第97話 大脱走


「少佐……まさか本当にみんな連れて来たんですか……」


 集合地点に店の人間を丸々連れて行ったら、デルタツーピーターから死ぬほど呆れられた。

 同じく声にこそ出していないがデルタスリーエドワードも似たような表情をしている。


 部下からの何とも言えない視線が地味にウォルターの胸が痛んだ。

 悔しいがこれといった反論が思い浮かばない。


「……黙れ。お前らもなんだかんだでみんなにゃ世話になってただろうが」


 劣勢での負け惜しみとわかっていても軽口は叩いておく。


 無論、こうした反応は承知の上だった。プロ意識に欠けると言われても仕方ない。

 それでも彼女たちを見捨てられなかったのは自分の甘さだと思う。


「いやぁ、俺は嬉しいですけどね。野郎ばっかの職場じゃ張り合いもないし」「エルフは綺麗だけど、ちょっとこう手を出すのに気が引けるって言うか……」「だよなぁ。バチが当たりそうっていうか」「そこまでは思わないけど、せっかく通って仲良くなったんだし俺は酒場のコの方がいいなぁ」「少佐! 帰りは同じ装甲車に乗ってもいいですか!」「おい、ちゃんと指名料払えよ?」


 士官オフィサー以外の連中が騒ぎ、早くも馴染みの酌婦たちのところへ話しかけにいっている。

 責任を取らなくていい立場のヤツは気楽で言いたい放題だ。


「……おまえら本当にバカばっかだな!」


「まぁまぁ。みんなわかってますよ。少佐が上手いことやってくれたんだって」


 ウォルターの悪態をエドワードがフォローする。


 エルフたちの士気を高めるためにたったひとりレイアを救出するとして、そのためにどれだけ第三者を犠牲にするのか。

 また、作戦がバルバリア侵攻時と重なれば酒場の物にも犠牲者が出たかもしれない。


 必ずついて回るそれらを考えれば、自分たちが少しでも納得できる形で戦えるようにしてくれたとも言える。


「…………」


 そう言われてはウォルターも黙るしかない。

 ここまで散々ディスられたせいで、急に褒められると気恥ずかしさがこみあげてくるのだ。


「まだまだ異種族理解にも時間がかかりそうですし、我々のことを知ってくれているヒトが身近にいるのは悪いことじゃないと思いますよ」

「まさにまさに。今まで以上にバルバリアのことも聞き出しやすいですからね」


 副官ふたりの言葉にウォルターは不承不承だが頷いた。


 そこまで考えて動いたわけではないが、このまま自分たちだけで戻ってもまだまだ“閉鎖的”なエルフたち相手に悶々とせねばならない。


 だったら、いっそのこと新たにヴェストファーレンとエルフの森との間に建設予定の街にヒトのエリアを作ってしまえばいいのだ。

 移住者の選定などは今後色々考えねばならないが、今回の彼女たちはその条件を満たしているように思う。


「まぁ、ミリア嬢が“消毒”は任せろと言っていたし大丈夫だとは思うが……」


 スパイが紛れ込んでいないかゼロとは言えないが、魔法的な連絡ならミリアが調査・阻止できると言っていた。


 もっともこのままだと移転した店はデルタチームが独占する形になりそうだが。


 他の連中から何と言われることか。それでも悪い気はしなかった。


「――で、あっちで気絶してるヤツらはなんだ」


 ウォルターは指で示す。

 今まで触れないようにしていたが、城壁近くの隅に縄で縛られ意識を失っている集団があった。

 見覚えのある連中ではないし、身なりも衛兵ではなさそうだ。


「この辺を仕切ってるヤクザもんですよ。少佐を待ってたら偉そうに絡んで来たので、


「なるほど。そりゃかわいそうに」


 エドワードの答えに肩を揺らしてウォルターは笑う。


 元が冒険者くずれかどうかは知らないが、現役バリバリで異世界に来てさらにファンタジー要素で強くなっている。

 そんなマジの特殊部隊デルタフォースにケンカを売るとは気の毒になってくるレベルだ。命があっただけ儲けものだろう。


