第120話 介入の影


 敵の影もなく山間部を進んでいく。しばらくすると、合図があって先頭が止まった。

 何か見えたということだが騒がしくもない。特に緊急事態ではないようだ。


「たしか――」

「出城がありましたね。それが見えたのかと」

「ここからは山路一本で王都まで行けてしまいますから守りもそれなりに固いはずです」


 マリナが思案し、将斗とジェームズが地図に視線を落としながらそう言った。「慌てる必要はない」と言外に伝えたのだ。


。先の戦いで伝令が王都まで走っているんだ」

「封鎖されているだろうな。敵もそれなりに詰めているはずだが……妙だな。戦いの前の気配があまり感じられない」


 スコットが不敵に笑い、ロバートがそれを引き継いだ。その際、総指揮官は小さく首を傾げる。


 先頭を進むのはヴェストファーレン軍だ。彼らの参戦が寝耳に水のバルバリアは混乱していても不思議ではない。


 しかし、いくら想定外といってもここまでの空気にはならないはずだ。


「考えるだけ無駄だ。見に行こう。そのうち伝令が来るとは思うが時間が惜しい」

「そうだな」


 ロバートがいつものメンバーを集め、ハーバートたちの許可を得て前方に向かっていく。

 亜人たちからは探るような、あるいは様々な感情の混ざった視線が向けられるが無視しておく。今の彼らに構っている暇はない。


「あれは……教会の……旗……?」


 しばらく進むと味方の軍勢の向こう側が見えてきた。サシェの言葉が小さく震えた。現地人にはやはり大きな存在ということか。


「予想通り、出て来やがったな……」


 ロバートが小さく溜め息を吐いて立ち止まる。

 その呟きを近くにいたクリスティーナは聞き逃さなかった。


「まさかロバート殿、予想しておられたんですか?」


「ああ。権威だけでふんぞり返って実力もないなら、教会が人類圏に広まってるわけがない。おそらく――」


 推測の続きを口にしようとしたところで言葉が切れた。

 ちょうど向かって来ていたリーンフリートと落ち合う形となったためだ。


「おお、ロバート殿。ちょうどよかった。さがしていたところでした」


「なんだ、バルバリア軍の前に教会が“通せんぼ”しているってか?」


「はい」


 軽く苦笑したロバートを見て、リーンフリートも困ったように笑った。


「やっぱりな。ちなみに知り合いとかはいたか?」


「……以前からバルバリアに派遣されていた僧侶でしょう。見覚えがあります」


 リーンフリートの答えから「やはり知っている人間か」とロバートは内心で思った。

 どのような“交渉”をしてくるかはさておき、宗教勢力の権威をもって軍を引かせようとするのは地球の歴史を見てもよくある話だった。戦国時代の日本でも僧侶が戦での和睦の仲介をしていたのは知られている。


