第118話 Shake it up is all that We know


 戦いが終わり、平原に張られた天幕内には一種の緊張感が漂っていた。


「さて、兵士の行動ですが、困ったものですね……」


 会するのは、ヴェストファーレン王国第一王子リーンフリートをはじめとした鎧姿の貴族たちと、野戦服に身を包んだ〈パラベラム〉の主要メンバー(+クリスティーナたち女性陣)、それとエルフの王子エリアスとDHU大隊長のトビアスと副官だ。


 当然ながら中隊長以下の同席は許していない。火薬庫の中で火遊びをしたいバカはいなかった。


 その他戦闘部隊には、事後処理として現在捕虜の武装解除と、字が書ける者には貴族と平民ごとの生存者と戦死者の名簿の作成などを進めてもらっている。


「今は落ち着いたようですが……」


 そして最も危惧されたこと――捕虜に対する私刑が行われないよう、〈パラベラム〉所属の兵士たちが憲兵MP役として彼らの監視についていた。


 既に獣人やドワーフから何名かが停戦命令後にもかかわらずバルバリア兵を殺傷した抗命罪の疑いで拘束されている。

 尚、エルフたちから拘束者は出ていない。彼らに言わせれば「ヒトから最も迫害を受けていたのは自分たちで、拘束者アイツらは『過去に迫害されたからやり返す』ってだけのバカな連中」とのことだ。



「ヤツらは敵だ! それを減らして何が悪い!」


 案の定拘束された者たちは自分たちは悪くないと食い下がってきた。


「訓練で何を聞いていた? 我々は軍隊だ。規律を持ち、上官の命令の下に行動し敵を打ち倒す。勝手な判断で行動する愚か者は不要だ。覚悟しておけ」


 溜め息を吐いた憲兵部隊が厳しく告げたことで、ようやく自分たちがしでかしたことに気付いたらしい。


 無論、今さら詫びても遅いため、近日中に彼らの郷に移送して裁きを受けさせる。

〈パラベラム〉が軍法会議を開く余裕もないし、今は種族の発言権を決める段階だ。まず甘い処遇とはならないだろう。見せしめのようなものだ。


 それよりも――ロバートは意識を切り替える。まずはこの“顔合わせ”を無事に終えねばならない。



「貴国の援軍に心より感謝します。あれなくば苦戦は必至だったでしょう」


 開口一番、迷うことなくエリアスは頭を下げた。


 対する貴族たちの眉が小さく動く。表情にまでは出さないが、彼らの常識からするとかなりの衝撃だったようだ。


 この様子では、亜人にはろくな文化も残っていないと思っていた可能性がある。わざわざ言及することでもないが。


「何をおっしゃる。が先にバルバリア軍を引き付けていてくれたからこそ、我らは障害もなく横合いから殴り付けられたのです。こちらこそ礼を申し上げるべきでしょう」


 間髪容れずリーンフリートは相好を崩してエリアスに歩み寄った。

 騎士たちが止める暇もない。若き王子は狙って声を上げられない状況に持ち込んだのだ。


 ――むしろ王子の側近として泰然としていた方がいいだろうに……。


 様子を見ていたスコットは苦笑しそうになる。


 彼らにヴェストファーレンの貴族としての矜恃プライドがあるのは認める。

 しかし、この国家存亡の非常時にそれを持ち出すような愚か者には貴族としての立場を与えられない。この会談にはそうした“選別”も含まれているはずだ。


 とはいえ、あまり殺伐としていても疲れてしまう。

 そう思ったロバートは周りから見えないよう息を吐いて一歩進み出た。


「なにはともあれ勝利を収めました。この戦いは歴史に新たなページを刻む序章となったことでしょう」


 場の視線が集まる。

 注目されるのが好きな性分ではないが、今は話を先に進めねばならない。


「さて、我らが世界にはお互いの手を握り合うことで示す友好の証がありまして」


 握手というのですが……とロバートが右手を差し出すと、リーンフリートも「それは結構なことですな」とそれに倣う。エリアスもほぼ遅れることなく頷いて手を伸ばした。

 それぞれが順番に手を握り合う。


「鍛えておられますな」

「若輩の武骨者ですゆえ……」


 エリアスとリーンフリートの間で短く言葉が交わされる。こうすることでしか知りえないものがあるのだ。

 将斗は「夕暮れの土手で殴り合った不良の親戚かな?」と思ったが黙っていた。


「あとでささやかながら勝利を寿ぐ席を設けましょう」


 無論、こんなものは単なる儀式に過ぎない。

 魔法でもなければ呪いでもない。互いの信義に基づくだけのものだ。


 しかし、歩み寄る姿勢すら示せないようでは、この先の戦いに一丸となって当たることなどできはしない。


「…………」


 さすがに今回ばかりは貴族の誰もリーンフリートを止めようとしなかった。


 亜人たちはさておき、〈パラベラム〉については「余計なことはするな」と強く言い含められているに違いない。

 事実、騎士たちは言葉を飲み込んでいるせいか目だけが所在なく泳ぎ回っている。


 ただし、“安堵のようなもの”は感じられた。

 亜人が自分たちの想像するよりも理性的だと知れたからかもしれない。


 ――考えれば考えるほど、スコットの機転がなかったら危なかったかもな。


 ロバートは内心でほっとした。


 戦闘で敵の三割は死傷した形となるが、それとは別で停戦後に数十人が、しかも貴族などが殺されていれば「その程度の軍勢か」と思われた可能性がある。

 この世界、人権は存在しないが身代金は取れるため、位の高い人間ほど討ち取るよりも捕縛する方が功績と見なされる。


「捕虜たちは〈パラベラム〉で引き取りましょう」


「どうされるのです?」


 リーンフリートが疑問を呈した。


 あまり〈パラベラム〉がそういったことに関わるイメージがなかったのかもしれない。


「とりあえず後送して我々の収容所に入れます。金は出すので希望者には労役といったところでしょうか。敵戦力を奪ったようなものですし、返還交渉は戦後で構いますまい」


「それはまたなんといいますか……」


 リーンフリートは何か言いたそうだった。


 おそらく捕虜の労役に賃金を支払うなど有り得ないと思っているはずだ。

 しかし、それこそが〈パラベラム〉の狙いだった。


「必要経費です。それに、我々もこの世界のことを知らなければなりませんので……」


 ロバートは曖昧に微笑んだ。


 収容所の食事の質も決して悪いものにはしない。

 そうした上で、労役に就いて支払われる報奨金で適度な嗜好品が買えるようにする。貴族には爵位によって少し色をつけてもいい。


 


 バルバリアを下した後に帰国した彼らは耐えられなくなるだろう。今までの質素な生活に。

 同時に国内に少しずつ広まる嗜好品の数々。消極的な臣従が積極的なものになるまでさほど時間はかかるまい。


「文句を言うつもりはないが……。とんでもない毒を仕込むつもりだな少佐」

「いえいえまさか。暴力など使わず文化的な歩み寄りを進めるだけですよ。ラブアンドピースです大佐」

菓子と金ラブアンドピースを使ってか……」


 そっと声をかけてきたハーバートの表情はすっかり呆れていた。


 たしかに目立たない。武力行使がすべてと思っているうちは気付くことすらないだろう。

 おかげでロバートがそんな腹黒極まりないことを考えているとはリーンフリートもエリアスたちも想像すらしていない。

 水面下で、武力以外の侵略も着実に進んでいた。

 

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