第133話 キャノンボール・ダンス


 程なくしてストライカー部隊の準備も整った。


 M1128機動砲システムMGS二輌を先頭に、その後ろにM1126兵員輸送車ICVが二輌――そちら側に将斗たちが分乗している。

 このまま城まで一気に敵を蹴散らしながら突っ込むプランだ。


 別名脳筋プランとも言うが、こういう時はあれこれ策を弄するよりシンプルな方がいい。

 実際、誰も反対はしなかった。女子組は何をするのかあまりよくわかっていない感もあったが。


「なんだっけ? 迫なんちゃら? ポンポンいってたヤツは連れて来なくて良かったの?」


 M1129迫撃砲搭載車MCが随伴していないと気付いたマリナがスコットに訊ねた。名称はわからずとも兵器のちょっとした区別はついているらしい。


「あっちは歩兵部隊の援護が向いてるからな。門のところに留まらせている。適材適所ってやつだな」


 他のICVも一部市街地の制圧用に回している。

 矢だけでなくちょっとした魔法すら跳ね返す装甲は近接戦の環境下では何よりも頼もしい存在となっていた。そうでなければ被害はもっとひどいのものになっていただろう。


「なるほどね」


「そろそろ敵騎兵部隊が動き出します。我々も行動開始すべきでしょう」


 PDAを注視していたジェームズが声を上げた。

 上空のUAVから送られてくる映像を確認したようだ。いよいよ敵も反撃に出て来るつもりらしい。


「よし行くか。曹長、しばらく厄介になるぜ」


「貸切なんですから運賃も高いですよ?」


「わかったよ、ビール1ケースくらい奢ってやるよ」


 冗談の中にさりげない対価が見えた。

 少しは上官らしいところも見せなければならないようだ。


「そうこなくちゃ! ……あー、それでは皆様。王城までの短い間ですが、快適な旅をお楽しみいただけますようシートベルトをお締めください。……全車輌発進、いくぞ!」


 ノリノリの曹長のアナウンスと共に、ディーゼルターボエンジンを唸らせてストライカーが走り出す。

 二十トン近い車体が全速力で突撃を開始した。


「曹長! 車列をふたつに分けろ! 味方歩兵部隊の左右から行ってくれ。敵の騎馬部隊がちょっかいかけてきそうなんだ。それを潰す!」


「了解、射撃開始します!」


 ICVのプロテクターM151 RWSから放たれた銃撃がバリケードを破壊しながら向こう側の敵を蹴散らしていく。

 所詮は木製の板を重ねた程度だ。7.62mmライフル弾をどうにかできるものではない。


「よし、回り込むぞ! 左右の通りから騎馬部隊が来る。全機遠慮はいらねぇ、やっちまえ!」


「コピー!」


 MGSの上部に備わった105mmライフル砲が、獲物を求めてゆっくりと旋回を始めていた。





「敵がエサに喰いついた! 防衛線まで引き込んでから蹂躙する!」


 門を破られてから後退し続けているバルバリア防衛部隊だが、彼らもやられっぱなしでいるつもりはなかった。

 とはいえ、単純な殴り合いを続けても無駄な消耗を強いられるだけだ。

 幸いにしてこちらは地の利もあるし、短期間であれば補給もさほど問題ない。

 あとはどうやって最大級の被害を与えるかに焦点を置いた。


「敵主力、迂回せず進んで来ます」


「ふん、バカどもめ」


 歩兵部隊に遅滞防御をさせつつ、馬車を潰すなどした障害物で防衛線を構築してそこに敵主力部隊を誘引。敵が深くまで浸透したところで左右から殴りかかって包囲殲滅する。

 そのために、切り札でありながら街中では使いどころの難しい騎馬部隊を温存して目立たないよう配置したのだ。


「行くぞ! 侵略者どもを叩き潰す!」


 挟撃の効果を十二分に発揮するには、あくまでも奇襲とならなければいけない。

 敵に接近がバレないよう指揮官だけが命令を叫び、残りの兵は腕を掲げてそれに応じた。


 声を出せない? だからなんだというのだ。この時を待っていた兵士たちの戦意は旺盛だ。


 王都に薄汚い足で踏み入った愚か者ども――いや、亜人は畜生だったか――に目にものを見せてやる。


弓騎兵きゅうきへい、間抜けどもに矢を射掛けろ!」


「「「はっ!」」」


 命令を受けた弓騎兵が前に出て、射程に入ったところで矢を放つ。

 山なりに放った適当な狙いだが、あれだけ群がっていれば黙っていても敵に当たる。


「ぐあっ!」「なんだ!」「どこからだ!?」


 予想外の方向から攻撃を受けた敵兵は瞬く間に混乱状態に陥った。

 まるで素人の狼狽えようだが、実際反乱を起こした亜人などその程度の練度だろう。

 一方、ヴェストファーレンと思われる鎧姿の兵たちは、飛んで来る矢に動揺するものの負傷に至るダメージとはなっていない。惜しいが、こちらはこの後騎馬突撃で潰せばいい。


「て、敵襲! 伏兵がいたぞ!」


 ようやく気付いた兵が警戒を促すも、こちらが接近しているにもかかわらずまともに組織立った動きができていなかった。

 反対側からも同じように矢を射掛けられているらしく逃げ場も封じられている。

 唯一の退路は後方だが、これをすると目の前にいるバリケードを守る兵に背中を向けることとなる。深く攻め込んでいる状態では真後ろに下がるも容易ではないのだ。


「まずい、左右からの挟撃だ! 突っ込んで来る! 備えろ!」


 この隙は致命的だった。

 反撃にエルフから弓が射掛けられるが、王都防衛だからと防御に振って板金鎧を着た重装騎兵を射抜くことはできない。

 

