第109話 宴席


 明くる日の晩、ヨハンネスの発案でちょっとした宴会が開かれることとなった。


 何を祝して、と名目は掲げない。

 ヴァンハネン商会をはじめとしたエトセリアの商会は、各方面に商売を拡大する機会を得られた。しかし、現時点で国がまとめ役として入ってはおらず、それらのことをおおっぴらにはできない。

 また、ノルドマン商会を直撃した事件も、ヴァンハネン商会が巻き込まれた側とはいえ血腥ちなまぐささから宴席の場で語るには相応しくない。


 強いて言うなら、出奔していたサシェが家族と無事に再会できたことくらいか。


 皆がそれでいいとした。所詮は建前だがそのあたりが大事なのだ。


「まぁ、落としどころとするならそのへんだろうな」

「いつもより暴れっぷりはマシでしたものね。建物が燃えたり吹き飛んだりもしてませんし」


 ロバートの言葉にクリスティーナが反応した。

 どうもこれまでに積もった何かが出ているような気がする。


「……どうも信用がないな」

「いいえ、断固たる武力としての“信頼”ならございますから」


 ふたりの言い合う軽口に皆が苦笑した。


 少なからぬ血が流れた。それに対する陰鬱な気持ちがないわけではない。

 ゆえに明るい話で気持ちを切替える必要があった。これも“儀式”の内なのだ。


「はー、すごいねぇ。えらい気合いが入っているじゃん」

「商人はこういうところで手を抜かないのでしょう」


 エルンストが感嘆の声を上げ、将斗が頷いた。

 宴会の場所は商会の建物ではなく、王都エトランゼでも相応の格式のある店を押さえた。


 これにも理由がいくつかある。

 非公式ながら一国の王女であるクリスティーナがおり、また裏組織とはいえルンドヴァル一家のステファンとヴェイセルにも声をかけているからだ。

 前者は成り行きだが、後者はノルドマン商会との一件から手を引いてくれたことへの誠意でもある。これに加えてヴェイセルを独立――それも隊商の護衛業に転換させるための親睦会的な側面があった。お互いの顔見せと言い換えてもいいだろう。

 これをヴァンハネン商会の建物でやるわけにはいかなかった。


「英国貴族なんかでも未だにあることですよ」

「たまに忘れそうになるな。おまえが上流社会ハイソの出だって」


 ジェームズの言葉にスコットが笑う。


 諸々の事情により、各々が分かれて店を訪れ、そこで偶然出会って言葉を交わしたとしたのだ。

 さすがに非公式であってもクリスティーナの扱いが難しいかった。


「このような回りくどい真似をするのは申し訳ないのですが……」

「とんでもございません。勿体ないお言葉です姫殿下。我々のような日陰者にお声がけいただけるだけでも……」

「ステファン老、ヴェイセル殿。己をそのように卑下されないでほしい。あなたたちのように他者をまとめられる人間は得難いのです。いずれは表に戻るつもりで今後のご助力を願いたい」

「「はっ、かならずや……」」


 夜会服に身を包んだクリスティーナの前で深々とこうべを垂れるステファンとヴェイセル。

 ふたりとも、まさかこのような栄誉に浴せるとは思ってもいなかった。精一杯めかしこんだ格好で感動に震えている。

 自分たちの国エトセリアの王族に会っても果たしてこうなるだろうか。(元)聖女(候補)のオーラにやられてしまったのかもしれない。


「馬子にも衣裳と言うつもりはないが、うちの女衆もたいしたもんだな……」

「そういうのは思っていても言わないもんですよ」

  

 軍の礼服に身を包むロバートが声を上げ、ジェームズがそっと窘めた。


 彼らの視線の先ではクリスティーナのみならず、ミリア、リューディア、サシェ、マリナがそれぞれの髪色に合った夜会服に身を包んでいる。

 ミリアが召喚機能で用意したのだ。“外交作戦用衣装”でいけるそうだ。本当に何でもありの機能だ。


「もう少し褒めてくれてもいいんじゃないですか、男性のみなさん~?」


 ミリアが不満そうに言った。そんな表情をしていても愛嬌があるから不思議なものだ。

 そう、用意したのは衣裳だけではない。どこでそんなスキルをと思うメイクアップ技術もミリアは用いており、非公式な集まりどころか城の舞踏会でも通用しような域に高めている。

 かなり疲れたらしく「そろそろ女性隊員もんでほしいんですけどね……」と口にしてはいたが。


「どうだよ、スコットのおっさん」

「こういうの着るの初めてなんですけど……似合ってます?」


 ひと通り参加者と他愛もない会話をしたところで、マリナがサシェを連れてやって来た。

 それぞれに赤と薄桃色のドレスと髪の毛に合わせているようで、マリナは凛々しく、サシェは可愛らしく仕上がっている。

 冒険者としての活動でマリナがやや強く日焼けしているが、あくまでそれも健康的な範囲だ。サシェはローブのおかげか元々のもあるのか色白さが残っている。

 尚、〈パラベラム〉に合流してからはミリアが用意した石鹼だのでケアをしているため出会った頃から比べると磨かれた美しさを有している。これで似合っていないわけがなかった。


「あー、うん。まぁ……いいんじゃない、か……?」


 こういう時に限って、スコットはいつもの口調を維持できなかった。

 いや、。普段そういう目で見ていなかった少女ふたりから“女”の匂いを感じてしまったからだろうか。


「なんだよー、つれないなー。もっとちゃんと見ろよー」


 コメントが不満なのかマリナが近付いて来る。近過ぎである。

 続くようにサシェも近付いて来ていた。いつものようにマリナにくっついてなのか。はたまた彼女も自身の晴れ姿を見せようとしてか。

 爽やかな香水の香りもする。これは毒だ。酒に逃げようにも乾杯はまだ少し先だ。ここにいては危険だった。

 助けを求めようにも、ロバートはクリスティーナ、リューディアは将斗、ミリアはジェームズに感想を求めに行っている。フリーなのはエルンストくらいだったが、事態を面白そうに見ているだけでまるで助けにはなりそうもない。


「ちょ、ちょっとタバコ吸ってくる。歓談しててくれ」


 顔に熱が生まれたのを感じたスコットは逃げるようにバルコニーに出た。


 ――クソ、なんだってんだ。ハイスクールの学生じゃあるまいし!


 とにもかくにも精神を落ち着けねばならない。こういう時は煙を吸い込むのが大事だ。無論、煙草にそんな真っ当な作用はない。


「ふぅ……」


 誰に聞かせるでもなくひとりで煙草を燻らせていると、ようやく気分が落ち着いてきた。

 ふと窓の方に人の気配を感じた。視線を向けるとこちらへ近づいて来るヨハンネスの姿があった。



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