第94話 レッツ・パーリィ!!


「デルタワンよりデルタチーム、“コード・イエローサブマリン警戒レベル2”。五分経っても連絡がなければ脱出準備」


 拳銃を腰の後ろに隠し、ウォルターはそっと襟裏えりうらのマイクに呟く。


『デルタツー、了解。穏やかじゃないですね。酒を抜いておくよう指示します』


 エドワードからの返信を聞き、指先でマイクを二度叩いてから扉を小さく開ける。

 飲んでいるヤツもいるらしいがまぁみんなプロだ。大丈夫だろう。

 扉の向こうには先程の警護の男が立っていた。


「こちらワインです」


 ウォルターが口を開く前に向こうが用件を口にした。

 一瞬意味がわからなかった。手にワインのボトルを持っているが、まさか見せびらかしに来たわけでもなかろう。


「……酒なんて頼んでいないが?」


 さっきは間が持たないから酒が欲しいと思ったが、まさかこの男がエスパーであるはずもない。どこかぎこちない気がした。


「いえ、オーナーより今後ともご贔屓にとのことで……」


 サービスか。そっと安堵した。


 気が利くといえばそうなのだろうが、正直な感想としては間が悪い。

 拒否するのも無粋だと扉を開けて中に招き入れ、その際HK45Tはホルスターに戻す。


「ワインをくれるそうだ。少し飲もうか」


 エルフの少女の方を向くと表情が変わった。

 酒が飲めると喜ぶものではない。何かに驚き声を上げようとしていた。


 ――


「なるほどサービス……かっ!」


 ウォルターはその場で反転しながら、外側から回り込むように喉笛を狙っていた短剣を受け止めた。

 視線の先では男の表情が凍り付いている。まるで化け物を見るようだ。


「一応訊いておくが、まさかこれでワインの栓を抜こうとしたんじゃないよな?」


 ピクリとも動かない手に絶句している男にウォルターは語りかける。


 声を出せなくしようと喉を狙ったおかげで実に軌道が読みやすかった。


 いや、それだけではない。不思議とどこに刃が来るのか手に取るようにわかった。

 この世界に来た時、ロバートや将斗が言っていた気配とやらだろうか? まぁ、今はいい。


「くっ……!」


 奇襲に失敗した男はそのまま蹴りを放とうとするが、それより速く蛇のようにしなったウォルターの右拳が男の顔面に突き刺さった。短剣が床に落ちる。


「くぁwせdrftgy……」


 くぐもった音が拳の向こうから聞こえ、男は膝から崩れ落ちた。


 翻訳機能が働かなかったので口の中で空気と血が混ざって漏れ出た音だろう。

 予備動作なしで放たれた右ストレートは無防備な鼻骨を粉砕してついでにその先の頭蓋骨と脳にまで深刻なダメージを与えた。


 運がよければ死にはしないだろう。まぁ、死んでも構わないが。


「デルタワンよりデルタツー、“コード・オレンジペコ警戒レベル3”。何かわからんが襲撃を受けた。これから救助対象パッケージを連れて脱出する。本部に連絡しておいてくれ。MGS 1台とICV 2台を用意」


