第126話 文明開化の音


「これは総指揮官殿……」


 リーンフリートがやや固い声を発した。無意識のもので本人は気付いていない。


「いやぁ、皆様どうもどうも」


 視線の先には〈パラベラム〉最上階級者にして派遣軍の総指揮官を名乗るハーバート、後ろには同じく同階級で副総指揮官のエリックが立っていた。

 文化の差によるトラブルが起きないようにか、クリスティーナを含む女性陣も一緒だった。いないのはエルフの姫リューディアくらいだろう。


「お話中のところ失礼いたします」


 見るからに人のよさそうな笑顔を浮かべたハーバートが軽く両腕を広げ近付いてくる。エリックはいつも通りの無表情だ。強いて言うなら相棒に視線を向けているくらいか。


 ――兄上たちは大丈夫だろうか。


 同席するクリスティーナからすれば不安は尽きない。既にこの大佐殿ふたりには慣れているが、ヴェストファーレン側の困惑を察すると苦笑せざるを得ないのだ。


 ハーバートが出しているアメリカンな距離の詰め方はこの世界の人間からすると無遠慮に見え戸惑うものだが、特にイヤな感じは受けない。

 笑顔で近付いてくるような人間など友好を目的としたものか詐欺師のどちらかだが、彼のような責任ある人物ならその心配もないだろう。


「よろしいのですか?」


 遠慮がちにリーンフリートが「ここにいて大丈夫か?」と問いかけた。

 出城への攻撃とそれに伴う守備隊降伏の功績は〈パラベラム〉のものだ。あちこちで動き回っているロバートたちを見ていた青年はそう尋ねる。


「ええ、今は特に」


 ハーバートは少し困ったように笑ってみせた。

 対するリーンフリートは無意識に自分がしでかしていたことに気付く。「表情に出ていたか?」と背中に冷や汗が滲んだ。


「我々のような立場ですと部下の責任を取るのがもっぱらの仕事ですから。彼らが頑張っている時はやることもないのですよ。……あぁ、そう固くならないでください。我々は将軍でも貴族でもないのですから」


 王子の動揺を見透かしたように、ハーバートは態度をさらに柔らかくして語りかけた。

 された方は余計に緊張してしまうが、こればかりは会話の常。仕方のないことだった。


「そういった社会階級があなた方の世界ではすでに存在しないだけで、おふたりは将軍も同然だと聞いておりますが大佐殿?」


 見かねたクリスティーナが助け舟を出した。


「うーん、クリスティーナ殿下のおっしゃる通りではありますが……。どのように答えるべきか悩むところですね。単純な階級だけで言えばたしかに我々は次で将官です」


 これだ。まるで気取らないくせに見かけからは判断できないほどの地位がある。これがどうにも厄介なのだ。

 もしも貴族ではないと侮る者がいれば無用な揉め事に発展しかねない。さすがにこの場にはいないだろうが今後はわからない。

 もちろん、ヴェストファーレンの後継者としてそれだけは絶対に阻止するつもりではいるが。


「言うほど簡単な話ではありません。准将ブリガディア・ジェネラルになるには、かなりの倍率とその他の関門を突破しなければなりませんので」


 エリックが簡潔に補足した。彼なりに雑談を交えた冗談のつもりだった。

 より厳密に言えば、陸軍と海軍で(のみならず空軍でも)准将の呼称は異なるがここでは特に意味を持たない。大統領だの上院の承認だの、正規の昇進については“地球の自分”に任せておけばいい話だ。


「それで、面白い話とは?」


 妹の機転で落ち着きを取り戻したリーンフリートが訊ねた。わざわざ声をかけてくるくらいだ。何かしらの用件があると思っていいだろう。


「ええ。ちょっと耳が良くなって聞こえてしまったのですがね? 我々の武器についてご興味をお持ちのようで……」


 ハーバートはいきなり本題に切り込んできた。

 どうやら彼は迂遠な物言いを好まないようだ。これにはリーンフリートも苦笑してしまう。


「それはまぁ……。正直に申し上げれば、あれだけの武器が我が軍にもあればと思わずにはいられません」


 普通であれば足元を見られると控える言葉だが、ここでリーンフリートは彼等の流儀に倣った。

 この世界の慣習とはいえ、長々と話すつもりのない人間にそれは逆効果になりかねない。周りもそれは理解しているようだった。


「そうでしょうね。……ではいくつか供与いたしましょう」


「「「えっ!?」」」


 予期せぬ言葉だった。それこそリーンフリートのみならず、ランツクネヒトを含む周りの貴族たちまで驚きのあまり声を出してしまったほどに。


「よ、よろしいのですか!?」


「構いません。我々だけではどうしても兵の数が足りませんので」


 将斗の好むサブカル名言ではないが、やはり「戦いは数」である。


「無論、高度な専門知識および訓練を必要とする我々の武器ではなく、元々の世界で生み出された武器の中でも古い時代のものになりますが」


「それは致し方ないことかと。使い切ったら終わり――我々で製造・維持できねば意味がありません」


「そう理解いただけているなら安心です。……ミリア嬢」


「はい、こちらです」


 ミリアが召喚を行い、青白い光が物質へと変わっていった。


「「おお……」」


 見たこともない魔法だった。それをいとも容易くやって見せたことに、貴族たちが小さく息を呑む。


 用意して見せたのは火打石フリントロック式の前装式滑腔マスケット銃だった。

 最初からボルトアクション式は論外だし、金属薬莢を使う後装銃を渡すのも技術的にクリアすべきハードルが高過ぎる。

 なにより、当面は技術的なアドバンテージもそれなりに確保しておきたい。そう考えると初期の銃に位置するものが好ましかった。


 ――もしや、あらかじめそのつもりでいたのか?


 手際の良さにリーンフリートは内心で唸るしかなかった。

 準備だけはした上で、自分たちが〈パラベラム〉の武器について話をしているところを狙ってやって来たのなら相当な“仕込み”だ。


「すでにご存知かもしれませんが、我々の武器のカラクリには魔法は使われておりません。この薬品――これは火薬と呼ばれるものです。火を点けると『爆轟』という現象が発生します」


 説明しながらミリアが金属の皿に置いた粉に火をつけると、「シュバッ!」と鋭い音を立てて勢いよく燃えた。これまでに見たことがないほど強烈な燃え方だった。


 しかし。

 こんな一瞬燃えただけでどうなるというのか。薪の火付にも使えそうにない。


 リーンフリートは不思議に思う。自分だけでなく貴族たちの表情にも明らかな疑問符が浮かんでいた。中には落胆に近い顔の者さえもいる。


 そんな中でひとりだけ異なる態度の者がいた。リーンフリートはすぐに気付く。


 ――そうか、お前は違うのか。


 

 まるで「ひとつの手がかりも見逃さない」と言わんばかりではないか。そう、これは今まで〈パラベラム〉と行動を共にしてきた者にそうさせるほどのものなのだ。


 ここで価値を自分自身が理解できるかどうかがこの先を左右する。

 漠然ながら、リーンフリートはそんな予感に襲われた。

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