第113話 The clan's are marching 'gainst the law


 基地を出た亜人連合の軍勢は北へと進んでいく。その数、およそ五百人。


「目標は半日でヘリオン砦に到着することだ! 遅れるな!」


 出撃にあたって一個中隊を百名定員とし、それを五個集めて大隊とした。それぞれ順にエルフ、ドワーフ、獣人、リザードマン、ハーフリングである。

 少ない数しかいなかったり、ちょっと戦うのに向かなさそうな種族は基地に残ってもらって混成中隊を作る予定だ。

 ちなみに、大隊長は先任であるエルフの兵士が務めている。


 これまでの因縁から不満はそれなりにあるようだが、〈パラベラム〉にヴェストファーレンの後ろ盾のある以上、他種族が妙なことをすれば瞬く間に森の向こうが戦場に変わる。

 上からも相当に言い含められているのであろう。表立ってバカな真似をする者はいなかった。あくまでも小隊長レベルでは。


「訓練通りにやれ! 戦場に着く前から戦いは始まっているんだからな!」

「落伍者を出すな! 各小隊長が隊員の面倒を責任を持って見ろ!」


 大隊長に任命されたトビアス・リーマタイネンが叫び、大隊本部付きのエルフたちがそれに続く。

 トビアスは元々エリアスの護衛をしていた武術の嗜みのある青年で、王子から推薦を受けて最初期から兵士としての訓練に加わっていた。


「トニー副大隊長、とりあえずウチの中隊だけでいい。ペース配分に気を付けるように通達しろ」

「了解」


 さすがはオススメされた人材だけあってトビアスは優秀だ。

 新兵訓練終了時には中隊長にしようと思ったら、まさか他の連中が合流してきたので繰り上げで大隊長とした。


 厳しいかもしれないが何事も経験するしかない。

 ロバートはそう言って彼に任せたが、もしも自分の立場でやられたらブチギレていた自信がある。

 とはいえ今は非常時なので仕方がない。犠牲者に哀悼の意を捧げる。


「ケッ、チビどもと一緒に戦うなんていったい何の冗談だ? 子守りに行くんじゃねぇんだぞ」

「ハン、面白い冗談だ。おまえら樽どもがチビって言う方がよっぽどおかしく感じられるけどな」

「ンだとぉ?」


 ドワーフが身長差から遅れかけているハーフリングを笑い、そのドワーフをもっとも歩調を合わせている側の獣人が笑う。案の定ドワーフはそれに噛みつこうとする。

 端を歩く無口なリザードマンたちは爬虫類の瞳で一瞥しただけで、先頭を行くエルフ中隊はそれらを意図的に無視している。


「「無駄口を叩くな! 耳長どもエルフに笑われるだろうが!」」


 すぐに顔を真っ赤にした小隊長たちが飛んできて各々を黙らせる。

 この時だけは奇妙なシンクロがあった。


「あらあら、早速こじれてんねぇ」


 ライフルを担いだエルンストが後方を見やり、大隊本部中隊の面々と歩きながら笑みを浮かべる。

 困っているというよりも、事態がどう転がるか楽しんでいるフシがあった。


 今回、彼だけは〈パラベラム〉機動部隊から離れ、大隊本部付き偵察狙撃兵スカウトスナイパーとしてトビアスたちに同行していた。

 衝突の可能性が出た際、いち早く敵の将を狙える位置に動くためだ。


 ヘリがあれば先に接敵予想地点に展開していられるのだが、今回のように局地的かつ流動的な戦いでは本隊と共に行動した方が確実だ。それに加え、まだまだ実戦経験の足りない大隊に実地で指導する必要があった。