「よし。では脱出といこうか。全員、ケツを上げろ」


 いつまでもここに留まっていては危険だ。

 騒ぎを起こしたのは事実で、衛兵があちこち探しているかもしれない。


「了解、壁を破壊します。壁から離れていてください!」


 担当の隊員がコードの伸びたスイッチを握りながら周りに注意喚起をした。


「え、そんなことできるの?」


 ひょっこりと顔を覗かせたアンネが問いかけた。好奇心が強いのか。


「我々は強いので。さぁ離れていてください。――爆破!」


 城壁に埋め込むように仕掛けたプラスチック爆弾C4の点火指示を出す。

 爆弾自体が壁に埋まっていたため控えめだが腹を揺さぶる音が響き、城壁が崩れて人が十分通れそうな穴が開通した。


「先行部隊、向こう側の安全を確保しろ」

「「イエッサー!」」


 完全装備の部隊員がすぐに穴へ進んでいく。

 こういう時だけは頼りになる。スイッチのオンオフが激しすぎるだけなのだろうが。


「周囲に敵なし。ストライカー召喚します!」


 報告を受け、残りの隊員たちが穴を抜けていく。

 ウォルターと副官ふたりが穴を抜けるとすでに装甲車三両が鎮座していた。


「うーん、やっぱり装甲車でもあると頼もしいな」

「敵からすれば悪夢以外のなにものでもないんですがそれは……」

「わざわざ相手に合わせてこっちも鎧を着込んで馬に乗って「ランスチャージ!」ってか? スポーツ大会じゃねぇんだぞ」


 くだらない軽口を叩いていると後ろから「え、なにあれ?」「鉄の箱?」「いやぁ、この人たちがやるんだからもっとよくわかんないものだって」「だよねぇ~。驚く気力もなくなっちゃった」などと黄色い声が聞こえてきた。

 アンネたちだ。


 事前に「何があっても驚くのはいいが騒がないでくれ」と言ってある。

 そのため、見たこともない化物のようなストライカーの姿にあんぐりとはしているが、パニックを起こしたりはしていない。

 この様子ならすぐに出発できるだろう。


「とりあえず、彼女たちは半々に分けてICV二台に乗り込んでくれ。早く出たい」

「了解。一応、何があってもいいようにオーダー通りMGSも展開してあります」

「ご苦労。先に射撃準備しておいてくれ。あ、粘着榴弾の威嚇でいいからな」

「威嚇ついでで城壁の穴がまた増えますよ」

「弁償するわけでもないし、そのうち殴り込みに来るんだから構わんだろう」


 去り際のためか段々雑になってきた。自覚はあるがあらためる気はない。


 さて、城壁に砲身を向けているのはM1128 ストライカー機動砲システムMobile Gun System

 先般召喚され、既にこの世界でも活躍し始めているM1126ストライカーICVの仲間で、主武装としてM68A2 105mm戦車砲を装備している直接火力支援用の自走砲型だ。


 そろそろ「おまえらは人間相手に何をするつもりだ」と言われそうな装備であるが、城壁を破壊してでも脱出しなければいけない場合に備え、念のために105mm砲くらいは欲しかった。

 それを満たしつつデルタチームで問題なく動かせる車輌となるとこのMGSしかなかったのもまた事実。


 尚、本家アメリカ陸軍のMGSは22年末で退役済みとなり、本当は自衛軍の16式機動戦闘車を使いたかったが、機種転換訓練が間に合わないためこちらを使っているのだった。

 まぁ地球ではちょっとダメと言われてもこちらなら使えるから問題ないのだ。


「乗車完了! いつでも行けます!」


「よし撤収。任務終了だ」


 にわかに騒がしくなりつつある夜の王都を尻目に、エンジンを響かせてストライカー三両が発進する。

 街中をバイクで突っ切って来た時とは正反対の、おそらく世界一緊張感のない脱出作戦が始まって終わった。


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