第124話 コーヒーブレイク~後編~


「僕――もとい、私からですか?」


 ジェームズが自身を指差すと、彼を知る者は皆どこか納得したような顔になる。

 それを見た本人は微妙に嫌そうな表情に変わる。

 はかりごと関係はすべて自分の発案だと思われたくないのだろう。

 だが、もう時すでに遅し。これまで積み重ねてきた信頼と実績がある。


「そうだ。頼んだぞ、タウンゼント


 そんなジェームズの願いはあえなく粉砕された。

 階級を強調された時点でほとんど命令と同じだ。拒否権がないことを悟ると、ジェームズは小さく溜め息を吐いて口を開く。


「はぁ……。長期的な話は一旦後にしましょう。なのでまずは中短期の話から」


 メガネの位置を直して青年は周りを軽く見渡した。

 その際ミリアに「こういうのこそオペレーターの仕事じゃない?」とアイコンタクトをするが、彼女は曖昧に笑うだけだった。

 どうやら見捨てられたらしい。現実は非情である。


「……こちらの狙いはすでに皆様お気付きの通り、“各国へ教会への不信感を持たせること”です。この中身を具体的にご説明します。……おっと、先に飲み物をお配りしましょうか」


 仕方ないと話し始めたところで、紅茶とコーヒーが入ったと将斗から目配せがあった。

 まだ時間もある。小休止は必要だろう。


 各自の好みを聞いた給仕役のミリアとリューディアによって陶器の杯が並べられていく。

 作業が終わるのを待ってから、ジェームズは「どうぞ熱いうちに」と言って自身の唇を紅茶で軽く湿らせた。周りもそれに倣う。


「ほぅ、これは……」「良き香りですな」「渋みと相まって落ち着きますね」「こちらは苦味と酸味が絶妙だ」「そちらも興味深い」


 参加者、特に初体験となるヴェストファーレンの貴族たちが飲み物の感想を口にする。他の者が口にするものにも興味を示していた。

 これから小難しい話をするとすれば良い掴みだろう。


「お気に召されたようで何よりです。戦が終わればこちらも貴国へ販売いたします」


 亜人たちに問い合わせて東方領域に茶葉やコーヒー豆とよく似た植物があることはすでに確認している。

 あとはしっかりと商品としての質を満たしているか精査の上、問題がなければ彼らの産業として根付かせていく予定だ。


「それはありがたい話だ。尚更のことこの戦に勝たねばならんな」


 リーンフリートはコーヒーが気に入ったようだ。彼の冗談に周りの貴族たちも笑って頷いている。

 場の緊張が解れていくのがわかった。


「さて続けましょうか」


 そっと紅茶の陶杯を置いたジェームズが立ち上がった。

 周りの空気がわずかに引き締まる。ほどよい緊張具合だ。


「教会の影響下にある国は、施設の建設費用から僧籍の駐在にかかる諸々の費用を負担しているとお聞きしています」


「その通りです」


「ふむ。それでいて運営費の名の下に信徒からの寄付も集めているのですよね?」


「それらしきことは聞いています」


「貧困層への炊き出しなども行っているようですので、これを一概に悪と断定すべきではありませんが、それでも多くの民からすると国と教会の二重徴税状態なわけです」


「なるほど。その教会が和睦をまとめられず国を出て行く。これほどの裏切り行為はないな」


 スコットが皮肉たっぷりに言ってコーヒーを飲み干す。すぐに給仕を捕まえてお代わりを頼んでいた。


「まさに。各国は大きく動揺するでしょう。これが我らの蜂起を後押しする可能性となるわけです」


 ジェームズが微笑んだ。


 教会はお布施の名の下に独自の“徴税”を認められている。それなりの金を集めている以上、領主からすれば取り分を減らす目障りな存在ともなりえる。

 ゆえに国や地域の安全保障に寄与しないようでは困る――いや、存在価値がないのだ。


 今回、教会が仲介した和睦の失敗は大きな波紋となって各国へと広がるだろう。


「まぁ、この手はすでに動き出していますのでこのへんで……。それよりも皆様が気になっているのは長期的な方でしょう」


 ジェームズが面々を見回すとそれぞれが頷いた。


「長期的――次の手は、ガルガニウス司教の所属する派閥がどう動くかです。本部に戻った彼らはおそらく失態を責められるでしょう。我々の圧力に負けてむざむざ引き払って来たこと、和睦をまとめられなかったこと、このあたりでしょうかね」


「クリスティーナのことはどうなりましょう?」


 リーンフリートがそっと口を開いた。

 彼らの掲げる大義名分としては「クリスティーナが不当な理由で反逆者にされた」ところにある。

 ここで下手に教会が引いてしまうと、亜人との連合やバルバリア侵攻が不利になるのではと危惧したのだ。


「それは詰問の使者がヴェストファーレンへ向かっているはずですから大勢に影響はない――ひとまずは交渉結果を待つ形になるかと。ただ教会にも数百年、大陸に君臨してきた面子があります。簡単には引けないでしょうし、潰せるなら潰しに来るはずです」


 不安を煽りたいわけではないが、正確な情報は共有しておく必要があった。


「ですが、彼らも『こういった話を聞いた』と我々についての報告はするでしょう。それ次第でようやく次の仕掛けが効いてくるはずです」


 青年の顔に浮かんだ笑みにどこか凄味が差した気がした。

 穏やかで気品のあるジェームズの顔でやられると、どこか恐ろしく感じてしまう。


「それはつまり、派閥争いから組織のあり方に疑問を抱く可能性、ですか?」


 追加のコーヒー豆を挽きながら将斗が疑問を挟んだ。


「そうだね、キリシマ中尉」


 ジェームズはあえて一度間を置いた。


「……わかりきった話ですが、これは教会内部の政治問題です。クリスティーナ殿下が聖女候補筆頭だったと考えるに、どこぞの派閥が自分たちの擁する聖女候補を優位にするため仕込んだのでしょう。どうでもいい話ですが」


