第129話 ゴッデス・ハマー


「バルバリア王都守備隊に告ぐ! こちらは新人類連合軍、ヴェストファーレン王国騎兵部隊指揮官のリーンフリ――」


 徒労に終わるとは承知の上でリーンフリートが降伏を呼びかけるが、開始数秒で返事の代わりとして弓矢の雨が寄越された。


「くそ、口上の途中だと言うのに! 防御だ! この盾があれば心配ない! 慎重に下がるぞ!」


 あらかじめロバートからポリカーボネートの盾を持たせておかなねば危なかったかもしれない。

 いや、冷静になって見れば透明な盾の向こうから飛んでくる矢はかなりバラけている。さすがに向こうも本気で狙ってはいないようだった。

 とはいえ怖いものは怖い。立場があるので口には出せないが。


「失せろ侵略者!」「亜人などと手を結んだ人類の背信者め!」「我らは最後の一兵まで戦うぞ!」「一歩でも入って来てみろ! 後悔するぞ!」「そうだ、生かして帰さんぞ!」


 続いてテンプレート通りな罵声の数々が弓矢と一緒に飛んできた。威勢だけは十二分に見える。


「どう見るサムライマサト?」


「うーん、どうでしょう。『勝ち目があるとまでは思っていないが、一戦も交えず降伏するわけにもいかない』といったところですかね。少なくとも末端の兵士はそんな感じでしょう」


 兵たちの様子をざっと見て将斗が小さく唸った。

 まるで戦国時代の戦だなと思う。


 しかし、ここまで守備隊の士気が下がっているのは大きい。

 短期間で討伐隊を含むバルバリア軍が敗北を重ねたこと。それに加えてこちら側の兵力の情報が断片的にでも伝わったことで士気の低下は避けられなかったようだ。


「なるほどな……。城壁の中に攻め込むだけなら難しくなさそうだが……」


「住民がどれだけ扇動されているか、あとは中枢側の戦意が最大の懸念点ですね。あまり楽はできそうにありません」


 ロバートも双眼鏡を覗いて兵士たちの様子を探る。そんな彼の呟きにジェームズが反応した。


 衛兵はまだしも、平民たちまで民兵化していたら厄介だ。

 教会が無駄な抵抗をしないよう言い含めてくれていればいいが、本来“敵”であるガルガニウス司教にそこまで期待するわけにもいかない。


 これ以外にも問題がある。敗北間際という現実を受け入れられず、やる気に満ち溢れた連中のいる気配があるのだ。


「難儀な話だ。しっかし、そういったイケイケの連中に限って城壁の上ではなく城に籠っているのはなぜなんだろうな」


「マッキンガー少佐、現場に出たことがない者なんてそんなものですよ」


「それもそうか」


 詮ないことを言ったと溜め息が出た。

 数日前から再び潜入しているデルタチームの小型UAVを使った盗聴で、比較的爵位が高く、過去に亜人狩りにしか出た経験のない者が声高に徹底抗戦を叫んでいると判明していた。


 こんな連中が取り巻きにいては王族も降伏する気はない、あるいはあっても謀殺されないよう何も言えなくなっている可能性があった。

 まことにややこしい話だが、国家元首トップの思惑が分からないと、どこまで攻勢に出ていいかわからないのだ。


「交渉は決裂したんだろ。さっさと城まで攻め込むぞ」


 そこへスコットがやって来た。

 視線を向けた将斗たちは思わず唖然とした。


 都市迷彩の野戦服に身を包み、M249ミニミを短銃身および軽量化するなど諸々カスタムしたMk46 Mod2軽機関銃を軽々と持っているではないか。

 他にもデカいサバイバルナイフや手榴弾をベストに着け、背中にはAT-4 CS無反動砲。AA-12、「おまえはどこのコマンドーだ」と言わんばかりの重装備だ。


「はぁ……。おまえはいいよな……。指揮官役もやらないから気楽で……」


「バカを言うな。ちゃんと前線指揮官として出るつもりだぞ。魔物相手ばかりだったコイツらに市街戦の経験を積ませなきゃならん」


 これ見よがしの溜め息を交えたロバートの皮肉は通じず、完全武装の巨漢は左右にいるマリナとサシェを交互に見て真顔で答えた。


「はぁ……。そういう意味で言ったんじゃないぞ……」


 今度は本心からの溜め息となった。

 サシェはもちろんのこと、今回ばかりはマリナでさえも苦笑いを浮かべていた。

 戦いになるとスコットの思考力が偏ってしまうのは今に始まった話ではない。


「それはそれとしてだな、直接出向き名乗りまで上げた使者リーンフリート殿を攻撃するとはいい度胸だ。こちらが作法に則ってやってるのにあの対応、こりゃあ教育してやらにゃならんだろ」