 意外にもエルンストにはそうした教導の才覚があった。


「本当にご迷惑をおかけします……」


 トビアスが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。


 明確な序列が決められた今となっては、頭を下げる相手の種族など気にもならなくなった。

 大事なことはこの戦いに勝つ。それだけだ。


「いいさ、無理くり集めた軍隊なんてこんなもんだ。トビアスが悪いわけじゃない。数が足りなかったのも事実だしな」


 皮肉屋のエルンストにしては穏やかに聞こえる声だった。

 口にした方も理解しているのだ。面子のために参加しただけで、軍人として訓練を受けていない連中がどれだけ役に立たないか。

 また、そうとわかっていても数の絶対的な不足を補うため、無理矢理にでも使わねばならないことを。


「ええ。エルフだけではとても足りませんでした。ヘリオン砦に詰めている防衛中隊と合わせても二百人では……」


 だが、あのままではその戦力で敵国へ侵攻するしかなかった。

 その場合は〈パラベラム〉の全力支援体制下での戦いとなっただろう。今となってはどちらがよかったかわからない。


「ただなぁ……。あんましチンタラしていると、“後ろの連中”が痺れを切らせて単独突撃しかねないぞ」


 少しだけいつもの調子に戻ったエルンストの言葉にトビアスの顔が青くなる。


「ご勘弁を。そうなると我々の面目が立たなくなります。ヴェストファーレンの騎兵隊との合流に遅れたら、亜人連合DHUそのものの存在価値が疑問視されてしまう……」


「気持ちはわかるがね。こればっかりは俺たちがケツを蹴り飛ばしても意味ないからなぁ。――だよな、HQ?」


『――こちらHQ“ペインキラー”。後ろから105mm砲でハッパをかけるってか? どこぞの督戦隊とくせんたいじゃないんだ、そんなアホな真似はできん』


 スコットの呆れ声が聞こえた。


 作戦上、彼ら亜人大隊の動きに合わせて〈パラベラム〉の機動部隊が後を追いかけていく形だ。

 さすがに徒歩かちの兵士たちと一緒に動くのは効率が悪い。

 監視用のUAVがリアルタイムで送って来るバルバリアの動きを見るに、まだこちらからの本格侵攻は察知されていないようだ。


「敵に動きはないのですか?」


 大隊長権限で無線機インカムを与えられているトビアスが疑問を挟んだ。


『動員は進んでおり、次の部隊が王都を出たのも確認されているのですが、それも砦に向かう兵力のみですね。騎馬と歩兵の混成部隊ですが、いいところ五百もあるかどうか……。それも歩兵が多いです』


 タイミングよくミリアから報告が入る。


『なんだそりゃ。あいつら、やる気あるのか?』


 ウォルターが回線の向こう側で怪訝な声を上げた。

 デルタチームはヴェストファーレンとは逆側から敵の側面を衝けるよう、チームだけでストライカーを調達して先に進んでいる。

「ああいう連中は自由にさせておいた方が使い勝手がいいし戦果も上げて来る」とはハーバートの判断だった。


『違いますよ。ベックウィズ少佐がひとりで大暴れしたから王都の守りが固くなっちゃったんですよ。ある意味、わたしたちにとっては好都合かもしれませんが……』


 ミリアはあくまで冷静に突っ込んだ。いや、呆れてさえいる。


『そうか。だったら、破壊工作に勤しんだ甲斐があったな……』


『さらっと嘘をつくんじゃねぇよ、絶対に勢いでやっただろ』

『城壁に穴開けたんだろ? そらそうもなるわな』


 苦し紛れの言い訳は誰からも許されなかった。ロバート、スコットの順番でなじられる。このふたりに言われると納得しかねるのはなぜだろうか。


 とはいえこれ以上は反論もできない。


 その気になればストライカーで城門を破壊して逃げ出すこともできたのだ。

 面倒くさくなって人気のないところから逃げ出したと認めるわけにはいかない。


「いずれにしてもこの期に及んで致命的な対応の悪さだな。おかげでヒヨッコどもに準備が整った状態で戦わせてやれるわけだが」


 マイクをミュートにして、エルンストは敵の動きをそう評した。

 先ほどまでに上がった理由以外にも、これまでの戦いで個別撃破され過ぎて人材が枯渇し、予備兵力の動員に手間取っている可能性もある。


「さぁ、まずは砦までハイキングだ。そこから交代人員との入れ替え、休憩――早ければ戦いは明日だな。まだ始まってもいない。それを忘れるな」


「はい、クリューガー大尉」


 向けられる視線は鋭い。

 トビアスは表情を引き締めて敬礼をした。


 バルバリアの動きの遅さに乗り、好機と判断した侵攻部隊はまずは途中にあるヘリオン砦を目指す。



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