の様子はわからない。立て篭もっていると見ているが」


 ロバートは司令部に無線をつなぐ。

 判断を仰ぐのもあるが他に情報がないか確かめるためでもある。


『こちらHQ、デルタが収集した事前情報によれば王族は強硬派貴族に担がれている。連中が逃げ出さない限り、王も運命を共にするしかないようだぞ』


「そいつは気の毒な」


 ロバートは小さく笑う。


『権力を振るうのと引き換えに困った時には責任を取るのが王族だ。甘んじて受け入れてもらうしかあるまい』


「そんな意識などなさそうですが。いずれにせよ確保しなけりゃなりませんね」


『おまえらが一番乗りだからな。よろしく頼む』


「了解」


 通信を切り上げる。


「それでどうするんだ。AT-4で扉をぶち破るか?」


 通信している間に次の発射器を召喚していたスコットが訊ねてくる。

 口では「どうする?」とこちらの意向を確認しているが、どう見ても撃つ気満々だ。これではロバートが「やる」と答えた瞬間にも発射しかねない。


「バカを言うな。向こうの人間までまとめて殺すつもりか」


「その方が後々面倒じゃないかと思って」


 頭痛がした。

 いや、冗談だろう。いくらスコットでも本気でそう思ってはいないはずだ。おそらく。たぶん。


「却下だ。プラスチック爆弾C-4で上手く壊して入口を作ろう」


「……まぁ、それが無難か」


 一瞬スコットは悩んだ素振りを見せた。悩むな。蛮族か。


「どうせ中でドンパチあるかもしれないしそっちに期待しとけよ。ショットガンでも用意しとけ」


「なぁ、だんだん扱いが雑になってないか?」


 明らかに投げやりな言葉をかけられてスコットは不満を露にした。


「だったら少しは繊細さの欠片くらい見せてみろ。ここはベトナムのジャングルでゲリラを掃討するワケじゃないんだ」


「ゲリラ相手だったらまとめて吹き飛ばしてOKみたいなコメントはちょっとどうかと……」


 ロバートの返し方も返し方だ。耐えきれなくなってジェームズがツッコミを入れた。


「まったく、人を何だと思っているんだ。」


 ぶつぶつとつぶやくスコット。キリがないのでロバートは無視した。


 そうは言ってもちゃんとC-4だけでなくショットガンを用意するあたりがきっちりしている。戦いに関しては本当に優秀だ。

 両開きの扉に対して中央を跨いで人が数人通れるだけの幅にペタペタとこねた貼り付けていく。


「なにこれ粘土? あれ? 甘い匂いがする」


 興味津々な様子でマリナが近寄って来た。

 彼女ほどではないがサシェも一緒である。“相棒”が余計なことをしないための監視かもしれないが。


「食ってもいいが毒と同じだ。ぶっ倒れるぞ」


「うそぉ!?」


 指を伸ばしかけていたマリナが慌てて引っ込めた。


「当たり前だろ、戦場で使うモンだぞ」


 さすがのスコットも呆れた様子で笑っていた。

 なんとも食い意地が張っているが、戦場で空腹を主張できるなら精神的にはかなりタフだ。


「そんなものを何に使われるのですか?」


「コイツは爆薬だ。あー、爆薬って言ってわかるか?」


「はいっ! ここに来るまでもちょくちょく使ってた派手に破裂するヤツ!」


 マリナが手を上げて答えた。


「正解。その仲間だな。火を点けてもゆっくり燃えてるだけだが、適切な刺激を与えてやるとデカい爆発を起こす」


「うん……? 威力が高いから小さくしたら必要なだけ壊せる……?」


「すごいな。よくわかったもんだ。というわけでコイツで奇麗な通り道をあける」


 仕上げにコードと接続した信管を刺してスコットは扉から離れる。


「いいか?」


 スイッチの安全装置を外してチームメンバーに問いかける。


「ああ」「いつでも」「どうぞ」


 ロバートが簡潔に、ジェームズと将斗がそれに続いた。


「爆破!!」


 重く腹に響く音を立てて切断された扉が向こう側に倒れ、綺麗な長方形の穴となる。

 そこからαチームが内部へと流れ込んだ。

 装甲を貫く侵徹体ペネトレイターのように。

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