第137話 自由なヤツら


「ヒュー! 見たかよ! 相変わらずどうかしてるな、あのサムライ!!」


 将斗の戦いを見守っていたスコットが勝利を受けて感嘆の声を上げた。

 このままスタンディングオベーションでもしそうな勢いだ。

 地球時代の彼なら「敢えて白兵戦に付き合ってやる必要などない」と一蹴して軽機関銃LMGを撃ち込んでいたに違いない。


 しかし、今はいる世界そのものが違う。

 こうした剣と魔法がぶつかり合う世界では、あのような“パフォーマンス”が敵の戦意に影響を与えるためにも有効なのだ。


 特に軽装の人間が重装騎士を剣だけで倒したインパクトは大きいに違いない。後々響いて来る部分だろう。


「キリシマ中尉が勝って嬉しいのはわかりましたから! LMGを撃ってください、ハンセン少佐! まだ全然終わってないんですよ!」


 ジェームズが彼にしては珍しく声を大きくして叫んだ。


 射撃中なのもあるが「一番火力のある人間が遊んでいるな」と言いたいのだ。

 既に何人かはロバートやジェームズが持つM27 IARの射撃で戦闘不能に追い込まれているが、庭の衛兵が少なくなると今度は城の中から矢が飛んできた。

 いよいよ敵もしりに火が付いてきたらしい。ここで攻めの手を緩めるわけにはいかない。


「っと悪い! たしかにあのへんを黙らせないといけないな!」

 ようやくスコットのMk46 Mod2が火を噴いて反撃を加える。

 弾帯ベルトリンク供給により間断なく撃ち出される5.56×45mmNATO弾が文字通りの弾幕となって敵に矢を射掛けさせない。

 下手に顔を出せばモグラ叩きのように潰される。敵への牽制としては十二分過ぎる、それこそ頭を叩かれれば吹き飛んでしまう。


「ぬぅ……。本当だったらあれは俺がやりたかったんだがなぁ……」


 あらん限りの弾薬をバラ撒く同僚スコットの“雄姿”を見ながらロバートがぼやく。


「少佐はチームリーダーでしょう。トリガーハッピーはお預けです!」


 指揮官のささやかな願望は即座に一蹴された。

 ロバートなら「“矢除けの加護”があるからM2重機関銃を据え付けてすべてを薙ぎ払う」などと言い出しかねない。冗談抜きに王城が死屍累々のスプラッターハウスとなってしまう。

「もうひとりにまで暴れられてたまるか!」そんなジェームズの強い意志を感じた。


「ええい、畜生め! さっさと終わらせるぞ!」


 怒りのエネルギーをライフルに乗せてロバートは前進。見事な射撃精度で敵を倒していく。


「よく喋りながら戦えますね!」


 雷撃魔法を飛ばすサシェが付かず離れずの距離から声を投げてきた。

 いくら“矢除けの加護”があるとはいえ、冒険者の狩り以上に危険溢れる戦場で、よくもこのように不必要な会話を繰り広げられるか不思議で仕方がないのだ。


 ジェームズについたリューディアも弓を放ちながら小さく頷いている。


「極端なことを言えば腕と指を動かしてるだけだからな! 本当は黙っていた方が射撃は安定するぞ!」


 射撃中のスコットが会話に入って来た。

 片手で弾帯が絡まないようにしながら、もう片方の手で軽機関銃を見事に制御して射撃を続ける人間が言ってもまったく説得力がない。


「じゃあなんでしないんですか?」


「「「黙ってたらつまんないだろ(でしょ)」」」


 野郎ども三人の声が意図せず重なり、サシェは唖然とした。


 その辺の冒険者だったら弱い魔物を狩る時にヘラヘラ緊張感なくやっていることはある。


 しかし、彼らは高度な教育と訓練を受けた軍人のはずだ。

 出会った時から薄々感じていたが、元々そうした職業に抱いていた印象とはまるで異なる。生まれた世界が違うと言えばそれまでなのだが……。


 ――なぜだろう。みなさんに出会ってから自分の常識がどこまでも壊されていく気がする……。


 ミリアが言うに、あれだけの力を持っていても彼らは“勇者”ではないらしい。


 まぁ、勇者を名乗るなら勇者に謝れと言いたくなりそうだが。


 話が逸れた。


 しかし、だからといって物語に謳われる英雄という感じでもないし、あるいは魔族が召喚したように異世界から降臨した魔王なのだろうか?

