第123話 コーヒーブレイク~前編~
『――こちらは“新人類連合”所属ヴェストファーレン王国騎兵大隊長リーンフリート・セイネス・ヴェストファーレン。出城のバルバリア軍守備隊へ告ぐ!』
失意のガルガニウス司教ら一行を見送った後、弓矢の射程外に立ったリーンフリートが拡声器を使って通告を開始した。
敵もこちらを城壁の上から見ているが、少数で来ている者に攻撃を加えるほど愚かではないらしい。
「教会が引いただって!?」「そんなバカな!!」「じゃあ戦うのか!?」「どうしろってんだよ!」「俺が知るかよ!」「俺たちだけであの軍勢を押し返せるのか!?」「落ち着け!」
ざわめきが遠くから聞こえてくる。
当然、謎のファンタジー要素で強化された人間の聴覚でも限界があっておおよそだが、兵士たちがパニック寸前になっているのは容易に想像ができた。
――あとひと押しかそこらというところだが、はたしてどうなるかな……。
こういった勧告も“名”のある者がやった方がいい。しばらく〈パラベラム〉は彼らの裏方に徹する形となるだろう。
もちろん、戦いに関しては別だ。“そう”と決まればすぐに榴弾砲と迫撃砲弾を撃ち込んでやるだけだ。
『聖剣教会との交渉は決裂した。彼らが王都まで退避する
どうやらこの世界に共通した降伏のサインはないらしい。
降伏など許さない苛烈な殲滅が行われるか、あるは地方領主同士の小競り合いの場合は台本でも決まっているのだろう。
将斗たちの見たところでは、おそらく後者が多いと思われた。徹底的な殲滅が行われればそれだけ人類内で消耗するだけだ。教会が台頭する初期にはあったかもしれないが今現在はあまりないと見てよさそうだ。
尚、白旗を掲げるこういに『おまえらをひとり残らず殲滅してやる』といった物騒な意味はないらしい。
こちらが降伏する側ではないが、今後も荒事に関わる予定の地球人としては見知ったやり方が進めやすい。
「……反応がありませんね」
「すぐにどうこうできるものでもない。末端の兵士もそうだが今頃指揮官クラスは頭を抱えているさ」
眺めていたクリスティーナが腕を組み、ロバートが「せっかちだな」と笑う。
しばらく様子を窺うも、ざわつく以外にこれといった動きは見られなかった。
余計な血を流すこともない。素直に白旗を探しに行ってくれているのであればいいのだが……。
クリスティーナをはじめとした何人かは内心で密かにそう願っていた。
『刻限は決めた。諸君らの賢明な判断を期待する。――以上』
「よろしかったのですか? あのまま帰して」
待機時間として本部の天幕に戻ったリーンフリートが声を上げた。
近くでは将斗が携帯コンロを使い、ミリアやリューディアにお茶やコーヒーの淹れ方を教えている。
本番までまだしばらく時間もあるため、“おもてなし”をするつもりらしい。
日本人らしい友好の広げ方だなとスコットなどは眺めてそう思った。
「なんだ、殺してしまった方が良かったってか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
スコットが問い返すも微妙に歯切れが悪い。
不安がわずかに滲むリーンフリートを見たロバートは「まぁ戦なんて慣れてないだろうしな」と笑う。
ちらりとエリアスたちを見るが、彼らはそっと首を振る。
――エルフたちへの配慮ではないようだな。となると……。
おそらくリーンフリートは、ガルガニウスから教会本部へこちらの情報が伝わることを案じたのだろう。彼の不安は理解できる。
千人に満たない戦力で、
「そう不安がるな。長期的に見ればああした方がいい。下手にクリスティーナが出て行って正論を並べるよりもずっと効果的だぞ?」
見かねたロバートが横合いから語りかけた。
「そこでわたしを引き合いに出されると釈然としないものがありますが……。それはそうとして『長期的に』とはどういう意味でしょう?」
クリスティーナが精一杯に作った笑みで問いを発した。
不満を我慢しているのがまるわかりな声だった。どうも色々と納得していない様子である。
本人は大真面目なのだ。
周りの皆は噴き出しそうになるのをどうにか堪える。ヴェストファーレンの貴族たちはハラハラしている様子だったが。
「なに、単純な話だ。どんなに言葉を尽くそうとも、
スコットの悪い笑みを見たリーンフリートは、すぐにはっとした表情となる。
「まさか、教会への不信感……!」
「ご名答。それは噂に乗って周辺国へも勝手に広がる。この地域での威信の低下は避けられないだろうな」
笑うロバートに、リーンフリートは驚愕を隠せない。
その気になれば〈パラベラム〉単体で国も落とせる武力を持っているにもかかわらず、彼らはそれだけに頼らない戦いを始めようとしている。
エルフとの同盟と、その他亜人たちまで傘下に入れた連合をまとめたことからもわかるが、いったいどれだけ高く広い視野で動いているのだろうか。
すくなくとも、彼らが召喚された目的通りの魔王として振る舞わなかったこと。
それが本当に人類にとっての分岐点だったのではないかと思わずにはいられない。
「だから、彼らに国からの退去と王都への降伏勧告をするよう求めたんですか?」
サシェが「自分で自分の首を締めさせるってことですか……」とでも言いたげな顔で訊いてくる。
その際、横のマリナが口を開きかけたので「わからなかったら後で説明するから黙ってて」と余計なことをさせないよう先手を打っていた。
「まぁな。今頃必死で動いてるだろうから、俺らの“仕込み”に気付く頃にはもうやっちまった後だろう。ちなみにそれはあくまで中短期の狙いだ」
まだ他にも狙いがあるらしい。
周りの面々も「どこまで企んでいるんだ」とだんだん呆れ気味になっていく。
「中短期?」
リューディアがそっと首を傾げた。
戦を起こしながら、まだ先を見据えていることが想像できなかったのかもしれない。
「そうだな。俺からでもいいんだが、せっかくだからここから先は発案者に話してもらおうか」
頷いたロバートがジェームズを見た。
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