第131話 指揮官はつらいよ
「くそ、こりゃ思ったよりも手強いぞ連中」
双眼鏡を覗き込むロバート。
最前列で武器を振るうバルバリア兵たちはどうにか突入部隊を押し返そうと懸命だ。城壁の上にも防衛部隊を支援しようと弓兵が集まってきていた。
ストライカーMGSの105mm砲で降伏した出城の守備隊とは大違いだ。
「まさかヘルファイアが効き過ぎたか?」
双眼鏡を目から外し、腕を組んだロバートから小さな唸りが漏れた。
「なんだ? 追い詰められて死兵化したって言いたいのか?」
控えてタバコを燻らせていたいたスコットがどこか面倒そうに問いを発した。
よほど早く戦いたいのだろう。気楽でいいなと少し苛ついてしまう。
「普通に戦えば門を抜くのに手間取りすぎる。そう思ってやったはいいが裏目に出たかと思ってな」
戦況を眺めながらロバートは腕を組んだ。舌打ちしたい気分だった。
彼は連合軍の実質的な指揮官として亜人たちの“許容損耗”をコントロールする立場にある。市街戦で発生する死傷者のことをまで考慮するとここで手間取るわけにはいかなかった。そうした事情が普段よりも彼の判断を慎重にさせているのだ。
「さすがに考えすぎだ。単純にここより後がないから必死なんだろ」
スコットは同僚の懸念を一蹴した。
彼としてはさっさと〈パラベラム〉突入部隊を出せばいいと思っている。
というよりも一刻も早く出撃したかった。
言ったら止められそうなので必死に我慢しているが、もちろん周りにはモロバレである。
「これまで
ジェームズも同じ意見だと頷いていた。
「今度は自分たちが迫害される番ってか? だとしたらビビりまくりじゃねぇか」
胡乱な声がロバートの口から出た。そこまで単純な理由だと思っていなかったのだ。
「やり返されたくないって? そんな意識があるなら初めからやらなければいいのに」
頭の後ろで手を組んだマリナがそう口にした。
「それが難しいのよ」
サシェが困ったように笑う。
聡明な彼女でも言葉にするのは難しいのかもしれない。昨日までは常識だったものが次々と彼ら〈パラベラム〉によって壊されつつあるのだ。
「バルバリアは豊かじゃないからな。目の前にわかりやすい利益をぶら下げられれば人は抗いがたい。ましてや亜人を迫害したところで誰も咎めないんじゃな」
「ふーん、そんなもんか。わたしにはよくわからないや」
なんとなく感覚でわかっていそうな声だった。自分が関わる場所ではないと判断したのだろう。この娘、案外地頭は悪くないのだ。
「まぁ、おまえにゃわからなくていいことだ」
「ちょっと!? 子供扱いしてない!?」
スコットがくしゃりとマリナの頭を撫でると本人は複雑そうな顔をする。
どこの世界でも一緒ということだ。地球の歴史を紐解いてもごまんとある話だし、する側とされる側の逆転することはかなり稀だ。
ただ、そんな思惑を彼女が理解する必要――あまりスレてほしくないというのはワガママかもしれないが。
「それより見ろ、ウチのエルフたちを。なかなかどうしていい感じじゃないか」
さっさと出撃したいスコットは話の向きを変えた。ロバートたちもつられて視線を動かす。
「エルフ弓兵部隊、気張れよ!」「負けるなよ? ここは我らの専売特許だ!」「敵に魔法を撃たせるな!」「焦るな! しっかり狙っていけ!」
「さすがはエルフってところか」
ヒトの放った矢の多くがどちらかと言えば牽制を目的としているのに対し、エルフの矢は城壁から顔を覗かせた迂闊な兵士を仕留めにいくものが多かった。
どちらが優れているという話ではない。ある種の硬軟織り交ぜた攻勢ができれば自然と選択肢も広がっていくのだ。
事実、早くもバルバリア守備隊は防戦一方――援護が得られず徐々に押し込まれているように見えた。
「どうでしょう少佐、この勢いに任せて我々も動いた方がいいかと思いますが」
ジェームズが介入を口にした。
ロバートは逡巡する――フリをした。戦いたくてしょうがないスコットではない誰かが、背中をあとひと押ししてくれるのを望んでいたのも事実なのだ。
「……そうだな、あいつらにばっかりやらせてもいられないか。――
短く息を吐いて覚悟を決めたロバートはインカムのスイッチを入れて迫撃砲部隊を呼び出した。
『イエッサー! 準備できています!』
「味方に道を作ってやらなにゃならん。目標は城壁上および城門の向こう側の敵兵。矢の牽制に負けるようじゃ面目が潰れる、根性見せろ。ヘマして味方にだけは当てるなよ」
打てば響くとばかりの反応にロバートも矢継ぎ早の指示を出す。
自軍優勢に慢心などしない。こんなものはちょっとしたことですぐにひっくり返されるからだ。
『Rog! 敵の腰を抜かしてやりますよ!』
「頼んだぞ!」
城門を破壊したとはいえ、街中へ繋がる攻め口は石で造られた橋のみだ。ここが
