第4話~東部戦線編~

第111話 反攻作戦


 暗くなった室内では投影機プロジェクターが壁に映像――周辺の地図を映し出している。地図には赤い文字でいくつかの書き込みがあった。


「皆さん、ようやく準備が整いました! 待ちに待った反攻作戦の時間です!」


 〈パラベラム〉幹部勢が揃った基地会議室で、司会進行役を務めるミリアが口火を切った。

 “オペレーター”の言葉へ呼応するように、室内の温度がわずかに上昇した気がした。


 今回はミリアも「自分の出番!」と気合いを入れてか迷彩服に身を包んでいる。

 尚、各軍バラバラでは統一感が出ないため、〈パラベラム〉の戦闘服は米陸軍仕様の迷彩服を採用していた。


「ここ最近の情勢を振り返りますが、北西部に築き上げた砦は完成し、敵軍に対して確実に抑止効果を上げています。バルバリアの侵攻は一旦弱体化したと言ってもいいでしょう」


 討伐部隊を撃退した回数はすでに片手の指を超えようとしている。

 相手がこちらを過小評価していることと、なるべく生き残りを出さないようにしていることが功を奏した形だった。


 とはいえ、これがいつまでも続くわけではない。


「しかし、彼らが本気を出して軍勢を送ってきた場合、包囲戦力と同時に迂回戦術まで取られれば砦がそっくり遊兵化しかねません。これは早晩実施されるでしょう。そのような事態を防ぐため、今回わたしは敵国土占領作戦を立案します」


 語気を強めたミリアは、バルバリア国土へ円を描く形で緑色のレーザーポインターをそっと走らせた。

 言葉を受けた面々は、無意識ながら画面に向けた視線を鋭くする。


 エトセリアでの“小規模作戦”から一週間後、〈パラベラム〉――いや、〈新人類連合〉は新たな局面を迎えようとしていた。


 今回の作戦は、亜人歩兵部隊と〈パラベラム〉の部隊を使い分け、いよいよバルバリア本国への侵攻を開始するものだ。


「立案ご苦労、ミリア。ついでと言っちゃなんだが状況報告も頼めるか?」


 の上級者であるロバートが軽く頷き、次いで続きを促した。


 彼の席よりも上座にいるふたりは映し出された画像を眺めたままで特に反応を示さない。手元のメモにはペンを走らせているあたり、無関心というわけではなさそうだった。


「はい。状況としましてはまず亜人各種族が従属を決めました。これは皆さんご存じかと思います」


 ミリアが周りを見渡した。何人かが頷く。


「彼らの受け入れなどに時間を割かれていましたが、昨日なんとか歩兵部隊の編制が終了しました。反攻作戦が可能な戦力が用意できたと判断しております」


「数だけはってところだが、やらないわけにはいかないからな。異存はない」


 “元”副総司令官のスコットが同意の声を上げた。


 ロバートたちがエトセリアから帰還したタイミングで、ドワーフ、獣人、ハーフリング、その他リザードマンなどの種族から連合への参加表明があった。

 ウォルターは満面の笑みでクソ面倒くさい責任者の仕事をロバートに投げ返し、そこからのゴタゴタの結果として新たな二名が加わった。


 この話は一旦後に回す。


「デルタチームも問題ない。訓練は見たがエルフたちよりずっとヒヨッコ揃いだな。今のところいるだけしか価値のない連中だが……。まぁ、後々のことを考えると仕方ないだろう」


 最後にウォルターが声を上げた。

 彼が言及したように、エルフの目まぐるしい発展を受け、様子見に徹していた他の亜人種族は大混乱に陥った。


「俺らがすげなくしたせいで焦っているんだろうさ。今を逃しちまうと、ヒトどころかエルフの属国になる可能性まで出て来たからな」

 

 ロバートが「いい気味だ」と意地悪く笑ってみせた。会談の時の舐めた態度を今でも根に持っているらしい。周りの者たちも気持ちはわからなくもなかった。


 彼の言う属国まではいかないにしても、ヒト族と異世界の軍勢との連合と同盟を果たしたエルフだけが文明圏に参加しつつある。このまま自分たちが排除されてしまう未来を望まなかったのは間違いない。


「面倒は増えましたが、これも必要経費ってところでしょう。後でじわじわ効いてきますよ」


 三人の少佐たちを宥めるようにジェームズが声を上げた。


 かくして教会秩序に真っ向から中指を立てかねない亜人連合Demi-Human Unionは、エルフを盟主として各種族が彼らの下に付く形となった。


 これはあくまで暫定的な処置であり、今後の功績などで序列が変わる可能性もある。

 エルフも他種族よりも発言権が与えられているとはいえ、地位に慢心していてはいずれ蹴落とされることもあるだろう。


 もっとも、彼らの生の声を聞いている将斗たちはあまり心配はしていなかった。


「皆さんのおっしゃる通りです。我々も好き嫌いだけ動けない身代になってきました。予想通りであれば、もうじき教会からのリアクションがある頃です。これに伴い、いい加減バルバリアを黙らせる――いえ、


 オペレーターの割にずいぶんと前に出て来たものだ。

 何人かは彼女の様子に苦笑していたが、決着をつける――その言葉に一同の表情が引き締まった。


「あー、その亜人とやら? そいつらの編制はどうなっているんだ?」


 ここでもっとも上座から声が上がった。

 それまで黙っていた、ふたり並ぶ若い戦闘服の片割れだった。

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