第117話 Rebelion on my mind


「突撃! 後衛は作戦通りに当たれ!!」


 騎馬集団の先頭で大剣を掲げて声を張る鎧姿の青年。彼の姿に見覚えがあった。


「おい、あれってもしかして……」


 ロバートが小声でクリスティーナに語り掛けると、彼女もすぐに気付いたのか引き攣った表情で頷いた。


「ええっ……!! お兄様……!?」


 第一王子リーンフリートだった。


 ここでヴェストファーレンは、

 リーンフリート自身が無理を言ったのか? あるいは国王エーレンフリートの策だろうか?


 いずれにせよどうかしている。まだ前哨戦――本番ですらないのだ。


「いや、戦場あるあるでわたしの見間違いかも……」


 クリスティーナは震える手で双眼鏡を目から離した。完全に目が泳いでいる。


「残念、こちらも双眼鏡で確認した。現実だ」


 現実は非情だった。クリスティーナは「うそぉ……」と小さく呻いて項垂れる。

 聖女(候補)の面影はすっかり儚くなってしまったようだ。


「でも、どうして跡継ぎのお兄様が……!?」


 驚くほど気を持ち直すのが早い。

 彼女は彼女で理不尽や不条理に慣れつつあるのかもしれない。誰のせいかは知らないが。


「……おそらく不退転の覚悟――その表れなんだろうが……。はぁ……」


 自分で言っておきながら、ロバートも耐えきれず嘆息してしまった。


 いくらなんでも思い切りが良すぎやしないだろうか。

 もちろん、彼らの考えがわからないわけではない。「ここでバルバリアにも勝てないようではどの道自分たちの国は早晩終わる」ということなのだろう。かもしれないが……。


「ああなるほど……。皆様の戦いから多大なる影響を受けたと……」


「……どういうことだ」


 ひとり納得したと手を鳴らすクリスティーナだが、ロバートにはわからない。いや、わかりたくない。


「そういうところですよ」


 仏頂面を浮かべるロバートに向け、クリスティーナは軽く笑っただけでそれ以上の説明をしなかった。

 彼女の脳内では、これまで彼らに付き合って聞いたor見せられた非常識な戦いの数々がリフレインしていた。

 これをわざわざ言葉にしたら疲れてしまう。自分の胸に手を当てて――いや、普通に反省してほしい。


「ぬぅ……」


 ロバートもそんな空気を感じて追求するのはやめた。あとで将斗にでも聞こう。


「にしてもだなぁ……」


 ロバートはもう一度双眼鏡を覗いた。


 どう見ても気合いが入り過ぎだ。

 たしかヴェストファーレン王家は、国内を貴族勢力をまとめ、いずれ来る教会との戦いに備えているはずだ。

 今の時点でここまでの戦力を出せるものだろうか?


「考えても仕方ないですよ少佐。現実が目の前にあるんですから」


 見かねたジェームズが声をかけてきた。


 そうこうしているうちに、横合いから猛烈な勢いで突っ込んだヴェストファーレン王国騎馬隊は、バルバリア軍を完全に前衛と後衛に分断した。

 損害もなく綺麗に敵兵を蹴散らした騎馬隊は、後ろから飛んでくる矢にも構わず反対側に抜ける。

 すると、今度は円を描くように反転して新たな獲物に狙いを定めた。


「よし、こちらも仕掛けるぞ! 亜人部隊と援軍の動きに注意して射撃しろ! ダメなら轢き潰せ!」


 ハーバードが叫び、ストライカー部隊も前進を始める。

 一発目の突撃で騎馬が抜けた側から敵に圧力をかけに行くのだ。無論、実力行使も伴って。


「射撃開始!」


 命令を受けた四輌のM1126ストライカーICVが前に出る。

 車体上部に取り付けられた遠隔操作式銃塔RWS プロテクターRS2に取り付けられたM240B 7.62mm汎用機関銃GPMGが猛然と火を噴いた。

 新たな破壊の音が戦場に生まれる。


 弾帯に混ぜられた曳光弾えいこうだんにより弾道は射撃手にもはっきりと視認でき、ろくに動けないでいるバルバリア軍へ突き刺さる。

 音速を超えて襲い掛かるライフル弾は鎧など紙細工のように突き破り人間を殺傷していく。

 

「あれはなんだ!」「魔物か!?」「亜人どもは魔族と手を組んだのか!?」「誰だ、簡単な戦いだって言ったのは!」

「バカどもが! 今は目の前の敵に集中しろ! 新手も来ているんだぞ!?」


 正体不明の敵から攻撃を受けたバルバリア軍がふたたび混乱の渦中に叩き落される。

 というよりもこの時点で過剰殺戮オーヴァーキルに入っている。

 誰がどう見ても“詰み”だった。


「降伏の気配なしか。参ったねぇ。このままだと殲滅せざるを得なくなるんだが」

「“そういう価値観”なんだろう。だったら仕方ない」


 事態を見守るハーバードがそっと嘆息し、対するエリックは無表情のまま淡々と答えた。


 〈パラベラム〉としては彼らを皆殺しにするつもりはなかった。

 弾薬が勿体ないし、轢いたら轢いたでその後の処理が大変だ。なのでさっさと降伏してほしいくらいだった。


 ――こんな連中に勝てるわけがない!