 ただただ攻撃する口実を探しているようにしか聞こえないのだが、これはこれでまことに遺憾ながら正論である。やや蛮族風味ではあるが。


「……まぁたしかに。矢を射掛けるのはまだしも口上の途中でやるあたりは非常識かもな」


「だろう? リーンフリート殿が戻り次第攻撃に移ることを具申するぞ」


「なんだろう。どうにも嫌な具申だな……」


 釈然としないものの、スコットの言うことも正しい。


「そもそも本来は降伏勧告に行く必要もありませんからね。長らく戦をしていないせいで、自分たちのしでかしたことに気付いていないのでしょう。ここは甘やかさない方がいいですね」


 ジェームズも積極的ではないが即時に攻勢には乗り気なようだ。


 いい加減決めるべきか。そんなことを考えているとリーンフリートたちが戻って来た。


「兄上、大丈夫でしたか?」


 鎧を鳴らし、小走りに戻って来たリーンフリートに向けてクリスティーナが声をかけた。

 本気で心配している様子ではなかったが、どちらかといえばこれはロバートたちの意識をそちらに向けるためのものだろう。


「建前上必要とはいえ、矢の降る中ご苦労様でした、殿下」


 ロバートも間を置かず労いの声をかける。


「ははは、お恥ずかしい。こうなるのは想像していましたが……。連中どうしてもやるつもりのようです」


「ええ。まぁ、向こうがその気なら話は簡潔シンプルで済みます」


 ふたりはほぼ同時に溜め息を吐き出した。

 リーンフリートは憂慮を示すもの、ロバートに関しては「仕方ない」と言いたげなものだった。


 ――微妙に温度差がありそうだな。


 自身の懸念とはズレている。ふとそんな違和感を覚えた王子は遠慮せず訊ねることにした。


「簡潔……。どうされるおつもりですか?」


 この期に及んで、悠長に話し合いをするつもりなどあるまい。問いを受けたロバートも特に隠すつもりはなさそうに小さく笑っている。


 いつの間にか決断を下した。リーンフリートにはそのように見えた。


「有り体に言えば、“力押し”ですかね」


 言葉だけを聞くと行き当たりばったりのようで印象は良くないが、今回それを実行するのは〈パラベラム〉だ。

 彼らの言う“力押し”が世間一般の規模で済むわけもない。


「DHU大隊長! ここへ! それからエリアス殿下! よろしいか!」


「「はい!」」


 近くで控えていたエリアスとトビアスが駆け寄ってくる。奇しくもリーンフリートと声が被っていた。


「これから我々で門をブチ破る。歩兵部隊は突撃準備をさせろ。弓兵には彼らの支援を。迫撃砲でも支援するが、手が多いに越したことはない」


 各部隊の指揮官を前にしたロバートが指示を並べていく。 


「わかってると思うが、本番は街に入ってからだぞ。橋を渡りきるまでが正念場と思いがちだが、そこまでは俺たちが支援してやれる。問題はその後だ」


「市街地では不意の遭遇戦が予想されます。巻き添えを喰らうため砲撃の支援もできません。ここからは気張らないと普通に犠牲者が出ますよ」


 スコット、ジェームズが順に補足していく。


「そういうことだ。気張れよ」


「「「はい!」」」


 またしても返事が揃い、思わず笑ってしまった。

 それ以上は何も言わず各自が率いる軍の方へと向かって行く。足早に進む誰も悪い気はしていなかった。

 いつかこれが多くのヒトと亜人に広がっていけばいいとそれぞれに思いながら。


「さて……こちらもいい加減動くか」


 自然と微笑んでいたロバートは残るメンバーに視線を向ける。


「いいか? 市街地で狙撃するのは案外難しい。建物が多く射線を確保するのも容易でないから高所を取りがちだが、逆に言えばそこにいると当たりをつけられやすい」


「じゃあ、どうやって目標を探して仕留めるの?」


「それはだな……」


 エルンストは先ほどから会話には参加せず、いつも通りライフルの最終チェックをしていた。

 そばにはカリンという獣人の少女が腰を下ろし、興味深げにあれこれを質問している。

 この男に限って単なる少女趣味ということもあるまい。単純に偵察兵スカウトの才能を見出して仕込みたくなったのだろう。


「マサト殿、どうかご武運を……」


「ありがとう。無茶はしないよ」


 残る将斗はスコット率いる突入部隊に同行するつもりらしく、こちらもライフルをはじめとした装備のチェックをしていた。

 これのみならず、相も変わらず日本刀を腰に佩いており、何気に一番このファンタジー世界にやたら馴染んでいるような気がする。

 いや、それ以上にファンタジーの象徴のようなエルフと喋っているのだから尚更だろう。


「よし。じゃあ、おまえら行くぞ。――ミリア、付近で滞空しているリーパーMQ-9にコンタクトしろ。城門はコイツで吹き飛ばす」


「よろしいのですか? これを使ってはどこから飛んできたかもわからなくなりますが……」


 最初にこの世界に来た時の“チュートリアル”を思い出してかミリアが疑問を口にした。


 しかし、当のロバートは不敵に微笑む。


「この状況下で俺たちじゃなく“神が下す鉄槌ゴッデス・ハマー”だと勘違いするってのか? そいつは面白い、ご機嫌な一発をカマしてやる」


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