第135話 マジでKILLする五秒前
『こちら“デルタワン”。跳ね橋は制圧した』
ウォルターの声が無線チャンネルから聞こえてきた。
「よくやってくれた、“デルタワン”。どっかで迷子になってるかと心配してたぜ」
『言ってくれるな、“ペインキラー”。あんまり遅いようなら飲みに出かけてたところだ』
「どうせ王城のワインを狙って来たんだろ?」
『ごあいにくさま。俺らはビール派でね』
戦闘中だというのに軽口を叩き合う。
普段からこんな調子だ。本人たちは格好つけたつもりだが、周りは「それだけ仲が良いのだろう」と微笑ましく見ている。
「どうせ待ってる間に飲んでたんだろ? いいよなぁ……」
『はは、役得ってヤツさ』
対バルバリア戦において、“デルタチーム”は早々に別行動を取って王都バルリウムへ再潜入を果たしていた。
一度大暴れしておきながら戻って来るとは、図太いを通り越してイカレているようにしか思えない。
とはいえ、〈パラベラム〉の人材不足はいつものこと。
会戦に参加するなら一般歩兵でも済む話で、王都の地理に詳しい上に精鋭の彼らしか適任者がいなかったのだ。
ただ、いきなりいいところを持っていくとはロバートも思ってはいなかったが。
『ほら。橋の処理はこっちでやっとくからさっさと渡ってくれ』
「いいけど上から援護してくれよ。ストライカーじゃ橋を渡ったら下にドボンだ」
人や荷車が行き交うことを前提とした街の入り口と、限られた者のみを通す王城のそれが同じ強度なわけもない。
さらに非常時に立て篭もれるように橋を跳ね上げ式にしてあるおかげで、二十トン近い重量物が通ればどうなるかは誰の目にも明らかだ。
『あんまり期待されると困るぞ。城壁も制圧しとかないといけないからな』
当然ながら王城自体も強固な壁に囲まれている。北から川を引き込んで作った水堀と相まって外からの侵入を困難にしている要因のひとつだ。
こちらはヴェストファーレン・DHUの歩兵部隊と異なり、現代火器で武装した特殊部隊なので心配するほどではないだろう。
『こちら“ラムシュタイン”、狙撃位置に陣取っています。デルタの援護はお任せを』
先ほど見事な狙撃を決めたエルンストが会話に入ってきた。
「助かるが、あまり無理はするなよ」
『了解です。まぁ、勘のいい護衛がいるので。しばらくしたらそちらに向かいます』
護衛とは、ふらりとやって来て行動を共にしている
どうやら存外気に入っているらしい。さほど他人に興味を示さないエルンストにしては珍しいと誰もが思う。
いずれにせよそれなら心配は要らないはずだ。
狙撃手は位置も頻繁に変える。銃器もないこの世界ではエルンストを捕捉するのは容易ではない。
「よし、突入要員は全員降車用意! B車どうだ!」
『こちらB車“ペインキラー”、問題ない』
スコットから返事があった。早く出たくて声がうずうずしている。
「曹長、頼んだぞ!」
「了解!」
いよいよだ。
付近の敵を掃討し準備が整い次第王城へ突入する。突入部隊のメンバーが緊張からかわずかに腰を浮かせた。
「エリアス殿下、このまま残ってDHU大隊の指揮を補佐してもらえますか」
「……承知しました」
その中で唯一居残りを命じられたエリアスは一瞬眉を動かしたものの、程なくして小さく頷いた。
少し不満そうに見えたのはリューディアが突入部隊に着いて行くからか。
こればかりは立場が違うから仕方がない。リーンフリートとクリスティーナの関係と同じである。
どこの世界も跡継ぎは儘ならないのだ。
「そのうち大隊とリーンフリート殿下たちの部隊が追いつくでしょうから、来たらそちらに合流してください。兵を安心させてもらいたい」
エルフの王子の内心には気付かぬフリをしてロバートは指示を重ねていく。
「やはり上の者がいた方がいいですか」
なんとなく自分の役目を理解したような感じだ。この様子なら大丈夫だろう。
「そりゃあ兵の心象も変わるでしょう。無線もあります、その後はICVで指揮を執ってもらっても構いません。王城と門の大通りを分断されないようにしていただきたい」
今後教会と戦っていく中でもきっと役に立つはずだ。
「わかりました。……ロバート殿、
「お任せを。必ずや勝利のご報告を持って戻ります」
精一杯の笑みでエリアスを安心させる。もちろん虚勢ではなく本気で勝って全員で帰還するつもりだ。
「少佐、掃討完了です! 橋に寄せますよ!」
警戒を促すブザー音と共に後部ランプが開いていく。
ロバートは様子を伺いながらも素早く駆け出す。矢が城壁から飛んでくるがその数はまばらだ。これなら気を付けていれば無理なく躱せるだろう。
「もうおっ
敵の攻撃以上に銃声が多く聞こえてくる。ひと足先にデルタが制圧戦闘を開始しているのだろう。
王城に詰めている兵が精鋭かどの程度かバルバリア軍の編制は知らないが、地球でも最強クラスの特殊部隊を相手にするとは不運なことだ。
ヤツらは容赦なく淡々と敵を刈り取っていく。世界が変われどもそれだけは同じだ。
