第119話 Steel is in my hand


「全軍、前進!」


 明くる日、死傷者と捕虜は後方から呼び寄せた〈パラベラム〉の部隊へと引き渡し、DHU本隊はヴェストファーレン軍と共にいよいよバルバリアの王都へと向かって山路へ入った。


 これに伴い、一部の平民捕虜は解放して死亡者と拘束されている者の名簿を持たせてバルバリアの王都へ伝令として先に走らせている。


 これは既に何度目かの討伐軍がほぼ壊滅に等しい損害を受けており、「これ以上戦いを続けるのか?」と問うためでもあった。

 もっと言えば、“正確な情報”を彼らへ伝えるためでもある。


 これまで生還者がいないため情報が途絶していたのだが、バルバリアが相手にしているのは亜人の叛乱軍などではない。

 ヴェストファーレン正規軍と異界の軍隊〈パラベラム〉――列記とした国家が率いる武装勢力だ。

 それを知らしめるためでもある。


 合流により千人近くにまで膨れ上がった軍隊はヴェストファーレンを先頭に、DHU大隊、〈パラベラム〉部隊の順で山間部へと入っていく。


 彼らの足取りは思いのほか軽い。

 それは昨晩の影響が大きかった。


「いやぁ昨夜の宴は素晴らしいものでしたな」


 接敵もなく進軍する中、ヴェストファーレン軍の中枢にいた貴族のひとりがふと言葉を漏らした。

 一夜経ってもまだ興奮が冷めていないといわんばかりの様子だ。


「然り。陣中食ともなればどんなものが出るかと心配したおりましたが……。その当時の己が愚かでしたわ」

「たしかに。〈パラベラム〉の方々は、よもや戦場いくさばにてあのような食事ができる体制を整えておられるとは」

「まさしく異界の軍勢に相応しいと言えましょう」


 同意の声がすぐにあちこちから上がった。


 不満どころか、素性・得体の知れない者たちだと蔑むような気配すら今となってはもうどこにも見られなかった。

 昼間の武力に夜の食事で、完全に彼我の力量差を理解させられたのかもしれない。


「食事だけではない。あの麦酒ビールとかいうエールに似た酒も爽快感があって素晴らしかったですな。私は気に入りましたぞ」

「なんの。供されたワインも決して最上質とは言えないとしても戦場で飲むにはあり得ないの程の品質であった。あれがまた料理と合って……」


 ――問題が起きるよりははるかにマシだが、なんとも現金なものだ。


 部下たちの言葉を聞き、リーンフリートはついつい笑い出してしまった。

 一瞬不味かったかと思うものの、どうやら彼らへの同意として受け取られたようだ。


「教会との今後もあり、我らの立場はあまり良くはない。だが、それでも彼らのような御味方がいるのは救いであるな」


 実際にリーンフリートも昨夜のことを思い出すと唸ってしまう。


「武力ももちろんではありますが、それ以外の部分までああも凄まじいと見せつけられると言葉も出なくなります」

「慢心するわけではありませぬが、心強いのは確かですな。我らの国もけして豊かと言うには厳しい部分もある。いくさ以外の恵にあやりたいものです」


 リーンフリートは驚くしかなかった。

 あの気難しい貴族たちがすっかりと気を許しているように見える。


 それもそのはず。〈パラベラム〉は後方から牽引してきたという大きな鉄の荷車のようなものを用意して、あっという間に千人近い食事を作ってのけた。

 しかも不思議なことに配られた直後でも湯気が立ち上るほどに温かいものだ。

 シチューと呼ばれたその汁ものは濃厚で、具材も肉から野菜からがしっかりと煮込まれており貴族たちの舌を唸らせた。

 さらに付いてきたパンも黒パンではなく柔らかい白パンだった。日持ちがしないものなのに、どうやったらこんな場所へ運んで来ることが可能なのか誰にもわからない。

 考えてもどうにもならないので、とにかく「異界の技」で済ませて食事に没頭してしまった。

 さらには酔い潰れない程度の酒も飲め、誰もが昼間の勝利と相まって満足して眠れた。


 尚、妹のクリスティーナはこうした食事に慣れているらしく驚きもしなかった。それどころかもっといいものを食べているような気配すらある。

 ちゃっかりいい立場を確立しているではないかと思ってしまったのは内緒だ。


「驚くべきは〈パラベラム〉の富ですな。彼らはこの食事を捕虜にも与えたというではありませんか」


 また別の貴族が感心したように言った。


「それは私も聞いている。だが、単なる善意からのものではなかろうな」


 リーンフリートが言葉を返した。


「と言いますと?」


「“力”を見せつけるためだ」


 上がった疑問に対して、リーンフリートは短いながらも確信をもって答えた。


「力? それは昼間の戦いで十分に思い知らせられたのでは?」


 理解に苦しむという声が上がった。

 これも跡継ぎの仕事かと思い、王子は臣下を納得させられる言葉を続けていく。


「甘い。人はしばしば自分にとって都合のいい現実しか見ないものだ」


 教会がクリスティーナを陥れようとしたように。


「バルバリア軍はまだ理解していない。〈パラベラム〉の力を、亜人デミたちの力を、それぞれに正しく評価しているのではなく、『我らヴェストファーレンの援軍さえなければ勝てた』と思っているかもしれんのだ」


 それはありえないと一笑に付す者は存在しなかった。

 自分たちであっても似たような状況であればそう考えてしまうかもしれない。

 ましてやバルバリアは亜人たちを長年に渡り迫害してきた歴史がある。

〈パラベラム〉の非常識具合はさておき、彼らのことだけは頑なに認めようとしない可能性があった。


「だから〈パラベラム〉軍はまずその意識を破壊した。戦場で、敵にもちゃんとした食事を振舞いながら戦勝の宴を行える軍など、下手をすれば教会本領の精鋭軍でさえも可能かどうかわからん。そのような勢力と我らと亜人たちが手を結んだと見せつけるためにな」


 クリスティーナから聞いていた話ではおそらく不可能というものだった。もっとも、ここで断言する意味は特にないのでしないが。


「なるほど……」「たしかに……」「そう言われればそうかもしれませぬ」


 何人かが得心がいったと頷いた。


「おそらく明日からが本格的な侵攻戦だ。抵抗も激しくなるだろう。〈パラベラム〉の方々は惜しみない支援をすると言ってくれているが油断はできない。しっかりと備えておけ」


「「「はっ」」」


 

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