 目的は特に重要ではないとジェームズはさらりとここを流した。

 たしかにそうだ。事細かく説明してくれているからか、聞いている面々は大きな怒りも覚えず素直に納得する。


「誤解を恐れぬ言い方をすれば、王女殿下を確保できなかったがためにこの事態が起きているわけです。黒幕が誰かはさておき、人類圏を巻き込んだ責任は重い。無関係の派閥の者たちはそう考えるでしょうね」


「つまり……我々の動き次第で聖剣教会が分裂しかねないと……?」


 ひとりの貴族がぼそっと漏らした。

 それはやがて波紋となって周りにも広がっていく。


 エリアスやリューディア、トビアスといったエルフですら事の大きさに小さく震えているのがわかった。これが世界規模の動きなのか。


「分裂してもらった方がいいだろうな。異世界人よそものの俺たちが言うことじゃないが、もっと早く自浄作用を働かせるべきだった。絶対的な権力を持つがゆえに宗教の腐敗は避けられない。だが、最大の問題はそれを改める機能がないことだ」


 それまで黙っていたハーバートが声を発した。

 地球の歴史の中で起きたことだけに、あたかもその目で見てきたような説得力として参加者の耳に届いた。


「なるべくしてなった結果だ。そもそもヤツらは“敵”の言葉では変わらない――いや、。ここにガルガニウス司教たちの善性や良心は関係ない」


 それまで黙っていたエリックもそっとカップを置いてから続けた。

 事前に示し合わせたわけでもなく、ジェームズからのわずかな説明だけでプランの先々までを理解している。

 ふたりともさすがと言うべき人材だった。


 周りから畏敬の念が向けられる中、仕上げとばかりにハーバートが立ち上がった。


「だからこそ、我々はまずこの戦いに勝ってバルバリアを支配下に置かねばならない。今のうちに言っておくが降伏まで戦闘は全力で行うが、苛烈な統治だけは避けるようお願いしたい。好感情がなくとも叛乱要素を抱えて教会軍とは戦えないからな」


 これから動くであろう世界の流れに圧倒されてしまったのだろう。ヴェストファーレン側から異論は上がらなかった。





 その後しばらく交流も兼ねて会話をしてから解散し、各自は持ち場へ戻っていった。

 あと少しで刻限の時間となる。依然として白旗は上がっていない。


「さて、少しは納得できたかな? 会議をサボったスナイパーさんは」


『……あらら、バレてましたか』


 そっと投げかけるようなスコットの声。ややあって通信回線から苦笑したエルンストの返答が聞こえてきた。


 もちろんこれは表面的なやり取りだ。

 教会との交渉から天幕での会話まで〈パラベラム〉の参加メンバーには届くよう、あらかじめミリアが通信回線の調整をしていた。

 あとは任せると告げて偵察に行ってしまったエルンストだが、おそらく気にはなって回線をオープンにしていたのだ。


「たしかに山岳地帯の偵察と偽装は大事だな。どこにいるかはわからないが“見ている”とは思っていたよ」


 ロバートが小さく笑う。

 本気の偽装コンシールメントで隠れたスナイパーを探し出すのは非常に難しい。


 だが、勝手な真似をするのではとの心配はしていなかった。その程度の感情もコントロールできない人間に特殊部隊の狙撃手は務まらない。

 あくまでも教会側が妙な真似をしても対応できるよう、彼なりに備えた動きだったのだろう。


「そう心配しなくてもお前さんの出番はこれからいくらでもある。こっちにも被害が出るからあまりやりたくはないが、相手次第じゃ王都での市街戦だって考えにゃならん」


 市街地での戦いは偶発的な遭遇戦が避けられない。そうなれば銃火器といった近現代兵器のアドバンテージも活かせなくなる。

 武器は強力でも操る人間は生身なのだ。上から瓦礫でも落とされたら首は折れる。剣だってどこかには届くし、流れ矢だって有り得えた。

 そして、そこで戦う兵士たちを支援するのがスナイパーなのだ。


「ロバートさん、そろそろ時間です。降伏のつもりはないようですね」


「そうか。……んじゃ、とりあえずこっちはこっちでやっちまいましょうかね」


 小さく貯め息を吐いてロバートは通信機に向けて声を上げる。


「ストライカーMGS全機前へ! 合図とともに城門へ主砲を撃ち込め! MC各車輌は迫撃砲用意、目標城壁各部。命令あり次第自由射撃を行え! ICVの歩兵部隊は一時待機。敵の動き次第では突入作戦となる。スタンバっておけ!」


『『『イエッサー!!』』』


 回線の向こうから割れんばかりの返答があった。

 ここからが遠慮なしの本気の戦いだ。〈パラベラム〉のデビュー戦と言っても過言ではない。参加兵の誰もがそれぞれに闘志を燃やしていた。


「刻限です。リーンフリート殿下、御下命を」


「――よろしい、これより出城を突破しバルバリア王都へ侵攻を開始する! 総員、戦闘開始!!」


「MGS主砲放てぇっ!!」


 かつて聞いたことのないほどの轟音が戦いの開始を告げた。



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