第127話 コンゴトモヨロシク
「いかがでしたでしょうか?」
周りの表情からわかっているだろうに、ミリアはそう問いかけた。
「ご覧の通り、これだけではせっかく生まれたエネルギーが散らばってしまい十分な効果を発揮しません。ところが、ここに方向性を与える――たとえば鉄の筒に入れて底で“爆轟”を起こすと……」
ヴェストファーレン勢のいまいち盛り上がらない様子を見ていたハーバートが声を上げた。
元々
果たして彼らにこの武器の真価が伝わるだろうか。
人のいい笑顔の向こうにそんな期待が垣間見えたのにミリアは気付いた。
――躊躇なく試しにいくなんて、ハーバートさんは結構意地悪ですねぇ……。
「もしや……それが貴殿らの持つ武器の……」
それまで考え込んでいたリーンフリートがハッと顔を上げた。
「正解です、殿下」
青髪の少女がにこりと微笑み、手にした銃を小さく掲げた。
「それではあちらをご覧ください」
手と筒が向けられた先にはいつの間にか騎士鎧が用意されていた。
武装解除の際にバルバリアから押収したもののひとつだ。あれを地面に打ち込んだ柱に吊るしているらしい。
距離は五十メートルほど。あまり遠いと実感が湧かないだろうとこの程度にした。
「長々と解説するだけではわかりにくいかと。実際に撃ってみましょう」
そう告げてミリアは右手で撃鉄を一気に起こす。
一度ハーフコックにして点火薬を入れないことから、すでに装填準備は整えられていたようだ。
「本来であれば火薬を先に筒の奥へ入れ、次に弾丸を、それでは点火できないためこのフリズンに点火薬として少々の火薬を――」
発射手順の解説もしていくミリア。
もしかすると一番事態を楽しんでいるのは“オペレーター”たる彼女かもしれない。腕を組んだエリックは無表情のままそう思った。
「では参ります。大きな音が出ますのでご注意を」
人に見立てた鎧へ向けて人差し指が握り込まれる。
小さな音と共に上部の金具が動いて火花を生み、そこからほんの一瞬の間を置いて轟音が響き渡り真っ白な煙が生まれた。
ほぼ間髪を容れず遠くから金属を打ち付ける音が聞こえてきた。
「「「!!」」」
轟音を受け、何人かが身構えるのが見えた。
誰もが息を呑み、未知への衝撃と驚きで動けない。
しばらくすると〈パラベラム〉の兵士たちが鎧を持ってきた。
「よ、鎧を貫通している……」
胸の部分に大穴が空いた実物を見て、ヴェストファーレン勢は即座に理解した。
「これが魔法ではないと……?」
「おそらくだが……」
「凄まじいな……。こんなものが有り得るのか……」
「そう恐れるものではない。熟練の猛者がメイスを振るって打ち飛ばした鉄球を当てたようなものだろう」
表情を硬くしたエルベリードがどうにか皆にもわかるであろう言葉を探し出した。
それでようやく皆の表情の恐怖が和らぐ。そこまでなら彼らにも理解はできるようだ。
「ランツクネヒト卿の言う通りだ。これは人の作り出したものぞ」
リーンフリートが同意の声を上げた。
あたかもそれは内心の不安や恐怖を振り払おうとしているように見えた。
「ただし威力は段違いだ。それにメイスであのように精確な狙いなどできるものではない。これは……戦が変わるぞ……」
――これを自分に向けられたら。
言葉には出さないものの、誰もがイヤな想像を巡らせた。
「もう一度お訊きしますがいかがでしょう? これが我々の世界で“銃”と呼ばれる武器です」
ハーバートが「どうです?」と視線を向けた。まるでこれから品物を売り込む商人のようだった。
「“銃”……」
細かいことは考えられないのか、誰もが言葉を鸚鵡返しにするだけだ。ただただ圧倒されているのだ。
「鉛の玉が筒の中を転がっていくため指向性は限られており、熟練者の弓のように狙った場所に当たるとまではいきませんが威力は見ての通りです」
微笑んだミリアが続ける。「ドヤァ」と言わんばかりの顔である。
――お前が作ったものではないし、そもそも地球人じゃないだろ。
エリックは思うが我慢して口には出さない。それくらいの空気は読めるのだ。
「ふむ……。細かいカラクリまではわかりませんが、つまり火薬とやらに火を点けて筒の鉛を飛ばすのですね?」
「はい、その通りです」
「なるほど……。しかし、導入には越えるべき関門が多そうですな」