「わたしの知り合いはいなさそうですね」


 双眼鏡を除いていたクリスティーナがぽつりと口にした。

 彼女としては知り合いがいればそちらを糸口に教会を引かせたかったのだろう。


「そうか。ならクリスティーナはここまでにしておいたほうがいい。“本人”がいるとわかるのはあまりよくない」


 スコットが告げると、言われた当人は不服そうな顔になる。

 ここまで来ていきなり蚊帳の外に置かれるとなれば、やはり気分がいいものでないのは誰にでもわかる。


「されどロバート殿。わたしとてもうあなたたちの仲間だ。戦う覚悟は――」


「ここは納得いただけませんか、クリスティーナ殿下。向こうにどれだけ情報が伝わっているかわかりません。ここで殿下が出て行くと話が複雑化する可能性があるのですよ」


 そっと口を挟んだのはジェームズだった。


 彼らしいと言えばそうだが、かなり言葉を選んでいる。

 さすがに「御輿みこしの出番はまだ先だ」とストレートには言えない。

 見守るスコットも彼にしては珍しく困ったような表情を浮かべている。


「やれやれ。坊主がいくさへの介入ですか、面倒なことをしやがるもんだな」


 エルンストがこれ見よがしに溜め息を吐いた。

 誰が見ても「撃てと言ってくれたら早いんだけどなぁ」と言わんばかりの態度を隠してもいない。

 仮にも宗教の影響が強い地域ヨーロッパ出身の彼が言うと、何とも形容しがたいものがある。


「クリューガー大尉……仮にも僧侶なんですよ相手は……」


 不安になった将斗が遠慮がちに苦言を呈した。


 こういう時にかぎって誰もブレーキ役を買って出てくれないのだ。おそらく周りからも試されているのだろうが。


「知ってるさ。だが、。俺には無関係だし今は戦の真っ最中だ。邪魔するなら相応の手段に出る必要がある」


 あまりの思い切りの良さに、さすがの地球組同期も唖然としてしまう。


 フランシスで将斗たちを殺しに来た騎士連中なら、返り討ちにするだけの理由はあった。

 しかし、今回はまだそこまでいっていない。

 交渉に出て来た相手を一切無視して進軍するなど、いくらこの世界でも前代未聞のはずだ。

 リーンフリートもクリスティーナも言葉にはしてないが表情がそう語っていた。


「向こうが権威を嵩に着て、無茶を吹っかけてくる可能性は理解します。でも、いきなり強硬策なんて誰も納得しませんて」


 将斗は言葉を尽くして翻意ほんいを促す。

 彼の意見が他へ広がるのは好ましくない。


 そう、これはあくまでヒトサイド――主にヴェストファーレンに配慮した場合の意見だった。


 ここで亜人の意見を聞くのはダメだ。それはまずい。

 エルンストに付いている獣人の少女などは「あれ? 大尉、撃たないの?」と小声で話しかけているほどだ。

 住処を追いやられた歴史を持つ彼らからすれば、立ち塞がるヒトなど片っ端から八つ裂きにしても構わないくらいには思っているだろう。

 こればかりは命令に従っているエルフとて内心まではその通りとは限らない。


 あえて触れなくていいことも世の中にはあるのだ。

 

「大尉の意見はわかった。だが――その選択肢はナシだ」


 ロバートが先制攻撃案を却下した。


 対するエルンストは眉ひとつ動かさない。獣人の少女はそっと彼を窺い見る。表情に不安はない。獣人の優れた五感で何かを感じ取ったのだろうか。


「何もかも蛮族のように振る舞えれば楽なこともあるだろう」


 そう口にしながらロバートは意識する。それだけの力が〈パラベラム〉にはあると。


「だが、俺たちは文明人だ。交渉もなしに教会関係者ごと敵を吹き飛ばしたなんて噂が広まれば、。それでは新たな勢力として台頭するのは不可能だ」

「大尉の気持ちはわかるが、これからエトセリアや西の国々も圧力をかけて教会勢力から離脱させにゃならんしな」

「大国はさておき、中小国にまで『自分たちもそうなるのでは』と疑念を抱かせるわけにはいかないでしょう?」

「思ったことは口にして確かめておく――あなたらしいと言えばあなたらしいですがね、クリューガー大尉」


 ロバート、スコット、ジェームズ、そして将斗の順に答えを述べた。エルンストは軽く彼らを一瞥する。


「なるほどね……。そこまで決めているなら俺から言うことはないです。その代わり、出番の時には呼んでくださいよ。――いくぞ、山岳地帯での偽装や偵察のやり方を教えてやる」

「やったぁ!」


 小さく笑ったエルンストは獣人の少女を連れて後方へと下がっていく。

 この場は任せたということらしい。


「ロバート殿、よいのですか?」


 クリスティーナが近寄って心配そうに語りかけてきた。

 他の女性メンバーも似たような表情を向けてくる。

 なんだかんだと付き合いは長い。あんな態度をとったエルンストのことが心配なのだろう。


 ふっとロバートは笑った。他のメンバーも同じくだ。


「……いいんだ。アイツはとにかく狙撃以外は不器用でな。みんなが心のどこかで思ってることを敢えて自分が口にしようとする。何気に一番神経質かもしれんな」


「それって……」


 クリスティーナは思い至ったと口元に両手を持って行った。


「ホントはやらなくてもいい、嫌われかねない損な役回りです。だから、そんな彼をみんな信頼してるんですがね」


 去り行く背中に向けるジェームズの視線は穏やかだ。


 ちゃんとチームで意識の共有はできている。

 これなら海千山千の“敵”がいようとも負けることはない。そう思えた。

 


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