相手からすれば橋さえ守り切る、あるいは破壊してしまえば大軍に雪崩れ込まれる心配はなくなるのだ。あまり時間はかけられない。
より厳密に言えば、味方が反撃の魔法で痛い目に遭うか、相手がやけっぱちになって橋を落としに来る前に決着をつけなければならない。
『迫撃砲部隊、射撃開始!』
ついに〈パラベラム〉が本格的に動き出す。
「ん?」
空気を切り裂く音がした。先ほど一瞬にして門を吹き飛ばしたものと比べればゆっくりに聞こえた。
だからだろうか、判断が遅れたのは。あるいは戦いの中で危機意識がマヒしていたのかもしれない。
彼らは気付かない。人は存外簡単に死ねることを。
「どうした?」
「なにか――」」
飛んでくる矢にも負けず、反撃の矢を、あるいは魔法を放とうとしている兵士たちの頭上に81mmと120mmの迫撃砲弾が降り注いだ。
ほぼ同時着弾で城壁の上に爆発の花が咲いた。城門跡にも直撃弾があったらしく混乱状態に陥っている。
遮蔽物がないどころか反射物まである場所で砲弾の直撃と至近弾を受ければどうなるか。
正面から敵と矛を交えないのもあって軽装だったのも事態を悪化させた。
高性能炸薬の爆風が巻き散らす破片に肉体を切り裂かれ、多くの
「なんだこれは! さっきの攻撃の続きだとでもいうのか!」「腕があああああ!!」「反撃しろ! 入り込まれるぞ!」「おえええええ!」「無理です、攻撃が激しくて身動きが取れません!」「退避!」「逃げるな!」「このままじゃどのみちやられるんだぞ!」
これまでにないほどの混乱がバルバリア軍の中に生み出された。
「わかっちゃいたことだが攻勢側が防御側に使うと極悪だな……」
惨禍を見ながらロバートが唸った。
まったく対策がなされていない相手に現代兵器を使う行為の恐ろしさをまじまじと見せつけられた気分だ。やられる側でなくてよかったとつくづく思う。
「崩れたな。それじゃあ、行かせてもらうぞ!」
Mk46 Mod2のチャージングハンドルを引いたスコットが動いた。
いつの間にか顔にドーランまで塗っているではないか。繰り返すが「おまえはどこのコマン――
「……やれやれ、止めても無駄なんだろ?」
「これでも教官だからな、戦うところも見せなきゃならん」
「しっかり頼むぞ、こっちは指揮を執っておく」
目の前に突き出された拳に、ロバートは仕方なく自分のそれを当てる。ゴツンと鈍い音。これ以上は不要だった。
「その必要はない」
新たな声があった。見ればハーバートとエリックが立っていた。
「大佐殿……」
「マッキンガー少佐、ここからは俺たちが引き継ぐ。おまえは突入部隊を指揮しろ」
意外なことを口にしたハーバートに驚く。てっきり突入部隊を止めに来たとばかり思っていたからだ。
「……よろしいのですか?」
スコットが「信じられない」と言いたげな反応を示した。
見た目に恥じないパワー系巨漢のくせに器用に気配を消そうとしていたあたり、相当に
「そう邪険にしてくれるな、ハンセン少佐。ここはもう地球じゃない」
珍しくエリックが苦笑していた。
口うるさい上官と思われているのはわかっていたが、かといって進んで嫌われようとしていたわけではない。
単純に職務上、直情型のスコットとの相性があまり良くなかっただけなのだ。
「この世界に来てから我々はろくに働いていないからな、実績が必要だ。偉そうにふんぞり返っていてもいいが、それでは終戦後の交渉で発言力を確保できない」
「そういったものですか」
「貴官たちがやってくれるならそれでも構わないが……」
ロバートは言われた瞬間首を振る。
危うく面倒事から逃げられなくなるところだった。
「もちろん、それだけじゃない」
今度はエリックが口を開いた。
「〈パラベラム〉として前線部隊も功績を出しておく必要がある。こっち風に言ったら……『魔法が得意なだけのくせに口が達者な連中』か? そんな風に思われたくないからな。それにはマッキンガー少佐、実戦経験もある貴官が行った方がいいだろう」
それぞれの発言はさも合理的に聞こえたが、要するに「自分たちも点数稼ぎをしたいからおまえもガス抜きして来い」というわけらしい。
案外、このふたりも着々と異世界に順応しつつあるようだ。
「独立部隊としてヴェストファーレン軍、DHU軍を支援しつつ、バルバリア城を制圧してこい。チーム名は
「イエッサー、拝命いたしました!」
ハーバートからの命令にロバートは見事な敬礼で返す。
「よし、タウンゼント大尉、キリシマ中尉、サシェ、マリナ行くぞ! クリューガー大尉は手間だが後から援護を頼む」
『「「「了解!!」」」』
いつしかロバートの声に精気が戻っていた。
ここからは彼ら――特攻野郎どもの出番だ。
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