第100話 女三人寄れば姦しく、四人になるとやかましい



 城壁で手続きを終えたスコットたちは門をくぐって中に入った。


「ここがエトセリアの王都――エトランゼです」


 最初に声を上げたのはサシェだった。


 ほとんど円形に近い主壁の直径は事前に収集していたデータでは約1.5km。壁の高さは見たところ10mくらいだろうか。

 基部の厚さもそれなりにありそうで防御塔も備えている。


 これで堀でもあれば良いのだろうが、そこまでの資金はなかったものと思われる。

 主壁の城門は全部で四か所。すべて分厚い鉄で補強されているのは幸いであった。


 ここエトセリア王国は城壁国家と言っても過言ではない。もっとも、中小国の王都なんてこんなものだと言えばそれまでだが。


 抱える人口は三万人ほど。

 もちろん民のすべてが都市内に住んでいるわけではなく、他の城壁都市やマリナのような周辺に点在する村々の人たちも計算に入れている。

 大陸の北側で細々と交易が行われている国の中心がここで、この地方では特に重要と位置付けはされていない。


「麗しのふるさと……って気にはなれないけどねぇ」


 軽口の割りには呑気なマリナと、その横でどこか落ち着かない様子のサシェを入れた女チームが先導する形で進んでいく。


 その後ろでは男チームが木製リアカーもどきを引いていた。

 実際に交易を開始するとなれば人を出すこともあるため耐久試験も兼ねてだ。

 近くまで車両で引っ張って来たので、よりハードな試験となっているのはご愛嬌である。


 尚、荷物の中身は文化侵略用戦略物資――もとい交易品だ。候補の品をリストアップしていくつか持って来た。

 途中でヴェストファーレンにも寄って話を共有しており、仮にエトセリアが上手くいかなくても品々はそれなりに西方へと広まっていくだろう。


「へぇー、思っていたよりもちゃんとした都市じゃないか」


 辺りを眺めたエルンストが感嘆の声を上げた。


 地元組ふたりに案内されて歩くエトランゼは、割と近くにならず者国家バルバリアが存在するとは思えないほど落ち着いた街並みだった。


 石畳も敷かれており、街の規模に見合わない小綺麗さとでも言うべきか。


「北方の空白地帯って言うのかな。北に行っても山脈に蓋されて特に何もないし、他は西や南に大きな国が複数あったりで案外平和なんだよ。人口が多くないから食糧不足にもならないし」


 ここで意外にもマリナが答えた。


 最近、サシェにひっついてあれこれと学んでいるせいか語彙が増えてきた気がする。指摘すると怒りそうなので黙っておくが。


「なるほどな」


 頷きながらも、スコットにはすでにおおよその見当がついていた。

 これも地理と政治の理由によるものだ。


 簡単に言えば、強力な魔物の襲撃を退けて険しい山を越えて来ない限り、もっとも近いバルバリアには奇襲侵攻が不可能だった。

 無論、山脈を避けて南下すれば軍勢も送り込めただろうが、そこまでするメリットが存在しないのだ。


エトセリア民わたしたちにとっては幸いでした。細々でも西側諸国や南のヴェストファーレンと交易していれば、国は維持できていたのですから」


「バルバリアはイヤな感じだけど、下手に侵攻なんてしたら周辺国どころか教会を刺激するからね。それなら亜人領域を荒らしていた方がずっとマシだったんだと思うよ。エルフの前では言えないけど。……あっ」


「ふふ、わたしは気にしてないぞ、マリナ。国際政治なるものを学んだ身としては、他種族を責めて森に閉じこもっていた自分たちの消極さを恥じ入るばかりだ。……とはいえ、他の者の前では控えてもらえると助かる」


