第122話 それが役目だ
「……お、お待ちください」
殺意ギリギリの剣幕を浴びたガルガニウスが言葉に詰まった。
老人たち表情には明らかな困惑が見て取れた。
「話が見えないと申しますか、拙僧はそのような話は聞き及んでおりません。おまえたちはどうだ」
「同じくです。あくまでも我らは、貴国から突然の侵攻を受けたバルバリアより仲介の依頼を受けただけこと。また、この地に戦乱が起こるを望まなかったゆえに、こうして和睦交渉の場を設けたに過ぎませぬ」
司教のみならず随伴している司祭と思しき僧侶も声を上げた。
「……であろうな。そちらがあらかじめ存じていれば、このように悠長に話すこともなく血が流れていたであろう」
リーンフリートは鼻を鳴らすが、曖昧な言葉は使わない。
すでに引く気はないと言外に告げていた。
思いもよらぬ強気の姿勢に教会側の顔色が少し悪くなる。
「なれば……それはまことの話なのですか……」
ガルガニウスは呻くように声を漏らした。「ふざけたことを」と一笑に付さなかったのは、リーンフリートとの付き合いがそれなりにあったからだろう。
「
「この方たちは……?」
僧侶たちからの視線が〈パラベラム〉メンバーに向けられる。
不審感というよりもやはり困惑の色が強い。
特に将斗を見る目が少し違ったように思えたが、ひと目見て“その可能性”に至らないということは、やはり魔族は一目瞭然レベルで顔色が悪いのかもしれない。
「後方を
「それは……! つまり……この方々は……!」
さすがは知識を占有する階級に属すだけのことはある。
ガルガニウスは即座にリーンフリートが言わんとするところに気付いたようだ。
「召喚主の魔族は滅ぼされたが、討伐に出向いた妹はその者と通じていたとの嫌疑で拘束されかけた。これはどういうことだろうな、ガルガニウス司教」
「…………」
リーンフリートは構わず続けるが、老僧侶は答えられない。
思考がまだ現実に追いついていないのだろう。他の面々も見れば同じようなものだった。
「じきに教会本部から詰問の使者が我が国へ来よう。だが、クリスティーナの身柄は引き渡せん。そうなった時点で十中八九
「そのために……
にわかには信じがたい。そう司教の顔に書いてあった。
リーンフリートもそこは承知の上らしく、さらなる言葉を続けていく。
「この侵攻は後顧の憂いを断つためだ。まさか他に方法があったとでも申すのか? この大陸でひとたび破門や異端宣告を受ければ、国として終わったも同然であろうが?」
リーンフリートは「いい機会だ」と言うかのように数百年に渡って変わらない教会の支配体制にも触れてきた。
いかに魔族と戦うべく“人類”をまとめるとはいえ、教会が絶対者のごとく振舞うならば歪みは必ず現れる。そうした過程でどれだけの国や人間が犠牲となったことか。
そして今、その歪みが形となって現れようとしている。
「……殿下のお気持ちは拙僧にもわかりまする。されど、武力行使などなされずとも教会からの審問を受け入れ、教会本部にてクリスティーナ様が弁明を行えば――」
「ふざけるな! 妹はその日のうちに手を回されたのだぞ!! 審問を受け入れたとして、教会本部に生きて辿り着けると思うのか?」
何とか宥めようとするガルガニウスの態度に、リーンフリートはふたたび激怒した。
「我々はそのような真似を――」
「いや、よしんば辿り着けたとして、そこで消されない可能性、それどころか一方的な審問とならない保証はどれだけある! 答えろ!」
当然こうまで言葉を荒げるのはポーズも含んでいる。
しかし、向こうがこちらを試したように、こちらにもそうする必要があった。
この言い様は王家を侮辱されたに等しい。身内を守るためであれば戦も辞さない。為政者として舐められる真似はできないのだ。
無論、「とりあえず落ち着けよう」と無責任な一般論を口にした司教への怒りも大いにあったが。
やはり、クリスティーナはこの場にいなくて正解だったかもしれない。
「……お待ちください。先ほど、なんと申されました……? その日のうちにですと?」
ここで何かに気付いたらしいガルガニウスの目が、わずかながら鋭さを帯びた。
「そうだ。どう考えても言いがかりをつけて妹を罷免する隙を狙っていたとしか思えぬ。あなたがたはこれすらも虚偽と断じるか、魔族との内通を信じるのだろうがな……」
理解が得られるとは思っていない。リーンフリートは吐き捨てるように言った。
「むぅ……。クリスティーナ殿下を陥れるのが狙いと考えれば、拙僧としても合点がいくところはあります。たしかに教会内での勢力争いは存在しますゆえ……」
「司教様!」
どう聞いても教会内部を批判する言葉だった。
普通に考えて報告されればタダでは済まない。司祭が止めようとするが、ガルガニウスは手を掲げて彼を黙らせた。
「よいのだ。殿下は我々の言葉を問答無用で跳ね除けなかった。こちらも誠意を見せるべきだ」
司教は手段を変えて交渉を続けるつもりらしい。
「……お恥ずかしい話ながら、僧の中には本部から離れずに済むよう、大司教はもとより枢機卿への献金を欠かさない者もいるほどです。そうした金の流れが派閥を生み、クリスティーナ様が争いに巻き込まれた可能性は大いにあると思えます……」
彼らも自分たちの組織が抱える問題は承知しているらしい。
