第114話 Death or Glory We will find
その後、数時間かけてDHU混成大隊はヘリオン砦に到達した。
もうすぐ日も暮れる。今日はここで野営だ。
こちらの接近に気付くと砦の門がゆっくりと開かれ、詰めていたエルフたちが中から出てくる。
彼らの多くが今やすっかり陽に焼けて気持ちダークエルフのようになっていた。
どこか安堵した表情を浮かべているのは気のせいではないはずだ。
神経を尖らせているのだろう。遠くからも疲労の色が見えた。
彼らが種族混成大隊の他種族へ向ける視線はお世辞にも好意的ではないが、それでも敵意や隔意までを見せない忍耐が読み取れた。訓練の
「まぁ、予想していた通りになったな」
「嬉しくない方向にですけどね……」
到着した部隊の様子を見たエルンストは小さく鼻を鳴らし、次いでトビアスが眉根を寄せて溜め息を吐いた。
ふたりにとって喜ばしいとは言えない状況が広がっていた。
あれだけ偉そうにしていたドワーフは疲労で口数が目に見えて少なくなっており、ハーフリングに至ってはすっかり息が上がっている。獣人もその見た目から表情はわかりにくいが、訓練を受けたエルフと比べれば明らかに疲れていた。
このあたりは種族特性――端的に言えば向き不向きの問題だろう。
そして、こうなるのは最初からわかっていた。
持久力のない種族を侵攻部隊から外した方がいいのはわかっている。
しかし、それはそれで後々の不和を生む。
「あの時参加していれば実力を発揮できたに違いない。今が間違っているのだ」と言い出す者はかならず現れる。
それは何としても封じておきたかった。難しい問題なのだ。
「中隊長、久し振りだな。訓練を終えた第四小隊と第五小隊を連れて来た。残念ながら実戦の空気には触れられんかもしれん。ただ、貴官の交代はもうしばらく先になりそうだ」
「構いません。ここが守りの要です。職責の重さは理解しているつもりです」
微妙な空気の中でも、トビアスの命令を受けた守備隊中隊長は綺麗な敬礼で応えた。
自分に与えられた役目が種族の将来を決める。
使命に対する強い意志が見えた。
この男なら大丈夫だろう。そう思わせるものがあった。
「まだしばらくは大変だが……じきに流れも変わる。それまでは頼んだぞ」
「はっ」
トビアスは次の仕事に移る。
エルンストも余計なことは言わず大隊長の後ろをついていく。
「第一小隊と第二小隊は本部基地へ下がって休養と次の訓練にあたれ。空の荷車を持って行くのを忘れるな!」
交代作業の監督だ。
籠城するエルフの中隊へ補給物資を運び込み、三分の二を交代させて後方に下がらせる。
狭苦しい環境で自由もない彼らには強いストレスがかかるため、定期的なローテーションを組んでやる必要があった。
これはエルフが言い出したのではなく〈パラベラム〉からの指示だ。
「は? 交代だって? いい身分のエルフ様だな」
「ちっ、余裕ぶりやがって。たまたま先に異界の者と接触できただけのくせに」
エルンストが聴覚を研ぎ澄ませるとそんな陰口が聞こえてきた。トビアスの耳も小さく動いているから聞こえているのだろう。
――聞こえてるぞ、
陰口の発生源は各種族から選出した
特に今回はエルフへのものが顕著だ。先駆者への敬意でなく妬みの感情オンリーなのは少々問題と言える。
「……あまり気にするなよ」
「平気です。
「上出来だ。この状況でそう言えるならいい兵士になれる」
同道するエルンストはトビアスの肩を叩いた。
たとえ強がりでもそう言えるだけずっと立派だ。
どうやら獣人やドワーフたち武闘派種族からすると、定期的な交代配置は軟弱に映るようだ。馬鹿にするような空気さえ漂っている。
周りを眺めていたエルンストはほとほと呆れた。
もはや皮肉も出ない。経験してもいないのに安易な言葉を吐くようでは先が思いやられる。
――そもそもお前ら、エルフより疲れていただろうが。
この調子ではこの先どうなることか。考えると頭が痛くなる。
バルバリア戦後にはきっちりと訓練を施さねばならない。下手をすると教会軍との戦いに出すどころか、訓練段階で脱落者が出る。それはそれで仕方ない。
少なくともエルフはクリアしたのだ。そのためには教官の人員も確保しておく必要がある。
とはいえ、まずはこの戦いが先か。
自分らしくないと思いつつも、立場や環境が人を変えるのだなとエルンストは自分を納得させた。
明くる日、砦を出たDHU混成大隊は北上を続け、平原から丘陵地帯へ入ろうとしていた。
「全部隊停止! 陣形を組め!」
大隊長の指揮の下、各中隊が展開を開始する。