 サシェはさておきマリナのは失言だ。

 しかし、フードで耳を隠したリューディアが上げたのはフォローの声だった。


「ごめん、リューディア……」


 あまりに距離が近いせいですっかり友達気分でいるのだ。

 リューディアはこれでもエルフ王族なのだが……。


 ――まぁ、ひとりやふたりこういうヤツがいた方が気楽なんだろう。


 スコットは口を挟まない。


 名前ばかりが先行しているが、エルフの国はまだまだ“国家ごっこ”のような段階だ。

 今はとにかくヒトとの異文化交流を進めた方がいい時期でもある。見守って問題があれば適宜修正していけばいい。


 それよりもスコットはそれぞれが口にした言葉に驚いていた。


「おまえら、成長したな……」


 ふとスコットから声が漏れた。

 なんだか生徒の成長を目の当たりにした教師の気分だった。軍隊にいては味わえない感慨かもしれない。


「なにさ、いきなり」「え、もしかしてマリナと同レベル扱いされてました?」「サシェ、それはもっと文句言ってもいいと思うぞ」


 三者三様の反応は、すっかり感心しきっているスコットに届かなかった。


 たとえ筋肉モリモリマッチョマンの脳筋野郎にしか見えなくても、海軍少佐になれるくらいなので本質はインテリなのだ。

 自身が座学を教えたこともあり、そうした知識が着実に根付いているのはやはり嬉しいものだった。当事者たちの反応は無視しているが。


 とはいえ、こうした諸々を実感すると、今度は“次なる欲求”が湧き上がってくる。それが目の前に広がっていた。


「見れば見るほどこの国は勿体ないな。……せっかくだし、もっと大きくしてみたくなる」


 ふと気付けばスコットはそう口にしていた。どうも事態を面白がっている自分がいる。


 今回の作戦は軍事力で無理矢理相手を従えるのではなく、豊かになった富を“お裾分け”していくだけだ。

 一見慈善活動のようだが、そうしていくうちに回り回って利害関係が複雑化していき、最終的には自分たちの得られる利益を考えると逆らう方が馬鹿らしくなってしまう。

 そんな状況を作り出せると考えたら年甲斐もなくワクワクしてくるのだ。


「ああ、なるほど。この国の価値を高めて、教会が手を出しにくい状況を作り出すわけですね。マッキンガー少佐といい、考えることがあくどいなぁ」


 それまで黙って聞いていたジェームズが口を開いた。


 彼にはすでにスコットの狙いが理解できていた。その中でエトセリアに関しては“言い訳要素”を持った立ち位置にしたいのだとも。


「タウンゼント大尉、何を他人事みたいに言ってるんだ? ほら、大英帝国ブリテンの末裔にはお得意なジャンルだろ?」

「そりゃ興味深くはありますけどね。異世界こっちでも歴史を繰り返すのかと思わなくはありませんが」

「はん、スカしやがって。そんなんだから衰退したんだぞ」

「いやぁ、うちは小さな島国ですので。アメリカさんみたいに世界の面倒ばかり見たがるような体力はとてもとても……」


「ちょっとおふたりとも。いつまでもじゃれあってないで。ほら、着きましたよ」


 いつもの軽口から皮肉合戦にヒートアップしかけたところでミリアが声をかけた。

 どうやら目的地に着いたらしい。周りがホッとしたのが見えた。


「ところで、なんでミリアまでついて来てるんだ?」


 今更ながらの疑問をスコットが発した。


「ちょっとスコットさん? 一番長い付き合いなのに扱いがひどくありません?」


「いや、だってなぁ?」


 スコットは言葉に窮した。

 正面からショックを受けた顔をされると、さすがにたじろいでしまうのだ。


「あのですね? わたしはあくまでオペレーターなんですよ? ですから戦争がないとヒマなんです。今は皆さんバラバラに動いてらっしゃるから出番もないですし……」


「コイツ、堂々と言いやがった……」


 あっけらかんとしたミリアの物言いにスコットは呆れ返る。


「まぁほら、ハンセン少佐……。彼女の協力なしでは今もありませんでしたし……」


 すかさず将斗がフォローに入った。


 うっかり闇堕ちされて敵にでもなられたら堪らない。

 あくまでもサブカルあるあるな知識に基づく行動だった。女心を理解しての行動ではないのがちょっと残念である。


 尚、リューディアが何か言いたげな視線を向けているのにも気付いてない。本当に残念である。


「ミリア嬢が国際情勢に詳しいのは事実ですからね。こうした場面では適切な助言をいただけることでしょう」


 続けてジェームズが自然な形でフォローを被せた。

 やはりこの色男、こういった場面では最高の能力を発揮する。将斗も少しくらいは見習うべきだろう。


「そうです! このミリアにお任せください!」


 機嫌を直したのか胸を拳でどんと叩く。軽く揺れた。


 ――たぶん、寂しかったんだろうなぁ。


 さすがの将斗もそこには気が付けた。


 現在〈パラベラム〉は小規模ながら“国”を構築するべく動いており、作戦統括能力に優れたミリアの出番はまったくない。

 最初に「積極関与しない」と(建前で)言われた関係でロバートたちもあまり助言を求めないのだ。


 実際、何か用があっても無線で「こういうの欲しいんだけどイケる?」とやり取りすれば足りてしまう。

 おかげで今では将斗やジェームズにくっついて異世界サブカルトークをしてるような状態だった。


 このままではいけない。単なるチュートリアル装置になってしまう……。

 そんな危機感がミリアにもあったのだ。


「ふむ。俺たちの役に立とうとする意欲は買わなくもない」


 少しは優しくしてやるかとスコットも声をかける。こういうところは指揮官経験者らしく眼鼻が利くのだ。


「いやぁ……どちらかと言ったら、トラブルの気配漂うこちらのチームについて行った方が面白くなりそうかなって……」


 この回答である。


「……あのなぁ。少しは本音を隠せ。後半はさておき前半は不吉だろうが。変なフラグを立てるんじゃねぇ」


 前言撤回とスコットが毒づいた。


 段々と将斗の癖が移ってきた――わけではなく、ちゃんと英語圏にも死亡フラグMarked For Deathは存在するのだ。

 軍人はゲンも担ぐ。妙な発言はやめてほしかった。


「さっきからなんですか、入口のところで騒がしい。押し売りなら間に合って…………サシェお嬢様ぁっ!?」


 漫才を繰り広げていたのが中にまで伝わったのか、出てきた誰かが途中で硬直したかと思えば次いで大声を上げた。


 どうやら事態は勝手に動き出したらしい。


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