腕を組んだリーンフリートの声のトーンが落ちた。
意外なことに彼は「一刻も早く供給して欲しい」とは言わなかった。
「すぐに飛びつかないのは良い判断ですね」
少し表情を真顔にしてハーバートが語りかけた。
「当然でありましょう。武器を作るにも鉄が必要になります。例えば砂漠の国では剣や槍の穂先は貴重だと聞いています。この武器はそれ以外にも細かい部品、なにより火薬が必要となるのでしょう? それはどのように手に入れればよいのです?」
至極真っ当な疑問だった。ところが舞い上がった人間は往々にしてこれを失念して勇み足をとってしまうのだ。
「ご安心を。火薬の調合は貴国で完結するようちゃんとお伝えします。ただ、この武器の導入にはバルバリアの占領が大きく関係してくるのです」
全員の視線が鋭さを帯びた。
この戦い自体の目的でもあるバルバリアの占領。それを言葉に出されれば反応せずにはいられなかった。
「詳しくお聞かせいただけますでしょうか」
「ええ。
「なんと……」
溜め息にも似た声が貴族たちから漏れた。
遥か東方の亜人領域にあると言われればどうすれば良いかと悩んだに違いない。まさかそれがすぐ近くにあるとは!
「バルバリアが降伏した後、彼らにはこれを採取・供給してもらいます。窓口は貴国で問題ありません。というよりも我々はここに関与しません」
ハーバートが口にしたのは衝撃的な言葉だった。
「我々としてはありがたい限りです。しかし……よろしいのですか? 硝石の管理は少なくない利益となるのでは?」
数さえ揃えれば間違いなく“銃”は革新的な武器となる。
しかし、そのためになくてはならないのが硝石だ。これを独占できれば大きな優位性が生まれるのは間違いない。
今の時点では亜人領域以外の他国へ無秩序に売りさばくことはできないとしても、軍の需要を満たすほどの火薬の原料となれば大きな利を生み出すはずだ。
それを不要と言ってのけるとはにわかには信じがたかった。
「利益については否定しません。しかし、あなた方に強くなっていただく方が我々にとってはよほど大事なことなのですよ」
ハーバートは自分たちの狙いを隠さず口にした。この程度も話せないようではお互いに信頼などできはしまい。
「あぁでも、占領国とはいえ相応の値段で買うことを忘れないでください。彼らが獲得したお金はまた巡り巡ってこちらに戻って来るのですから」
忠告としてハーバートは付け加えた。何人かの貴族が怪訝な表情となる。これは予想の範囲内だ。
「しかし、お言葉ですがハーバート殿。あまくするのはどうかと。敗北の恨みは容易に消せません。儲けを武器に変えてしまえば反乱の――」
「まさか、争わずとも食えるようにするということですか?」
貴族の反論をリーンフリートのそれが上書きした。自分の意見を止められた貴族は不満気な表情となる。
「ほぅ……。さすが殿下はご理解が早い。不安も理解しつつその先を読まれておられる」
意外なところからの声だった。
絶妙なところで挟まれたエリックの称賛に、周りの貴族たちの雰囲気が変わった。
自分たちの意見を否定されたに等しくとも、主君筋を褒められて悪い気がする者はいない。さりげないながら実におそろしいことをしてくれた。身内へよりも苦笑いを浮かべたくなる。
「治安維持程度の兵力はあっても特に問題ないでしょう。それくらいならば我々から兵力を出すだけですぐに鎮圧できます」
いざという時は助力を惜しまないと言外に伝えていた。要求のみならずフォローも忘れないのだ。どこまでも抜け目ないと思ってしまう。
「そこまでしていただけるとは……」
「我々はこの世界では寄る辺なき者ですからね。今後とも何卒よろしくいただければと思ったまでです」
本心からそう思っているとわかる言葉と表情だった。
――しかし……
リーンフリートは思い返す。
忘れてはならないのが彼らの秘めたる力だ。
敵を下した後の話とはいえ、いち国家を向こう取ってそれだけの言葉を口にできるだけの軍事力を彼ら〈パラベラム〉は持っているのだ。
コンゴトモヨロシク
その言葉にはどれだけの重みがあるのだろうか。
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