『“デルタチーム・ワン”、西側クリア』
『“デルタチーム・ツー”、こちらも東側を制圧』
やはり予想を裏切らない。あっという間に制圧されていった。
「こちら“ペインキラー”、デルタの支援に感謝する。これより内部に突入する」
『こっちが片付いたら追いかける。俺たちの獲物も残しておいてくれよ』
「悪いが早い者勝ちだ。先に“キング”はいただいちまうぜ」
ウォルターとのやり取りを挟んで橋を渡り切り、門の真下で集合して一旦周囲の様子を窺う。
広い庭園と中央の石畳の道が城まで伸びており、間には樹木が植えられている。
「ロバート殿、皆に“矢除けの加護”を」
リューディアが何やら詠唱をしたと思うと、緑色の光の粒子が現れて皆の身体の周りを渦巻いて消えていった。
「矢に当たりにくくする魔法です。わたしの魔術式を基にしていますが、ハイエルフの魔力だとかなりの効果が見込めます。やっておいて損はないかと」
戸惑う地球組にサシェが補足の説明をしてくれる。
「なるほど、そいつはありがたい。膝に矢でも受けたらコトだ。俺はマサトみたいに斬り払いはできないからな」
ロバートは軽口を叩きながら素直に感謝を示した。
ファンタジー世界にやって来たくせに、ほとんど火力と物理で突き進んで来た結果、魔法的なものに直接世話になったのはほとんど初めてなのだ。
「ちょっと? まるで人を異常者みたいに言わないでもらえますか、マッキンガー少佐?」
突然水を向けられた将斗は「俺ですか?」と言いたげな顔で自身を指さした。
「少なくともハエを追い払うみたいに矢を斬り飛ばせるのは普通じゃないぞ」
「解せぬ……」
本気で納得がいかないと将斗は腕を組んで唸っている。どうも自覚がないらしい。
「ははは……。振るわれる剣や槍には効かないからご注意を願うが……」
苦笑交じりのリューディアが遠慮がちにそう告げた。
ふたりのやり取りを見ていると本当に必要なのか甚だ疑問ではあるが、ただただ黙って後ろをついて行くのもなんだか所在ない気がして困る。
彼女なりの気遣いのつもりだった。
「みんないつもこんな感じだから気にしたら負けだよ。どうせロクな目に遭わないんだから」
見かねたマリナがそっとリューディアの肩に手を置いて首を振った。
このトンデモ連中に関わるといつだってとんでもない目に遭うのだ。
自分でついて行くと決めた身だが、こうして
なので、「気にしたら負け」だ。
サシェも異論はないらしく首を縦に振っている。
普段は穏やかな彼女であってもそこに関してはまったく彼らを信用していない。
いや、ある意味では逆に信用しているのかもしれない。ロクな目に遭わないという意味において。
「そこまでは言わないが……。ただ、このような場でよく軽口が叩けるとは思う……」
「理解しようなんて思わない方がいいよ。これはあたしがバカだからかどうかじゃないからね」
運命がどうのこうのと口にするのもマリナはもはや諦めていた。
なるようにしかならない。あとは生き残るために最善を尽くすだけなのだ。
これはこれでしっかり将斗たちに毒されているとも言うのだがあいにく本人にその自覚はなかった。
「
「火力支援は任せろ。エルンストが追いついて来るまでは俺が援護する」
ロバートの説明を捕捉する形で
「じゃあ、俺とマリナで突っ込みます。“矢除けの加護”があるなら矢にはやられずに済むでしょう」
「うわー、普通に同じように戦えって言われたー」
マリナが頬を膨らませて抗議の声を上げた。
平静を装っているがおそらく戦への恐怖を隠そうとしている。
魔物を相手にするくらいは冒険者では普通だったが、正規軍の兵士を相手にして刃を交えるのは初めての経験だ。
将斗たちが倒した以外では盗賊討伐の経験もない。
「無理して仕留める必要はない。俺のアシストをしてくれたらそれでいい」
「あたしじゃ援護のしようもないんだけど……」
あの無茶苦茶な剣術の中に入っていく隙間など考えつかない。
「はは、投げナイフの訓練の成果を見せる時だよ」
「重装騎士を相手にぃ?」
「わたしも一緒に行こう。こう見えて魔法よりも剣の方がずっと得意だ」
緊張を解そうとクリスティーナがマリナに微笑みかけた。
何人か「ずいぶん脳筋な聖女(候補)様だな」と思ったが口にはしない。
「いいねぇ、誰でも最初は初心者だ。やってみるだけさ、行くぞ」
満足そうに笑った将斗は軽く膝をたわめて疾駆を開始。クリスティーナもそれに続く。
「あーもう!」
マリナも遅れて駆け出した。
地面を蹴って玄関口へ向かうと、樹木の陰に潜んでいた兵士たちが飛び出してくる。
本当の戦場に来たのだ。
背中に浮き上がる汗と共に、マリナはそう感じていた。
これまではスコットたちの陰に隠れていたようなものだ。だから平然としていられた。それが今ではどうだ。身体が震え出さないように必死ではないか。
今度ばかりは――自分の力で生き延びなければならない。
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