第99話 みんな幸せ SHOW by 商売!
ここで1週間ほど時を遡る。
ウォルターたちデルタチームが“潜入任務”に勤しみ出した頃、〈パラベラム〉本隊では別の仕込みが動き出そうとしていた。
「ロバートさん、御用とお聞きしましたが」
ノックの音にロバートが返事をするとサシェが入って来た。
いつものようにマリナも一緒だ。
相棒にして親友といったところだけに、彼女だけが呼ばれたのが気になったのだろう。
もっとも「ひとりで来い」とは言っていないので特に問題もないのだが。
「よく来てくれた。どうだ、盛大に巻き込んだ身で言うのもなんだがここには慣れたか?」
ロバートは山積みとなった書類に囲まれ、それらを片付けながら声を上げる。
――すこしくらい手伝ってあげればいいのに。
マリナはふと思ったが、スコットはスコットで普段エルフ兵士の訓練なども行っているので今は休憩時間なのだろう。
よくわからないのでそう流すことにした。
「おかげさまで。色々困惑することはありますけど、やり甲斐のある暮らしをさせてもらっています」
サシェは軽く頭を下げる。
ちょっと前まで駆け出しと大差ない冒険者だったはずだ。
なのに、今では〈パラベラム〉を名乗る異世界からの来訪者たちと共に国家転覆どころか世界をひっくり返す陰謀の片棒を担がされている。自分でも何が何だかさっぱりわからない。
「三食にありつけて身の危険もほとんどない。いいのかなって思うくらいには快適だね」
マリナもうんうんと頷いた。
ふたりに世界をどうにかしてやろうといった野心はないが、日々の暮らしに気を揉みながら命を懸けて魔物を狩るだけよりは充実している……気がする。
異界からもたらされるあれこれには目を回してしまう。
ただ、自分の知識をエルフに教えたり、エルフから異なる体系の魔法や知識を教わったりと、もしも道を違えて冒険者に戻っても大丈夫なようにロバートたちはかなり配慮してくれている。
そう強く実感するのだ。
「ならいい」
わずかに笑みを浮かべたロバートは傍らに立つスコットに視線を向けた。巨漢が小さく頷いて一歩前に出る。
「ここからは俺が。――たしか以前、サシェは西にあるエトセリアの商家出身と言っていたよな?」
「ええ、はい。わたし自身は商売に関わったりはしていませんでしたが……」
藪から棒になんだろう。小首を傾げつつサシェは答える。
「そうなる前に家出してきたもんね。同業の若旦那と結婚されられそうになったんだっけ?」
「ちょっと、マリナ!」
無遠慮な茶々を入れた相棒をサシェが黙らせる。
本気で怒ってはいないが、あまり愉快な様子でもなかった。余計なことを言ったとマリナは首を縮こませる。
「先に言っとくが、気が進まなかったら他の手段を考えるので無理はしないでいいぞ」
立場的に断りにくいだろうと思ったスコットは前置きをしておく。
「お気遣いは大変ありがたいのですが、まずは話を聞いてみないとなんとも……」
「それもそうだな。簡単に言うと、今後のことを考えてその商会を使いたくてな」
「……実家の商会を?」
サシェが怪訝な顔をした。
彼女の中では今の情勢とまるでリンクしなかったからだ。
「ご存知の通り、これからバルバリアを叩く。最終的に戦で下すにしても、できるだけ相手の国力を削いでおきたい。そこで我々の意向をある程度聞いてくれる商人とのツテが欲しくてな」
「ヴェストファーレンではダメなのですか? クリスティーナ様の口添えがあれば簡単に進むと思いますが……」
「それはあんまし良い策じゃなくてなぁ。あの国はバルバリアと不仲だ。商売の量が増えた時に目をつけられやすい。それに今後もある」
「ああ、なるほど。読めてきました」
そこまで聞けばサシェは朧気ながら狙いがわかってきた。
「え? どういうこと?」
残念極まるマリナは全然ピンときていない様子だった。
「エトセリアは都合の良い立場なんですね? 教会勢力に物を流すと同時に、こちらが富を得るためにも」
