第132話 やっぱこれだね


 迫撃砲支援により混乱に陥った隙を衝いて橋を突破した歩兵部隊が街に入った。


「制圧範囲を広げろ!」


 城壁はすでに門周辺が新人類連合によって占領されており、バルバリア守備隊は王城、または城壁に等間隔に設けられた防御塔に向けて撤退し始めていた。

 DHU侵攻部隊は小隊と分隊に細かく分けられ、ヴェストファーレン軍と共に人類混成部隊としてそれぞれに割り振られた目的へ向かって進軍していく。


「隊列だけは崩すな。付け入る隙を与えると食い破られるぞ」


 目につく範囲で気になるところをロバートは指摘する。


 初めて出会ったに等しい即席部隊だ。能力は到底満足のいくものではないが、目的が一致している間は最低限の機能はしているようだ。

 これについては、緒戦の憲兵隊による厳しい取締りが亜人たちに知れ渡っているからだろう。


「門は死守してもらうが、城壁の方は無理しないよう厳命しておいてくれ。深くまで入り込むと危険だ。あっちはウチの迫撃砲で対処すればいい」


「了解しました。――伝令!」


 ロバートの指示にトビアスが応え、すぐに伝令兵をそれぞれに走らせる。


 仮に王城を挟んだ反対側の城壁を占領しても、全体の人員数が不足している中では兵力の分散にしかならず、最悪の場合は各個撃破されるリスクまである。

 それならば最短ルートで王城を攻め落とす方が良い。


 既に総指揮を引き継いだハーバートなりエリックなりが同じ判断を下しているかもしれないが、直属の上官からも命令を出しておくべきだろう。


「どうも頭に血が上っている連中が多いようです」


 各部隊からの報告を受けるエリアスが苦い笑みを浮かべた。

 たしかに自分たちについて来た亜人兵を見ても多くが軽度の興奮状態だとひと目でわかるし、戦闘状態にある地区からは激しい交戦の音が聞こえてくる。


「やっぱりな。まぁ、想定内といえばそうなんだが……」


 やはりネックはエルフ以外の亜人たちの連帯感の低さか。ロバートもつられて笑う。


「後方支援に回さなくてよろしいでしょうか? またぞろ問題を起こしかねません」


「時間が足りなかったんだ、こればっかりは気にしても仕方がない」


「そもそも兵が全然足りていないんだ、命令も聞けないアホがいたら粛々と軍規に沿って処分すればいい」


 ロバートの嘆きをスコットが補足した。

 ちょっとやそっとで部族暮らし状態だった意識が変わるわけもない。今は兵士としての素質の有無を見極めるだけだ。


「あまり送り返すと、あとで他の種族から文句が舞い込みそうですがね」


 トビアスの不安は指揮官というよりもDHUの一員としての意識からだった。


「そこは堂々と突っぱねればいい。ここで『ウチの部隊使えないんで前に出てもらえませんか?』なんてヴェストファーレンに言ってみろ。今後ずっと『所詮はその程度だったか』とバカにされるぞ」


  無論トラブルはないに越したことはないが、それでは彼らに手を貸した意味がなくなってしまう。

 エリアスもすぐに理解したのか少し顔色が曇る。


「後々の課題として留意しておきます」


「安心しろ、連中にはイヤでも血を流してもらう。血の気が有り余っているならちょうどいいだろ。もっとも、その場所は選ぶ必要があるがな」


 あまり顔色の良くないエリアスの肩をロバートが軽く叩いた。


 DHU部隊は依然多くの問題を抱えている。

 それゆえに使い所が重要だった。


 こうして王都侵攻戦に参加しているものの、亜人たちがバルバリアを直接支配下に置くわけではない。

 あくまでいくさと勝利を経験させるため――言い方は悪いが、この戦いは彼らの人類圏への“デビュー戦”なのだ。


 その報奨というわけではないが、彼らにはヴェストファーレンから東のエルフの森に跨るエリアと、これからバルバリアに割譲させるエリアをDHU軍を中心とした亜人の街にする予定だった。


 人類の歴史――表舞台に戻るための一歩となれば、事実上亜人を束ねる立場にあるエリアスも緊張せずにはいられないのだ。


「どうだ? 訓練の成果が活きてるだろ?」


 エリアスが離れたところでスコットが語りかけてきた。

 怒号が飛び交う戦場の空気にも動じない声が、ロバートの思考を現場に引き戻す。


「ああ。よくやってくれているよ。エリアスもトビアスも優秀だ。ただ他がな……」


「まぁ、あまり今は気にするな」


 自分がエリアスに向けた言葉を投げられた。ロバートは思わずきょとんとする。


「種族の命運まで背負うとか思ってるかもしれないが、そんなのは大佐たちに任せておけばいい。いずれは将官だって来るだろう。この世界に来ちまった時と同じだ。なるようにしかならない」


 スコットにしては声色が柔らかい。「俺たちはチームだぞ?」と言っているようだった。

 事実、ジェームズと将斗、クリスティーナにリューディア、サシェ、マリナも静かに微笑んでいる。ここにはいないが無線の向こうでエルンスト、それとミリアも頷いている。そんな気がした。


