第112話 Ready Steady Go
「今の時点では種族ごとにまとめています。いずれは彼らの“個性”といいますか、種族特性なども勘案して混成部隊を作り上げるべきとは思います。ですが、これまでお互いにいがみ合っていたため、今すぐやるにはかえって危険かと……」
問われたミリアは困ったように答えた。
武器や物資はその気になればいくらでも調達できる。
しかし、これまで反目し合っていた心までどうにかすることはできない。部隊を振り分けても、指揮権をめぐり種族間で問題を起こすのが目に見えていた。
「なるほどな……。部族同士を無理にひとつの国にしようとした形か。となると、なおさら俺たちが頑張らないといけないわけだな。……ロバートが俺を呼んだ理由がわかったよ」
「あの演習のおかげで経験豊富なお歴々がリストにいましたんでね。応えてくれたのは本当にありがたい話です」
軽く頷いた金髪の男は、ロバートの方を見て苦笑を浮かべた。
対するロバートも似たような笑みを返した。
「いくつになっても好奇心は失わないにかぎるな。向こうには向こうの俺がいるなら悪い話じゃない」
全体的にチョイワルな雰囲気の漂う彼はハーバート・P・ケネディ陸軍大佐。グリーンベレー第1特殊部隊グループの司令官だ。
召喚時のアバターが、元の肉体をベースにしてさえいればわりと自由に選べるので、おそらく元々持っていた趣味なのだろう、顎にだけヒゲを蓄えている。
「割と陸軍に合わせてくれてるんだな。……で、現在召喚可能なのはストライカーファミリーで
強いどころか反則レベルである。とはいえ、存在を知られていない武器だからかえって使いにくいのだが。
「騒がしい。妙な世界に来て物珍しいからとあまりはしゃぐな、ケネディ大佐。部下たちの前だ」
一方、神経質そうな印象の細面に、これまた狙ったくらい細長いレンズの眼鏡をかけた銀髪蒼眼の男が冷ややかな言葉を浴びせた。
「これは失礼。エリックみたいに黙ってるとわからないかと思ってな」
「必要があれば口を開く。今は必要がないから黙っていた」
エリック・D・マクレイヴン海軍大佐、彼も特殊部隊――DEVGRUの司令官だ。
言うまでもなくスコットの上官である。あの無頼漢一歩手前の彼をして「クソ面倒くさいがクソ有能」と言ったため選考対象に入ったのだ。
冷静沈着を絵に描いたような見た目だが、例の“招待メール”に応えた以上、彼の中にも地球以外の場所で暴れてみたい欲求はあるのだろう。その証拠に彼もアバターをキャラクター性重視にしている。
現時点ではまったく見えてこないが、それよりもスコットがいつもより大人しいのは面白い光景だった。
このふたりの召喚経緯だが、エトセリア商会連合との商業契約締結によって新たに人員の制限解除された。司令官としての業務に悲鳴を上げていたロバートとウォルター、それに自分に火の粉が降らないようにとスコットも加わっての協議した結果、彼らを迎え入れた形になる。
揃いも揃って都合よくVR演習に参加していたのは幸いだった。
素直に自分の
「相変わらずクソ真面目だな、エリックは」
「疑問なんだが、私は君とファーストネームで呼び合う仲だったかね?」
「あん? 俺は呼んでもいいと思ってるし、呼んでくれてもいいぞ? あ、それともハーヴィーって呼びたかったのか?」
「…………」
エリックは絶句した。まったく皮肉が通じていない。
すぐに短く息を吐いてロバートを見て小さく頷いた。「話を続けろ」ということらしい。
「簡単ですがこんな状況です。おふたりには今回の侵攻作戦の中で、この不思議な世界に慣れていただければと思います」
ロバートは「このふたりで本当に大丈夫かな……」と若干の不安を覚えながら話を進めることにした。引き継いだミリアが再度語り出す。
「作戦開始日程は――」
「
台の上に立ったロバートから声が発せられた。
〈パラベラム〉基地の広場には兵士として選出されてきた亜人たちが並んでおり、それぞれが視線を
戦うために集まった以上、意欲はそれなりにありそうだが、不安だけでなく猜疑心にも似た感情がまだまだ多くに残っている。
これは偉そうにしているヒトに対するものだけではなく、同じく参加している他種族へ向けられたものだ。長年堆積した反発心だったり偏見だったりの
もっとも、ロバートをはじめとした〈パラベラム〉のメンバーにとってそんなものはどうでもいいのだが。
「
ロバートがニヤリと笑うと兵士たちの何人かから笑い声が上がる。大半がエルフ兵たちのものだった。
周りにいる種族たちは「何がそんなに面白いんだ」と信じられないものを見る目をしていた。
これから殺し合いをするというのにどんな神経をしているのか。目線が如実に物語っていた。
無論、すでに過酷な訓練だけでなく、実戦まで経験しているエルフたちはそんなものは意に介さない。先駆者の余裕があった。
鼻で笑われたりはしなかったが、周りの種族はそれがまた気に入らない。先に何かを手に入れた者への嫉妬の感情だった。
「諸君らが長年にわたり虐げられたきたことは重々承知している。しかし、それだけではない! 古き時代に失われた祖先の名誉を取り戻すため、昨日まではなかった自由を手に入れるため、戦いに命を捧げる時が来た!