飛ばされないのとは反対に、地方で金策に勤しめば本部への栄転も可能なのだろう。
出会った時のリーンフリートの言葉からするに、彼はそうしたタイプではないようだが……。
「ですが、今回の話はまた別問題と考えます。人類圏の平和を願う教会に籍を置く者として、やはりこの戦からは手を――」
「いいや、撤退はしない」
ここでロバートが口を開いた。
あくまでも当初の予定通り撤退を促そうとする姿勢、それを遮った男の声が教会関係者の顔色を一気に青くさせた。
「いいか御坊。俺たちはべつにどう看做されようが構わないんだ」
ここで新たな札を繰り出した。
ヴェストファーレンも亜人も、究極的に言えばこの大陸に生きる人類として教会の影響に左右されずにはいられない。
仮に西方からの荷留などをされれば、たちまちに干上がって戦どころではなくなってしまう。
それは教会側も理解しているに違いない。
だからこうも戦を回避しようと食い下がっているのだ。
ゆえに――“イレギュラー”が現れたと知らしめる必要がある。
「ロバート殿……?」
リーンフリートが驚きの視線を向けてきたが、視線でそれを黙らせる。「ここからは任せろ」と目で訴えかけると、ややあってから王子は小さく頷いた。
たしかにヴェストファーレンとして言うだけのことは言った。ここから先の“やり過ぎ要素”は〈パラベラム〉が代わるべきだろう。
「おたくら教会がどう判断するかは勝手だが、俺たちは元の世界では人間として生きていた。ところが、どういったわけか魔族がやらかした“魔王召喚”とやらでこの世界に来ている。変な話だ、顔色だって悪くないのにな」
ロバートは冗談で並べて言葉を一度切った。
結論は述べずに「意味はわかるな?」と目で問いかける。
「そこまでわかっていながら、議論の場を持たずあくまで教会と敵対しようと言うのですか……!」
どうにか声を絞り出したガルガニウスの額にはおびただしいまでの汗が滲んでいた。
「どうも勘違いをしているから言っておくが、俺たちから喧嘩を売ったんじゃない。俺たちは喧嘩を売られた側だ。そこは間違えない方がいい」
権謀術数渦巻く教会本部で生き抜いてきた司教をしても、ぞっとするほど鋭く冷たい視線だった。
以前、これに似た目を見たことがある。
対魔族の最前線で長年戦ってきた歴戦の教会騎士団長のものだ。それに勝るとも劣らない……確実にこちらの方が強烈だった。
しかし、彼にも責務がある。「はいそうですか」と引くわけにはいかなかった。
「あ、あなたがたが異界の者と言うならば念押しせねばなりませぬが、我ら聖剣教会は決戦的存在の“勇者”をも擁する人類圏最強の軍勢なのですぞ。同時に、長年魔族の侵攻を食い止めてきた武威の象徴でもあるのです」
「知っている」
「それだけではありません。対魔族の理念にも諸国は賛同しております。多くの国は教会に味方し兵力も供出しているほど。ほんの千を超えた程度の数でどうにかなる話ではないのです」
司祭と司教のツープラトンで説得を繰り出してしてくる。
彼らの表情は真剣そのものだ。虚勢――強がりも多分にあるが、おおむね真実でもあるのだろう。
しかし、それ以上に何とかこれ以上の大事となる前に矛を納めさせたい。そんな思惑が垣間見えた。
辺境に流されて来るくらいだ。もしかしたら善性の人間なのかもしれない。
だとすれば、すべては出会い方が悪かった。
「悪いが話は終わりだ。されど、使者であるおたくらを害するつもりはない」
「こ、これ以上は居ても無駄だと申されますか」
立ち上がるロバートに尚も食い下がろうとするガルガニウス。老人は頬を伝う汗と強烈な喉の渇きを感じながら問いかけた。
「代わりにやることがある。バルバリア王家への降伏勧告を持って行き、その足で教会本部に報告に戻れ。あんたらに今できるのはそれだけだ」
「そんなことが――」
食い下がりつつも、薄々わかっていたことだった。
ひとたび動き出した歯車はそう簡単には止まらない。
ましてやこれは戦なのだ。
国と国を巻き込むものでそればかりか亜人までもが蜂起している。もう防ぎようのない奔流となっているのだ。
「言っておくが、あんたらの信仰は俺たちには何の関係もない。配慮はするが遠慮する必要はないからな」
――もしかすると教会はとんでもないモノを敵に回しつつあるのではないか。
ガルガニウスは言い知れぬ不安に襲われた。
確証など何もない。これしきの兵力で教会をどうにかできるはずもない。
にもかかわらず、不吉な予感を覚えずにはいられないのだ。
「リーンフリート殿下! よろしいのですか! この者たちは、世界に叛旗を翻すと言っておるのですぞ!」
司教は最後の望みとばかりに縋る想いで言葉を投げた。
「残念だが――止めるにはもう遅い。すべては
リーンフリートはそう答えるだけで、「すでに“彼ら”に委ねた」と言わんばかりにこちらを見据えるだけだ。
教会側の誰もが足元のふらつく感覚に襲われていた。
「さて、どうする。どうしても聖務と信仰に殉じて“神の試練”を受けたいと言うなら――あんたらごとそこの出城を吹き飛ばしてもいいんだが」
――本気だ。これは脅しなどではない。
司教の背筋に走ったのは、かつてないほどの悪寒だった。
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