「そうだな。まずは勝ちに行こう」


 自然と口元が綻んでいた。


「そうこなくっちゃだな。さぁ隊長、指示をくれ」


 スコットが剛毅な笑みを浮かべてMk46 Mod2の弾帯を揺らした。実に板についた副官振りだ。


「我々はこのまま大通りを通って市街地を進む。随伴兵は周囲の敵を掃討しながら危険を排除してくれ。DHU大隊、投降兵の扱いは軍規に沿うように」


「イエッサー」


 DHU兵たちが大通りを進み、付近の建物を順次制圧していく。時折怒号や悲鳴が聞こえてくるが今はそちらには構っている暇もない。


「マッキンガー少佐、この先にバリケードがあります」


 亜人たちに交じって先を進んでいた将斗とマリナが戻って来た。

 将斗の野戦服に血がついてるがおそらく返り血だろう。さくっと人を斬ってきたようだ。


「少しは頭を使ったか」


「ありったけの馬車を倒して横一列に並べて向こう側に弓兵が陣取っています」


 そう答えて、飛んでくる矢を将斗が一瞬で斬り払った。

 あまりの自然な動作に周りは呆れるしかない。マリナが真似しようと前に出かけてサシェに止められていた。向上心は評価するが実戦で試すものではない。


「なんというか、見え見えの罠だな」


「ジリ貧だとしてもなにもしないってわけにはいかないんでしょう。ただ……お味方は引っ掛かりそうですが……」


 ジェームズが嘆息した。

 この先の通りが交差する部分に築かれた防衛線。ここに歩兵が殺到した時、おそらく左右から騎兵が襲い掛かるのだろう。

 シンプルではあるが、たしかにハマれば有効な策だ。実際DHU歩兵は気付かず突撃しようとしているのだから放っておけば結構な損害を被るはずだ。


「やめさせろと言いたいところだが、それだと学習しないか」


「ヴェストファーレンの部隊も同じく前進してますのでまぁ……」


 味方のどちらも戦の経験が足りていない。仕方ないのでギリギリのところで助けることにした。

 さらりとひどいことを言っているのだが誰も気付かない。あるいは戦いの中ではこんなものだと割り切っているのか。


「エルフ弓兵、しっかり狙えよ!」


 弓兵の援護を得て築かれたバリケードに歩兵たちが殺到する。障害物の隙間を狙って向こう側の兵を突き刺し、あるいは逆に反撃を喰らって血反吐を吐く。

 これだけでももうちょっと慎重にやれと言いたいところだが、さらに騎馬突撃を受けたらどうなることか。


 スコットが背負ったAT-4を撃たせて突破口を開くべきか真剣に悩む。


『αチーム、こちら司令部HQ。ようやくストライカー部隊が橋を渡った。突破力が必要だろう、そちらに向かわせる』

 

 そこでタイミングよく司令部から通信が入った。


「αチーム了解。――やっぱりこうするしかないか。俺たちは少し下がるぞ。ストライカー部隊と合流する」


 戦いは混成部隊に任せ、将斗たちは一旦下がる。エリアスとトビアスも連れて行く。


 しばらくしてストライカー部隊がやって来た。

 歩兵やいいところ騎馬兵しか見ていない中、近くで見るとやはり装甲車であってもかなりの迫力がある。


「遅いぞ騎兵隊。みんなすっかり熱くなっちまってるじゃないか」


 車長席のハッチから顔を出した曹長にロバートは声をかける。


「ずいぶんな物言いですねぇ、少佐殿。ヒーローは遅れて来るもんでしょう?」


 さも心外だと言わんばかりの表情をしているが、お互いに軽口の範囲だとわかっていての応酬だ。

 今のも「こんにちは」「よろしくどうぞ」くらいのやり取りである。


「おまえがヒーローの顔か。一瞬モンスターが車輌を乗っ取ったのかと思ったぞ」


「ひでぇ。モノホンがいる世界でよくそんなこと言いますね、ハラスメントですよ」


「モノホン相手ならおまえでもモテモテになれるかもしれんが合コンはまた今度だ。モタモタしてるとお仲間が天に召されちまう。悪いが俺らを乗っけて城まで突っ込んでくれ」

 

 曹長からの苦情を軽く一蹴して、ロバートは突入部隊あらため“突撃部隊”の臨時編制を指示する。


「My god...。後方支援だけで済むと思ってたのに……。王城までのタクシー代わりですか? 人使いが荒いなぁ」


「あそこさえ落としちまえば作戦終了だ。ダラダラしてるよりはいいだろ、きっちり働けよ」


へいへいAye-Aye,Sir……。ICV集合、ハッチ開けろ! お客様を乗っけるぞ!」


 曹長の声で周囲の車輌が動き始める。

 

「なかなか計画通りにはいかないもんだな……」


「よく言うよ。言葉の割にさっきから妙に嬉しそうだぞ」


 嘆息したところでスコットから指摘され、ロバートもようやく自覚する。

 自分たちが戦いの行方を決める――そこに密かな高揚を覚えていることを。


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