『デルタツー了解。……“それ”いいんですか、先に許可を取らなくて』


「まともに許可なんて取っていたら世の中回らないからな! 後で会おう!」


 通信を切り上げたウォルターは、端末を操作してM27と予備弾倉、その他装備類を召喚していく。


『ど、どうなって……』


 エルフの少女が困惑顔で立ち尽くしていた。


 気持ちはわからなくもないが、スケスケの色気のある衣装がなんともアンマッチだ。

 状況が状況だからか逆にコメディ映画でも見ている気分になってくる。


『わからん。俺が曲者だとバレたか、何かの騒動に巻き込まれたか。後者だといいんだが……。予定繰り上げで今から脱出する、付いて来い』


『えっ? ええっ!?』


『早くしろ! 残るなら止めないが、次はいつになるかわからん! 今なら俺の責任で連れ帰れる!』


『い、行きます!』


 声を大きくして決断を迫るとすぐに首を縦に振って返事をした。こういう時はシンプルに脅かしたほうが話も早い。


『それでいい。俺はウォルターだ』


『わたしはレイアです』


『よろしくレイア。さぁしっかりついて来いよ。なにしろ――


 軽装のボディアーマーを着込んでウォルターは微笑みかけた。

 それから軽く息を吐き出して呼吸を整える。意識を戦いに切り替えるためだ。

 一瞬、視界の隅でレイアが息を吞んだのがわかった。


『行くぞ、パーティタイム!』


 部屋を出てM27を構えながら廊下の壁際を進んで行くと、背後から何やら声が聞こえてきた。


 振り返ると武器を持った男たちの姿が見えた。短槍や剣には血が付着している。わかりやすい。邪魔者はすべて殺してきたのだろう。


 ――見境なしか。タチが悪いな。


「いたぞ! エルフもいる! 男はいいがあっちは殺すな!」


 ヒト共通語だが西方にある国の訛りだとなぜかわかった。便利を通り超えて恐ろしい機能だ。


 ――なるほど、


 ようやくウォルターは状況が理解できた。


 自分がエルフを狙っていたのがバレたのではない。

 どうもエルフを狙っている者が他にもいて、そいつらの誘拐作戦と偶然バッティングしたらしい。


 おそらく、教会が独占しているエルフの奴隷を欲する有力者がいて、ひとりだけ王都に残っているレイアが狙われたのだ。


 間者がいてバルバリア上層部の敗北と混乱を聞きつけたのかもしれない。これならバルバリアと教会を敵に回さずに済むと思ったのか。


『人気者だな、レイア。みんながおまえを狙ってるみたいだぞ』


『嬉しくありません! 早く何とかしてください!』


 からかうとレイアに涙目でポカポカと叩かれた。

 これだけ元気があれば心は大丈夫だろう。長生きできる。いや、生きて帰してやらねばと心の底から思う。


『だよな!』


 レイアを庇うように位置を移動しながら、ウォルターはM27をフルオートで発砲。鋭い銃声と共に近付いて来ていた敵がバタバタと倒れる。


「なんだ! 何が起きた!」

「わかりません! 敵の魔法と思われます!」

「下がれ下がれ! 出口を固めさせろ! 逃がさなければ勝てる!」


 ――残念、召喚機能以外は魔法じゃない。種も仕掛けもあるんだよ。


「さて、どうしたもんかな……」


 ここが二階なのは問題だった。

 反対側に逃げた連中も下から出口に回り込むので各個撃破とはいかない。馬鹿正直に付き合わず窓から逃げる手もあるが、ウォルターだけなら可能でもレイアには無理だ。

 そうなると正面突破しかない。火力で負けるつもりはないが、マンパワー不足に変わりはない。


 エントランスに差し掛かったところで猛烈にイヤな気配が背筋を駆け上がり、反射的に足を止める。

 すぐ近くの壁に突き刺さったのは矢だった。レイアが小さく悲鳴を上げた。


 ――いしゆみか。大事な武器だろうに。連中、本気だな!


 物陰から鏡を使って出口方向を探ると、正面玄関扉のところに弩を構えた敵が五人ほど見えた。

 後ろに控えているのが襲撃部隊の指揮官だろう。

 階段を上がって来る足音も聞こえる。いずれは後方にも回り込んでくるかもしれない。


 このままではマズい。万が一もありえる。


「面倒だな、クソッタレめ。……よし、扉ごとブチ破るか!」


 アドレナリンが分泌されたか思考が段々と物騒になってきた。


 端末を操作してAT-4 CSコンファイド・スペースとM67破片手榴弾を召喚。

 前者は米軍型式M136、スウェーデンサーブAB社が開発し、現在はサーブ・ボフォース・ダイナミクス社が製造販売を手掛ける単発使い捨て滑腔かっこう式84mm無反動砲だ。

 コイツを担いで、先にピンを抜いた手榴弾を階段に向けて放り投げる。


「プレイボール」


 いよいよヒリついてきた。

 手榴弾はさておき室内で無反動砲を撃つなど、ハリウッド映画じゃないのだからと思う。


 だが、そうでもしないと埒が明かない。


 ふたつの安全装置を外し、コッキングレバーを引き起こした本体を左手でしっかりと支え、ウォルターは照準器を覗きこむ。視界の端で爆発が起きて悲鳴が聞こえた。


『レイア、離れて伏せてろ! 後ろに立ってると死ぬぞ! 発射ァッRocket!!』


 バックブラストが噴射される後方に叫びながら、ウォルターは右手で安全レバーを倒し次いで親指で発射トリガーを押し込む。


 次の瞬間、辺りに響き渡ったのは腹を揺さぶるほどの轟音。間髪容れず屋敷の玄関扉が人間ごと爆発と共に吹き飛ばされた。


『う、嘘でしょ……』


 飛散したカウンターマスの塩水を浴びたレイアが呆然と着弾地点の惨状を眺めていた。


『さ、帰るぞ』


 発射筒を放り投げて短く告げたウォルターはレイアに手を差し伸ばした。



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