「いいぞ、このまま叩き潰す!」


 決まった! 騎馬部隊の指揮官はそう確信した。古来より騎馬突撃を受けた歩兵など風の前の塵に等しい。


 その油断が響き渡ってくる“鋼鉄の唸り声”に気付くのを遅れさせた。

 

「待て。これはなんの音――」


 ふと気付く。戦場で奏でられる音の中に妙なものが混じっていることに。


 しかし、もうトップスピードとなった突撃の勢いは止められない。止まればこちらが狙われる。

 亜人デミと言葉の上では侮っているが、エルフの放つ矢がどれほど危険かはすでに理解していた。


「何か来るぞ!」


 誰かが叫んだ。

 起死回生の一撃を仕掛けに疾駆する騎馬部隊の目の前に、突如として何かが立ち塞がった。

 魔族が使役するという魔獣、オオイワトカゲにも似た巨体が横腹を見せる形で姿を見せた。背中のようなところには槍のような長細い――いや、そう見えるほどに長く太い筒が載せられている。それがこちらを向いていた。


 直感で指揮官は理解する、あれは危険だと。


「騎乗魔獣!? 止まれ! 回避しろ!」


 予想すらしていなかった光景に騎馬部隊は手綱を引いて馬を止めようとする。突撃の勢いが完全に殺された。


 ――それだけならいい。だが、コイツは――!


 特大の悪寒に襲われる中、自分たちへ向けられた槍のような空洞が光った。

 そう思った時には騎馬隊指揮官の意識はこの世から消えてなくなっていた。



 

 逆撃を試みた騎馬部隊は一瞬でバラバラに吹き飛ばされていた。

 生身で105mm榴弾の直撃を浴びればそうなって当然だ。人と馬の合挽肉ミンチとなってあたりに巻き散らされる。


 耳をつんざく砲声に、周りは味方も含めて恐慌状態だった。


「命中! MGS、次弾装填!」

「5秒ください!」

「ICVは歩兵の壁になれ! 味方にアナウンスしている暇がない!」

「煙幕弾発射! 時間を稼ぎます!」

「いいぞ、歩兵は煙幕がある! そのまま敵騎馬部隊を殲滅しろ!」

「MGSはバリケードを突き破れ! 味方の向こう側なら武器は好きに使っていい! 民家にはできるだけ当てるな!」

「Rog!」


 歩兵を守るように進路を塞いだストライカーICVの遠隔操作式銃塔RWS “プロテクターRS2”に懸架されたM240B 7.62mm汎用機関銃GPMGが旋回し、そこから猛然と火を噴いた。


 飛んでくる矢はすべて装甲に弾かれ、騎馬兵の中に紛れていたと思われる魔法使いからの火炎弾が装甲に当たって弾ける。幸いにしてエンジンルームへの引火はなかった。


「気を付けろ! 魔法には個人差がある! もしかしたらキツいのが来るかもしれんぞ! できるだけ機動戦を仕掛けろ!」


「了解、しっかり掴まっていてくださいよ!」


 ロバートはストライカー部隊の安全を優先した戦い方を指示する。

 RPGほど威力のあるものと遭遇してはいないが、それもいつまで続くかわからず油断はできない。「所詮辺境にいる個人の魔法ではその程度」などと思っていては“ソマリアの二の舞”になってしまう。

 それだけはアメリカ軍人としてできなかった。


「あわわわわ!?」

「揺れる! 揺れる!」

「マリナ、近くで騒がないで!」

「うっ、気持ちが……」


 一方、目まぐるしく動く戦況に女子組はまるでついていけない。

 外の様子が見えないだけに身体にかかる慣れないGに内臓を振り回される。


「お嬢さんがた、バリケードを抜けたぞ! 今なら吐いてもいい! 外に出てから吐いてると死ぬからな!」


 そんな無茶なと思う。吐きたい時に吐く訓練は受けていないし、さすがにこの密室で乙女の尊厳を失いたくない。


「我慢するなよ! もうちょっとで王城だからな!」


 バリケードを突き破ったストライカー部隊は、すべてをいつしか王城へと近づきつつあった。

 ロバートは無線のチャンネルを調整して秘匿回線につなぐ。


「こちら“ペインキラー”、そろそろ到着だ。そっちはどうだ?」


『こちら“デルタワン”。遅かったな、すっかり待ちくたびれてたところだぞ』



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