 個人的に言えばサシェは命だけでなく実家も救われている。その一方で、今彼らは亜人たちを解放して自分たちと同じヒトの国に攻め入っている。


 いったい彼らは何をもたらすべく現れた存在なのか。考えれば考えるほどにサシェはわからなくなってしまう。


「先に進むぞ! 遅れるな!」


「は、はい!」


 スコットの声でサシェは現実に引き戻された。


「味方がいる、気を付けろ! 遠くの敵を狙え!」


 前衛を務める将斗たちの進行速度を窺いながらロバートたちも城への距離を詰めていく。

 誤射を避けるべく、あくまでも白兵戦は彼らに頑張ってもらわなければならない。

 咄嗟のこととはいえ、リューディアのような無茶をする気はロバートたちにもない。ああいうのはエルンストの専売特許なのだ。


「窓のヤツらだ! あそこを潰さないと鬱陶しい!」


 途中まで進んでから樹木を盾にしてロバートが次の指示を出す。

 上手く両手を使って身体が露出しないように射撃を行う姿は弓矢を射るよりも熟練した動作に見える。まるで無駄のない戦い方だった。


『こちら“ラムシュタイン”、これよりαチームを援護します』


 新たな通信と共に、先ほどまでとは異なる銃声が連続して響いた。

 視線の先で窓にいた衛兵の何人かが兜に喰らって倒れていく。どうやら近距離用に5.56mmのセミオートライフルに変えたらしい。


「早かったな、“ラムシュタイン”」


『デルタの援護を切り上げて来ました。あっちはもう大丈夫そうだったので』


「そいつはいい。グッドニュースだ。DHU本隊が来たってよりもな」


 自身もM27で射撃を続けながらロバートが小さく笑った。

 “矢除けの加護”がある自分たちよりもエルンストが倒してくれた方が庭の敵に戦力を集中できる。


「さらっとひどいことを言うよな」


「そうでもないさ。この戦いに関しては俺たちが王城を落としちまった方が何かといい。あまりDHUが勝ち過ぎると後々マズいことになる」


 スコットの苦笑いにロバートは真面目な顔で返す。


 亜人たちに積ませるのは、これまで迫害してきたヒトに対して「自分たちでも一矢報いることができる」と自信を持てる程度の成功体験でいいのだ。

 下手になんでもかんでも関わらせると「自分たちはヒトよりも優れている」と勘違いしかねない。選民思想にでも取り憑かれては本末転倒だ。

 せっかく〈人類(ヒト)〉対〈魔族〉の二極構造から多極化を目指しているのに、人類圏に中東某所のような泥沼地帯が出来上がりかねない。


「てなわけで俺らが片付けにゃならん。スコット、支援するから玄関をブチ破れ。恥ずかしがり屋どもが中に入れてくれない」


「へいへい、了解了解」


 Mk46 Mod2を地面置いて、背負っていたAT-4 CS 対戦車無反動砲の発射準備を開始する。


「いいか、構えた筒の後ろには絶対立つなよ!」


 叫んでからスコットは後方を振り返る。

 手慣れた動作で流れるように準備を進め、安全レバーを下げたらあとは発射ボタンを押すだけだ。


「確認完了!」


 無反動砲のバックブラストを喰らったら冗談抜きに無事では済まない。

 たしかにこのAT-4 CSでは、市街戦に備えて従来の発射ガスに代わり安全な塩水を噴射するようになっており安全性が増している。

 しかし、訓練を受けていないものの共闘する可能性のある仲間に「そういうものだから大丈夫」と思われてしまうと、今後とんでもない事故を引き起こしかねないためしっかりと警告しておく。


発射ロケットッ!!」


 後方へバックブラスト代わりに塩水の蒸気を巻き散らし、ロケット弾が飛翔する。


 と言っても、並みの動体視力ではほとんど軌跡を追うことができない。

 一瞬にして目標である王城の正面扉に吸い込まれ――爆発した。  


 設定した瞬発信管が作動したことで扉が一気に粉砕され、余裕で何人も通れるだけの大穴が空く。

 近くにいた人間はいないだろうか。いたら悲惨な運命を辿っている。


「命中!」


「よし、内部に突入するぞ! 次は敵との距離が近くなる、注意しろ!」


「「了解!」」


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