「ご名答。しばらくはバルバリアと戦って、そのあとはおそらく教会とやり合う。後者はおそらくそれなりに長期化する。だったら、できるだけ引っ張り出せるものを引っ張り出したい」
サシェの言葉を受けたスコットは満足気に頷いた。合格点の回答を出せたらしい。
「となると買い付けは食糧で、売りつけるものは……」
「ひとまず酒や比較的保存の利く菓子だな。食器類なんかも有効だろう」
「ああ、なるほど……」
サシェは納得した。わかっていなさそうなマリナは一旦放置しておく。
酒や高価な食べ物、食器類は嗜好品だ。
これらは王族や貴族が一度でも気に入れば、継続して手に入れたいものにランクアップする。
さらに嗜好品を売った金で戦略物資を買えば、今後敵対勢力がエルフやこちらを攻めるにしても戦費以外の負担が大きくなる。
「教会と同時並行でもいいが、とにかくまずは〈パラベラム〉からどこかを経由してバルバリアに商品を売り込みたい」
「まだ戦っている相手がエルフや亜人だけだと錯覚しているうちにやってしまいたいんですね?」
パズルのピースが繋がるようにサシェの頭の中でロバートたちの狙いが組み上がっていく。
「そうだ。この先負けが続いてから――ヴェストファーレンを含む第三勢力が絡んでいると発覚してからじゃちょいと遅い」
基本的には相手が財布の紐を締めるまでが勝負だ。
「食糧事情が悪化して早くから警戒されるのも避けねばならないが、おそらく気付いた頃には後の祭りだ。連中、まだまだ慢心している」
ロバートが取り出した端末を見せた。
24時間体制で上空からUAVで監視しているバルバリア軍の動きを見れば、動員体制はまだまだ本格的ではない。
楽観視しているか、そういう目端の利く軍人がすでに戦死しているか。
いずれにせよ今が好機であることに変わりはない。
「バルバリアから買い込める食糧の量は知れていても、それは確実に将来国庫に負担をかける。売るものがなくなってもおそらく買わずにはいられない。現実を見られない貴族がいればいるだけな」
スコットが補足した。
食糧に金を落とすだけよりは、嗜好品を入れた金で買い付けを行ったほうが影響は大きくなる。交易が成り立ってる以上警戒はされにくいし、商人はまず自分の利益のために動くからだ。
最後に国が規制してもその頃には表向きしかできないだろう。
「避けられない罠じゃないですか」
サシェが呆れたように言った。
この策の肝は、第一の犠牲者バルバリアはさておき、誰かが一方的に損をするわけではないところにある。
嗜好品とはいえ価値のある品物には変わりがない。鼻の利く商人が敵対勢力にいれば転売で彼らは儲けることも可能だ。
ただ、社会全体で見ると影響は測り知れない。
ヒトに限らず知的生命体は今よりも優れたものに慣れると、それが入手できない状態に耐えられなくなる。
仲間であれば裏切れなくなるし、敵であれば軍事行動以外の選択肢がなくなるばかりか身内に反対派を抱え込むことになる。「ころしてでもうばいとる」よりも交易を続けた方が長期的なリスクは少ないのだ。
ゆえに、たとえ政治的に妥協できずとも、じわじわと新人類連合の経済圏に取り込むことができる。
このためには嗜好品がもっとも効果的なのだ。
「そうだ。最初の“
スコットの言葉だけ聞くと凄まじいまでの脳筋思考だ。
幸いにしてエトセリアは軍事面では弱小国でヴェストファーレンは国内をまとめている段階でも〈パラベラム〉と繋がっている。
地理的にも山国で他に窮地につけ込んで攻め入る勢力が存在しない。いわば袋小路の獲物なのだ。
「いずれはこれを教会勢力にも広げていくつもりだ。まずはおためしってところだな」
ロバートは笑う。
現代兵器を全力行使して攻め滅ぼす策がとれない以上、じわじわと弱体化させるための策はいくらあっても困らない。
――よくわからないけど悪い笑顔してるなぁ……。
他人事ながらマリナはそっと未来の犠牲者たちに内心で祈りを送った。
無論、形だけである。
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