第130話 天より降るもの


「クリューガー大尉、配置についたら城門に向けてレーザー照射を頼む」


 ほぼすべての準備が整ったところで、ロバートは突入支援のため狙撃位置に陣取りに向かったエルンストに通信で指示を出す。


『了解。しかし、城壁の上までカバーできる高所がなかなかありません。少し時間をいただくかと』


 山岳地帯とはいえ、王都の周りは切り開かれた平地となっている。高さを確保しようとすれば距離が空く、言わば二律背反トレードオフの関係になってしまう。


「構わん。この世界の戦の速度から見れば誤差の範囲だろう。なら


『Rog.』


 焦らなくていい。そう伝える。


 こうした航空戦力への支援も前哨狙撃兵スカウトスナイパーの任務のうちだ。

 厳密に言えばスカウトスナイパーはアメリカ海兵隊の兵科となるが、ドイツ特殊戦団KSKのコマンドー出身の彼ならこれくらいの任務は問題なくこなせる。


『お待たせしました、配置完了です。レーザー照射開始』


 しばらくして再度エルンストから通信が入る。これで準備は整った。


「――リーパー射撃位置に到達。センサーがレーザー反射波キャッチしました。いつでもいけます」


 PDAの端末を操作するミリア。

 通常、UAVをコントロールするとなれば大掛かりな設備が必要となる……はずだが、どういうわけかミリアは小さな携帯端末PDAだけでそれをこなしている。

 空軍人員が未だ召喚できていない中、暇を持て余したミリアが「UAVの運用なら可能です」と教えてくれた。「それでいいのか?」と思わないでもないが、おかげで極めて効率的な人的リソースの運用ができていた。

 ここだけはファンタジー要素が加味されているのだろうか。


 ――案外、すんなり進まなかった時の“救済措置”なのかもしれないな。


 様子を眺める将斗はサブカル知識に紐付けてそう結論付けた。

 各種技能はあってもゲーム的な思考のできない者が異世界に送り込まれた場合、“地球の常識”が邪魔をして“ファンタジー世界では常識な行動”を取らなくなる恐れがある。

 自分たちはかなり幸運だったためほとんど世話にならずに済んだが、にっちにもさっちもいかなくなった時にオペレーターがサポートできるよう抜け穴が存在すると見れば納得もできた。


「よし、撃てFire


発射Shoot


 極めて簡潔な指示を受け、AGM-114P ヘルファイアⅡ対戦車ミサイルが発射された。

 いや、発射されたと思われる。


 数千メートルの高高度を飛ぶ死神リーパーの存在は地上からではまったくわからない。

 前身となるプレデターMQ-1のレシプロエンジンをはるかに凌駕するターボプロップエンジンの音があっても、この山間やまあいの地では上空を吹き抜ける風の音に紛れてしまう。


「……来たな」


 そんな中、ロバートは


 異世界の清浄な大気を轟然と切り裂き、音速を超える速度で向かってくる――地獄の業火ヘルファイアの息吹――ロケットモーターの燃焼を説明はできないが感覚で察知したのだ。

 なんだか自分がどんどん人間離れしてきた気がするが今は置いておく。


「ん? 何か――」


 感覚の鋭い者が何人か異変に気付き空を見上げていた。


 もっとも――


「弾着、今です」


 ミリアが告げると同時に、固く閉ざされた城門が真上の城壁ごと爆炎を上げて吹き飛んだ。


「「「!!!!」」」

 

 この場にいた〈パラベラム〉以外のほぼ全員が驚愕に息を呑んだ。

 時を同じくして、運悪く吹き飛ばされたバルバリア兵が宙を舞い、悲鳴を上げながら水堀に落ちていく姿が見えた。

 これが強烈な印象となって、見る者すべての脳裏に刻み付けられる。


「じょ、城門が……」


 果たして最初に声を上げたのは誰だったか。

 直撃を喰らった者の断末魔は爆音に搔き消されたが、残った誰もが完全に凍り付いていた。

 これまでに見たこともない破壊の威力を目の当たりにしたのだ、動けなくなるのも無理のない話だろう。


「これはいったい……」


 何が起きたのか。当然、答えはない。


「ヤツらは神話の存在でも味方につけたというのか……」


 脳が理解を拒んでいる。魔法であってもこのように何の前触れもない攻撃は不可能だ。

 事実、防衛のために魔法を練り上げ発動寸前で待機している魔法兵など精神をかき乱され発動すら危うくなっている。

 それでも「祖国を守り抜く」という意識だけでどうにか魔力の糸を繋ぎ留めていた。


 ――おかしい。亜人デミだけならこうも易々とやられはしない。明らかに尋常ではない敵を相手にしている。


 士気の崩壊を恐れて声には出さないが、守備隊の各指揮官クラスはそう感じていた。

 これまでの経験が導き出した答えであり、偶然ではあるが核心を突いていた。


 しかし、彼らの限界はそこまでだった。


「呆けるな、我らも行くぞ!」「いざ決戦の時!」「大隊、総員突撃ィッ!!」


 いち早く意識を現実に引き戻したリーンフリート、エリアス、そしてトビアスが叫んだ。


「「「「「うおおおおおおおおおっ!!」」」」


 地面を震わせるほどの雄叫びが上がった。指揮官からの号令を受け、兵士たちが一斉に突撃を始めた。


「俺たちが一番乗りだぁぁぁっ!」「敵を倒せぇっ!」「バルバリアの豚どもめぇぇぇっ!」


 それぞれに武器を掲げ、歩兵を中心として構成されたDHU大隊が橋に殺到していく。


 ついに新人類連合軍によるバルバリア王都攻略作戦が始まった。


「防衛隊、前へ! なんとしてもここで食い止めろ! いや、押し返せ!」


 攻められる側のバルバリア軍も呆けてばかりではない。

「ここは絶対に通さない」とばかりに重装騎士をはじめとした防衛部隊が吹き飛んだ門の向こうから進み出て来る。

 もう後がないことを理解しているからこそ必死だった。


「さっきのは味方も巻き込む! そうそう撃てないぞ! 怯むな!」「矢と魔法の援護をくれ! 敵の層が分厚い!」「橋を渡らせるな! 渡らせたら終わりだぞ!」「槍兵、ビビるな! 突け!」


 敵と味方の命令が交差する中、橋の上で歩兵同士が激突。怒号と悲鳴が上がり、血が噴き上がる。

 身体を切り裂かれ、矢に貫かれ、あるいは火炎弾に身を焼かれ、敵味方関係なく平等に死が降り注ぐ。

 何人かが川へ落ちていった。


「落ちたら終わりだぞ!」


 単純な白兵戦では両者の勢いほとんど拮抗していた。

 ここからは軍としての練度もそうだが意志の強い方が勝つ。


 今まさにその分水嶺が訪れようとしていた。

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