第98話 査問
「ずいぶん好き勝手にやってくれたようだな、ベックウィズ少佐」
目の前の報告書を読みながら、ロバートはこれ見よがしに溜め息を吐いた。
ここは〈パラベラム〉の拠点である小規模基地――今はエトセリア東部に置いた初期のものは撤去し、エルフの森とヴェストファーレンを繋ぐ道の南方に移設されている。
いずれヒトと亜人の街となる予定地近くに置かれた形だ。
その執務室でロバートとウォルターは向き合っていた。
「申し開きのしようもない。すべて俺の責任だ。処罰があるなら甘んじて受け入れよう」
直立不動の姿勢をとっているのはウォルターで他の隊員たちの姿はない。
副官すらいなかった。チームメンバーには一切関係ないとしてウォルターが同席を許さなかったのだ。
「わかっていると思うが、俺たちは現代軍隊で盗賊でも蛮族でもない。国家という枷がなくなったからには
眉をわずかに寄せて総指揮官は机をコツコツと叩いた。
うるさい政治屋やマスコミがいないからと無秩序を許しては、まとまるものもまとまらなくなる。果ては派閥争いで分裂しかねない。それでは本末転倒だ。
「そうだな。チームのリーダーにはウィルソン大尉を推薦する。メイヤー大尉も優秀だが、ヤツはどちらかといえばサポート役でこそ真価を発揮する」
後任の人事には関われるうちに関わっておきたい。
ウォルターが口を開いたのはそんな思いからだった。
「……待て待て。誰が更迭するなんて言った?」
早合点するなとロバートが手を掲げた。
「だが――」
「任務は成功だ。ひとりしか残ってなかったとはいえ攫われたエルフも救出できた。これが当初からの優先目標だっただろう?」
言われてウォルターは作戦内容を思い返す。
王都へ侵攻した際に城を急襲する任務もあった気がするが、それも連れ去られたエルフの救出のためだ。
言ってしまえば今回の動きは“時期を繰り上げて目標を達成した”に等しい。
「あくまで結果論だが、今回おまえが動いていなきゃ他の連中に連れて行かれていたのは間違いない。鼻先を掠められたなんて笑えないだろう?」
エルフの士気を上げるため「攫われた同胞を助けてやる」と言ったからには失敗できない任務だ。
それが危うく王都突入時に誰もないなんて惨憺たる結果になるところだった。
見通しが甘かったというよりは情報不足だったわけだが、これはこれで教会勢力が盤石でないことの裏返しだ。
次に活かせるだけの経験は積めた。
「今はとにかく人が足りていない。ルールがどうのと細かくやり過ぎたら〈
ロバートは机の上で組んでいた手を解いて後方の背もたれに身体を預けた。
「今度からはなるべく事前に相談してくれ」
最後にそう言ってロバートは表情を緩めると、書類を近くのシュレッダーに放り込んだ。
修復しようのないレベルにあっという間にバリバリと裁断されていく。
「わかった、善処する」
ウォルターは小さく頭を下げた。
「しかしだな――」
これで終わりかと思えばロバートが何やら声を上げる。まだあるのかとウォルターは少しだけ身構える。
「頭いてぇえええええ! 将官召喚してぇえええええ! 責任がどうとかもう考えたくねぇえええええっ!!」
外で誰かが聞いていれば何事かと駆け込んできたに違いない苦悩の叫びが放たれた。
「クソつまらんダシャレとか要らないんだが……」
「バカ野郎、ダシャレじゃねぇよ! もう少佐ごときに判断できるレベルじゃねぇだろ! 最低でも大佐クラスが欲しいんだよっ!」
頭を抱えたロバートがさらに天を仰いで叫ぶ。
あれこれ事態は転がって今や国家を作り出そうとしている段階だ。
道具と知識だけでやれないことはないかもしれないが、わざわざ自分たちだけで全部を賄おうとする必要はない。
独裁政権を作りたいわけでもあるまいし、自分たちよりも上位者が邪魔だから呼んでいないわけではないのだ。ただ少しややこしいだけで……。
「まぁ所詮は少佐なんて下っ端中間管理職だからな。ちゃんとした秘書官が必要なレベル――じゃ済まないか」
「そもそもの話、俺が幕僚だの秘書官だの副官だの、そういう立ち位置のはずなんだよ、階級的にもさ」
拠点も何もないところから始めなければいけなかったため、特殊部隊の人間ばかりを集めすぎた。
そのせいで一般的な部隊の運営スキルがいささか足りていないのも事実だ。
ここらで本格的に事務分野を見直す必要がある。工兵部隊の次は事務関係だ。
幸いにして、戦争中と言っても中世レベルの、言わば“時間のかかる戦争”だ。WWⅡ初期航空機相当のワイバーンをバルバリアは保有していない。
こちらが全てを投げ捨てる電撃戦を行うのでなければ部隊を再編するための余裕はある。
「副官と言えば……あのデカいのはどこ行ったんだ?」
いつもロバートの近くにいる巨漢の姿がない。
この忙しい時に遊んでいることもあるまいが気にはなった。
「ヤツはおまえさんと同じで作戦行動中だ」
ロバートは答えて机の中から取り出した作戦概要を放る。ウォルターはそれを手にしてざっと中を眺めた。
それはそうと、“デカいの”と言うだけでスコットと通じるのもどうなんだろうか。
一瞬そう思ったが口には出さない。
「なんだあっちもか。しかも女連れとは呑気なもんだ」
「店ごと女を大勢お持ち帰りして来たおまえにだけは言われたくないだろうな」
概要を把握したウォルターは小さく肩を竦めるが、間髪容れずロバートからツッコミが入った。余計なことを言ったなと知らぬ顔で内容に目を戻す。
書面には現地人協力者の名前が並んでいた。
彼女たちに対して、こちらはマサトにジェームズ、エルンスト、よく見ればミリアまでちゃっかり参加している。
おそらく見知った仲の方がスムーズにいくとの判断か。
同時に初期メンバーを外に出すことで後発組に配慮し、派閥形成を阻止する狙いもあるのだろう。
「ああ……。向こうも何かやらかしそうで今から胃が痛いんだよ……。かと言ってこれはこれで重要な任務だ、人が足りないのを理由に出し惜しみもできなくてな……」
たしかに人手不足は深刻だ。おかげで新規で召喚されたメンバーたちも各所に出向いて動いている状態だ。まともな顔合わせも完了していない。誰かしらがどこかでデスマーチをしているようなものだ。
「それは心中察するにあまりあるな。せめてもの罪滅ぼしだ。俺にできることがあればなんでも言ってくれ」
自分自身もやらかしたからかウォルターは同情的な声となった。
その瞬間、ロバートの目が妖しく光った気がした。「ん? 今なんでもって言ったよね?」そんな幻聴が聞こえてくる程度には。
「ではベックウィズ少佐のお言葉に甘えよう。ヤツらがやらかさないように俺は様子を見てくる。しばらく総指揮官代行をやってくれ。それを今回の処分とする」
「テメェ、ハメやがったな!!」
迂闊なことを言うんじゃなかった。自身の発言をウォルターは最高に後悔した。
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