第121話 “交渉”


 行く手を塞ぐ建造物を将斗は“出城”と呼んだが、厳密にはやや異なっていると言えよう。

 山間やまあいにできた谷のもっとも狭くなっている箇所に高さ十メートルほどの壁を築き上げ、厚い門で塞いだような形だ。

 兵士たちが普段詰めている城部分さえ除けば、ぱっと見た感じは関所に近いのではと思った。

 軍隊が進めるほどのまともな道がここくらいしかない以上、敵の侵攻には有用な砦となっているのは間違いない。


「どんな切り口で来ると思う?」


 ロバートは歩きながらリーンフリートに問いかけた。

 推測はできても、彼はこの世界の人間ではない。現地人に訊くのが一番参考になる。


「おそらくは侵攻、それと亜人と組んだことの二点を責めてくるでしょう」


「フム……」


「前者は地域の秩序を乱しかねませんし、後者に至っては……。しかし、それもまだ教会本部からの情報が伝わっていないゆえかと」


 青年の答えは予想の範疇だった。

 普通に考えれば、どちらもヴェストファーレン王国のようなそれなりの規模の国のすることではないのだろう。

 相応の事態が起きたと考えているか、はたまた乱心したと考えるか。やはり話してみないことにはわかりそうになかった。


「それらしい“言い訳”を考えるのも面倒だな。関所の上から『天罰が下る前にさっさと軍を退け』くらい居丈高いたけだかに言ってくるなら、バルバリア諸共“誤射”しても良かったんだが……。これじゃクリューガー大尉のことは笑えんな」


 頭を搔いたロバートがさらりと怖いことを言ってのけ、リーンフリートの血の気がわずかに引く。


 ――ああ、なるほど。


 王子はすぐに理解した。

 ロバートは〈パラベラム〉指揮官としての立場から慎重論を口にしただけで、個人的な意見としては敵をまとめて吹き飛ばしたほうが早いと思っているのだ。それは当然だ。彼らにはそれだけの力がある。

 それでもこちらに合わせてくれた。エルンストの意見が“少数派”として却下されて良かったと心から思う。


「しかし、ちょっと意外だったのはあちらさんの度胸だな」


 小さく鼻が鳴る。

 すでに戦いは王都陥落近くまで推移している。そんな中、出城から出てこちら側で待機しているとはたいした覚悟ではないか。


「まさか僧職だから? 攻撃されない自信でもあるって言うんですかね」


 ジェームズは「だとしたら気味が悪い」と言いたげだった。

 彼はプロテスタントだったと思うが、そこまでの理解は示せないようだ。


「祈っていれば攻撃が外れてくれるってか。そんな甘い現実は存在しない。地球じゃ偵察衛星や誘導兵器の進歩が証明してるぞ」


 続くスコットは面白くないとばかりに首を振った。

 軍人としての意識が今の現実と織り合わないのだ。カルチャーギャップと呼ぶにはあまりにも隔たりが大きい。


「あるいは魔法のあるファンタジー世界なら別かもしれないが……」


 確認するようにミリアを見ると、彼女は小さく微笑んで首を振った。そんな加護を持つ人間は存在しないらしい。


「とにかく会ってみるしかない。ただ――『自分たちには神がついている』と言い出す狂信者なら、面倒だがやりようはいくらでもある。果たしてヤツらはどっちかな……」


 本当に怖いのは神や狂信者ではない。“本音”と“建前”を使い分けられる者だ。






「リーンフリート殿下、これはいったいどういうことでしょうか。魔族と戦う我らヒト族に国同士で争う余裕などないことは承知いただけているものかと思っておりましたが」


 こちらから軍使として出向くと、挨拶も抜きにそう切り出された。


 詰め寄って来たのはゆうに五十は過ぎ、老齢に差しかかった男だった。

 油で撫でつけた白髪と顔に刻まれた皺がそれを物語っている。片眼鏡モノクルに華美にならない程度に装飾のある僧服に身を包んでいることから地位は高いのだろう。


 彼の態度は外交儀礼から見てもかなり失礼と言える。現にヴェストファーレン貴族の何人かは不満気な表情を浮かべていた。


 ――いやいや、みなさんカッカしちゃあいけないぜ。


 貴族たちとは異なり、スコットは何とも言えない違和感を覚えていた。

 どうも“勘”が騒ぐのだ。

 ちらりと視線を向けると他のメンバーも同様の意見らしく小さく頷いている。


 向こうはすぐに隣国の王子リーンフリートの存在に気付いたほどだ。そうなればこちらの本気度をわかっていても不思議ではない。なのに態度がなんとなくなのだ。


 将斗たちは宗教関係者だからと侮らず、まずは様子を見てからと事の推移を見守ることにした。


「久しいですな、ガルガニウス司教。もうとっくの昔に教会本部に戻られているものだとばかり思っておりましたが」


 リーンフリートもそこは感じているのか、相手の非礼をなじるわけでもなくまず挨拶の言葉を口にした。

 周りの貴族たちも王子がそのような態度を取れば表面上は隠すしかない。納得はしていないようだが表情をどうにか引っ込めていた。


「すべてのヒトを神の教えにより導くことこそ我らが役目。あなた方のような不信心者が出た時のため、神のご意志でこの地に残されていたのでしょう」


 老人はしれっと、いかにも聖職者らしいセリフを並べた。ロバートたちの視線がわずかに細まる。


「神はお嘆きです。私利にはしり同族を裏切ろうとしているのですから。即刻軍をお退きください。亜人とのことも教会本部に報告せねばなりませんが今ならまだ私の裁量で見なかったこともできる」


 これで確信した。

 ガルガニウス司教と呼ばれた老人はこちらを試している。

 安い挑発に乗るかどうか。「浅い思惑で侵攻を企んだのなら許さない」と言わんばかりである。


 いや、この表現はいささか正確ではない。

 試すのではなく、どうも本当に理由がわからないのだ。“通常で考えられる戦の理由”を前提に動いているように見える。


 つまり、まだヴェストファーレンを巡る情報は伝わっていない。


 そう考えると、余計によく出て来たものだ。立ち振る舞いからあまり老獪ろうかいな印象は受けないが、職業意識はそれなりに高いと見える。あるいは権益がかかっているのかもしれないが。


「不信心者? 同族への裏切り? それはこちらの言葉ですよ、司教殿」


 対するリーンフリートは相手の言葉などまるで意に介さない。それどころか口唇を歪めて小さく笑ったのが見えた。


 ――なるほどね、王子様は真正面から行くつもりか。ヨーロッパの宗教改革もこんな感じから始まったのかねぇ。


 スコットはリーンフリートの狙いが読めた。彼は教会の“正義”を問うつもりなのだ。


「なんですと?」


 思いがけない言葉に老人の眉根が大きく寄る。本当にヴェストファーレンがおかしくなったと思ったのかもしれない。


「あなたたち教会は何と戦っているつもりだ? 内部のつまらぬ勢力争いに我が妹クリスティーナを巻き込んでくれて。聖女候補筆頭をだぞ? それも、言うに事欠いて『魔族と内通した』との嫌疑をかけてな!」


 侮辱されたと気色けしきばむ僧兵たちを尻目に、目を見開いたリーンフリートが小さくえた。

 これ以上ふざけたことを口にするのであれば剣を抜くのも躊躇わない。そう思わせるだけの気迫があった。


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