 事実、バルバリア軍の誰もがそう思っていた。

 しかし、彼らには易々と降伏できない“理由”があった。


 ――。いや、なればこそ我らの役目があるというもの。


 〈パラベラム〉の妨げとならないよう、再度バルバリア後衛を騎馬突撃で後ろから斜めに分断したリーンフリートは歩兵が支援できる位置に戻りながら「“頃合”だな」と判断した。


「聞けい、バルバリア軍よ!」


 よく通る声で――いや、魔法で増幅した声でリーンフリートは叫んだ。戦場にいる者たちの視線が一斉に向く。


「これだけの戦力を前にした貴国の奮闘、まことに見事であった! 私はヴェストファーレン王国第一王子がリーンフリート! 名誉に懸け命まで取らぬと保証しよう! 武器を捨てて降伏せよ!」


 効果は覿面てきめんだった。


 あれよあれよという間にバルバリア軍は抵抗を止めてその場に武器を捨てていく。それが全体に波及するのにさほど時間はかからなかった。


 あまりの展開に、〈パラベラム〉のメンバーたちでもしばらく唖然としてしまうほどに。


「……まずい! DHU大隊、すぐに戦闘を止めさせろ! すぐにだ! ! 逆らう者は捕縛しろ!」


 不意に何かに気付いたスコットが無線機に向けて声を張った。

 周りもその様子を見てすぐに理解する。

 たしかにそれはだった。


「ご苦労だった、ハンセン少佐。……それにしてもやるな、あの王子様」


 スコットをねぎらったあとでハーバードは感心したように唸った。エリックもまた小さく頷いている。


「と言われますと?」


 横合いからミリアが問いかけた。


 普通であれば戦果を横取りされたと思うところだろう。なのに大佐ふたりは小さく笑っているではないか。


「要するに、バルバリアは降伏したくてもできなかった。あの王子様はそれをすぐに見抜いて動いたわけだ。大したものだな」


 エリックが代わりに答えた。

 見たところ彼はすべて理解しているらしい。


「降伏できなかった? それはどうして?」


 次に疑問を挟んだのはクリスティーナだった。

 聖女候補として学んだ彼女でも理解できなかったようだ。


 すでに答えに辿り着いている大佐たちはすぐには答えない。「少し考えてみろ」ということらしい。


 その場にいた面々はそれぞれに考える。

 唯一マリナだけは思考を早々に放棄して戦場の方を眺めていた。本人としては適材適所のつもりだった。

「コイツは大物になるかもしれんな」とエリックは密かに思った。


「ああ、。――“血”ですね?」


 そんな中、最初にわかったと声を上げたのは将斗だった。


「そうだ。俺も気付けたのはたまたまだが……。中尉のようなサムライだとわかりやすいのか?」


 ハーバードが頷き、それから将斗に困惑気味の笑みを向けた。

 サムライと言われた将斗はとりあえず笑っておくしかなかった。


「血……サムライ……なるほど。小官にもわかりました」


 次に反応を示したのはロバートだった。


「ロバート殿、どういうことでしょう?」


 クリスティーナがロバートに答えを求めた。


 大佐ふたりよりも彼の方が付き合いも長く訊きやすいらしい。

 将斗に疑問を向けなかったのは隣のリューディアを意識してだろうか。こういうところは王族だけあって如才なかった。


「いいか? まず俺たちはクソ強い。だが残念ながら正体不明だ。こんな素性のわからない相手に降伏はできない」


 苦笑してしまうが納得できる理由だった。皆も異論はないらしく一様に頷く。


「次に亜人たちだが、彼らには差別意識があるし何より長年に渡って恨みを買っている。降伏が認められるどころかどんな目に遭わされるかわからない。これがわかっていて投降なんてできるか?」


「ああ、それはどだい無理ですね……。それにこちら側も……」


 ジェームズがいささか大袈裟に首を振った。


 そう、最大の問題は

 スコットが真っ先にDHU部隊に「何もするな」と厳命した理由でもある。

 怒りに血走った亜人たちの報復を止めるには命令するしかなかった。


 無論、完全に止められるとは思っていない。

 それでもDHU大隊は今や曲がりなりにも軍隊だ。“ルールに従えない者”を炙り出す役割は果たしてくれる。


「エルンストが真っ先に指揮官を潰しても降伏しなかったのはそれだ。あのまま騎馬隊が来なかったら皆殺しにするしかなかったかもしれん」


 指揮官を失ったところで退却すべきだったが、良くも悪くも亜人部隊が殺到するのが速かった。

 これはある意味こちらの“やらかし”だろう。


「そこで最後にバルバリア軍が縋ったのがヴェストファーレン王家の“血”だ。間違いなく数百年の血統がある。こいつには軍事力も勝てんわな」


 ロバートは言いながらあることを思い出して苦笑した。


 言葉にはしないが、これこそ〈パラベラム〉がクリスティーナを担ごうとした理由のひとつでもある。

 仮に助けた聖女候補筆頭の素性が農民上がりであれば、適当に故郷へ送り届けておしまいにしていただろう。その後も知ったことではない。

 異世界で“オルレアンの乙女”の再現などするつもりはないのだ。


「いずれにせよこれで“流れ”も変わる。あとは連中がそれに付いて来られるかだな」


 依然としてやることは山積みだが、まずは目先のささやかな勝利を素直に喜びたい。

 ロバートはそう思った。


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