「「「AHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」」」
エルフたちが腹の底から声を出して叫んだ。蛮族というよりも戦闘民族一歩手前である。
――あーあ、すっかりたくましくなっちゃって……。
亜人たちが集合している場所から少し離れた場所、将斗たちは彼らを眺めていた。
何とも言えない気分だ。一部で盛り上がっている暑苦しいエルフたちを見るにどうしてこうなったと思わなくない。周りのメンバーも同じような視線である。
「あれくらい気合いがないとダメだよな」
「野郎のエルフならべつにマッチョになろうが関係ないしな」
「女エルフの時は女性教官呼んでもうちょっと優しくしてもらおうぜ」
ごく一部は満足そうに感想を言い合っている。こちらは訓練でああなるように仕込んだ教官どもだ。
「俺はああいうの嫌いじゃないが……」
「いいのか? 周りの種族がドン引いてるぞ?」
ハーバートとエリックが教官責任者を務めていたスコットに問いかけていた。
まだ来たばかりなのもあってふたりとも遠慮気味だが、やはり質問も向けられる方は堪ったものではない。事情聴取されている気分だ。
さすがの巨漢も今回ばかりは神妙な表情となっている。
「あー、当時は他の種族も加わっていなかった、いや、参加するかもわかっておりませんでしたので。まずは戦いに投入できるだけの精神と自信をつけさせる必要がありました」
嘘は言っていない。教官たちと趣味――もとい、教育方針が合ったのを伏せているだけで。
彼らのせいで、先んじて同盟関係となり〈パラベラム〉の現代地球式訓練を受けていたエルフ兵はずいぶんと変わった。いや、変わってしまった。
“森の賢者”などと言われていた姿はどこへ行ってしまったのか。食糧事情の改善に栄養学と科学的トレーニングにより彼らはむさ苦し――もとい、分厚い筋肉を身に付けた。まさに諸行無常である。
しかし、この強靭さがなければこの先生き残っていくことなどできはしない。なにしろこれから戦争なのだ。
上官の手前口には出さないがスコットはそう思っていた。
「諸君ら歩兵部隊が敵を蹴散らしながら進軍し、ヴェストファーレン王国の騎兵部隊が横から掩護する。彼らの参加を気取られる前に敵を引き付けなければならない。無論、我々も支援を怠るつもりはない」
ようやくヴェストファーレンでの“下準備”が完了したらしい。多少のゴタゴタはあったが、国内の親教会派を説得、あるいは粛清したという。
クリスティーナが連絡役として昨日こちらに来ており、今回の作戦概要についても説明し、今は伝令を王都へ走らせている。
「いいか、ここからが本番だ! 貴様らがいつまでも侮蔑の意味で
ついに会場が大きく湧いた。
この期に及んでエルフたちだけに気合いを見せつけられるわけにはいかなかった。声はバラバラだったが熱だけはあった。魂からの叫びだった。
「よろしい! これよりオペレーション“
かくして、歴史に名を残すであろう最初の作戦が始まる。
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