基本的に、それぞれの種族で得意とする武器に偏った、〈パラベラム〉メンバーからすれば頭を抱えたくなるような編成だった。とはいえ、新たに訓練している時間もなかったのだ。
「俺は先に隠れる。あとは頼んだぞトビアス」
「お任せを。大尉に活躍いただく隙間を作り出して見せます」
「よろしく」
「はい。――エルフ中隊、戦闘準備! モタモタするな!」
その中で、いち早く訓練を受けていたエルフ部隊は、クリスティーナの助言と将斗の知識を受けて
「会敵まで時間がないぞ! 各中隊はあらかじめ決めた段取り通りに動け! 各小隊にも徹底させろ!」
指揮官たちは慌ただしく動き回っているが、末端の兵士はだめだ。完全に舐め切っている。
「状況さえ整えばヒトなど容易い」と言わんばかりの慢心に満ちていた。
「あいつら、本当に勝つ気があるのか?」
「後から来た連中に当事者意識がなさ過ぎる。あれで兵を名乗るとは笑いたくなるな」
後方から双眼鏡で様子を眺めていたハーバートが呆れ交じりの声を漏らし、エリックが毒を吐きながら頷いた。
「ところで
「戦史は俺の専門じゃないし現地人でもないんだが……」
「べつに満点の回答を求めてるわけじゃない。どの道、俺たちに直接亜人たちを指揮する権限はないだろ」
戯れだと笑うエリック。
それを受けたハーバートは不承不承だが考えを巡らせていく。
「そうだな……。もしやるとなれば、まず肉壁役のドワーフに突撃を受け止めさせるな」
「ふむ」
「次にエルフの弓で支援させつつ、獣人とリザードマンの機動力で敵を攪乱させる。困惑している連中がいたらエルフお得意の弓で積極的に指揮官を狙う。これが鉄板だろうな。補助部隊は最前線に立たせたら死ぬ。とりあえず矢玉の補給を頑張ってもらうしかないだろ」
「それしかないか」
自分もそう考えていたとエリックが頷いた。
亜人の部隊運用に関する教科書があればそうなるだろう戦術だ。
「ああ。ただ、その連携が最大の関門だ。何しろ訓練も各種族で分けて、ようやく少しだけ集団行動ができるようになったっていうからな」
ついでに言えば、従属を決めたのが遅すぎて訓練時間が確保できなかったのだ。
傍で聞いているロバートはそう思ったが、余計なことは口にしない。
「は? この期に及んでまだ種族がどうのこうのと言っているのか?」
エリックにはとても信じられなかった。
先ほどハーバートの言った戦法通りに戦えても勝てる保証などないのだ。それをわかっていない連中が多すぎる。
――所詮は今まで自尊心を拗らせて引きこもっていた連中か。
そう吐き捨てたくなるが、困ったことにこいつらが味方なのだ。
地域の勢力図を変えるためにも勝たせる方法を考えねばならない。
「だったら、なおさら手段を選んではいられないな。――マッキンガー少佐!」
「はっ」
「横槍で悪いが出し惜しみは無用だ。M1129を使え。ここで無理にでも勝たないと全部が狂うぞ」
ついにハーバートが介入指示を出した。
彼が視線を送る先にあったのは、今回追加で召喚したM1129ストライカーMC(Mortar Carrier)だ。細かく説明すると長くなるので割愛するが、要するに自走120mm重迫撃砲である。
これまで防衛用に設置していた81mm迫撃砲。これを超える破壊力の砲弾を降らせる兵器が装甲車の機動力と共に行動するのだ。
もちろん、先を進む歩兵に合わせねばならないため、総合的な展開速度についてはカタログスペックを大きく下回ることになる。
しかし――先に布陣した今なら関係ない。
「よろしいので?」
ロバートは遠慮がちに問いかけた。
上官相手となればいつものようにはいかない。
「問題ない。所詮は局地戦だ」
「貴官は彼らに戦わせて当事者意識を持たせようとしたようだが俺の考えは違う。まずはどうであれ勝つこと。そうでなければ何も始まらない」
エリックが短く答え、ハーバートが補足した。
強い口調ではないが有無を言わさぬ圧力を感じた。
「いいか、少佐。勝ったうえで連中に突きつけるんだ。『お前たちはクソの役にも立たなかった』と。これで意識が変わらないようなら飼い殺しにした方がいい。どうせ未来永劫なにもできん」
話は終わりだとハーバートはインカムを起動させた。
その際、ロバートに不服はないかと様子を見ていたことに当人は気付いた。
――なるほど。遠慮はしてくれてるんだな、これでも。
「──ストライカーMC、120mm迫撃砲用意! 敵が戦列を整えたら地面と共に耕してやれ!」
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