第95話 ハイウェイスター
――さてさて。片付けたはいいが、ここからどう離脱するか……。
ちらりと外の様子を窺いながら、ウォルターは思案した。
辺りがにわかに騒がしくなっている。
派手にドンパチしてしまったため早々に逃げねばならないが、戦闘要員は自分ひとりだけ。できることなど限られている。
――うーん、これしかないか。
考えた結果、新たに端末を操作してM1030 M2バイクを召喚した。
『こ、これは……?』
『悪いが説明はナシだ。長くなる』
ウォルターはレイアの疑問を一蹴した。
散歩に行くわけでもないのだ。目立つエルフを連れて夜の街を歩いて帰るのは無謀にも程がある。
捕まえてくれと言っているようなものだ。
必然的に、全力で駆け抜けられる道具が必要になる。
召喚したM1030 M2は、カワサキKLR650をベースに開発され、米軍に採用された実績のある大型バイクだ。
ゆえにこんな状況下での一点突破の切り札となり得る。
「――覚悟を決めるか。
スターターボタンを押し込んでエンジンを始動させる。圧縮された空気が破裂するような音にレイアがびくりと身体を震わせた。
『今は黙って後ろに乗れ。腰に手を回してしっかり掴まってろよ? 転げ落ちたら普通に死ぬぞ』
『あっはい』
もう何も考えたくない――いや、思考が追い付かないのかレイアはカクカクと頷いて後ろに跨りウォルターにしがみついた。
背中に当たっているはずの感触はボディアーマーが邪魔してほとんどわからない。
――ちょっと残念だな。
内心で笑いながらウォルターはM27を魔力に還元させ、UMP45
さすがにタンデムでバイクに乗りながら
「デルタワンよりデルタチーム。
『デルタツー、了解。撤収準備はできています。先行チームが城壁の外にMGSとICVを展開して偽装中。脱出穴用にC4も仕掛けてあります。あとはデルタワン待ちですね』
「
将斗がいたら「いちいちフラグを立てるな」と言いそうなセリフを残してウォルターは通信を切り上げた。
それからサイドスタンドを払うのももどかしく、全力で駆け出す。
スロットルは当然――全開だ。
エンジンの唸りを伴って屋敷の玄関から飛び出した。
『きゃああああああああっ!?』
騎馬など比較にならないほどのスタートダッシュでM1030 M2は走り出し、レイアの絹を割くような悲鳴が真後ろから聞こえてきた。
まぁ、叫んでいるだけなら問題ないので無視だ。
バイクはリアタイヤをわずかに滑らせ、ケツを巨人に蹴飛ばされたように急加速していく。
ウォルターは身体を前方に倒して、フロントのリフトを力ずくで抑え込んだ。
車体の浮き上がる気配を感じて、またもレイアが悲鳴を上げたがエンジン音と変わらないので依然無視だ。
――遠慮は無用だ、暴れちまえ。
そう念じてレッドゾーンまで引っ張ってギアを上げながら100km/hまで引っ張る。
その間、わずか十秒以下。偵察用のカスタムバイクだから当たり前といえば当たり前だ。
「ロックンロール! キメるぜ!」
後ろの悲鳴を無視して勢いのまま石畳の敷かれた庭を突っ切って門を目指す。
幸いにして門は開いていた。さすがに着の身着のまま突っ込む気はない。その代わりに、門番代わりの衛兵たちが群がっている。
「どけどけ!! 死にたくなけりゃ脇に避けてろ!!」
邪魔臭い衛兵に怒鳴りつけたが、多分排気音に搔き消されて聞こえていない。
仕方がないので出口を固める門番に向けてUMP45を腰だめに発砲する。
「「「うわぁっ!?」」」
いちいち狙っていられないのと、そもそも倒す必要もないので威嚇射撃に留めている。ともあれ地面が甲高い音を立てて弾けたら、それは撃たれる側からして恐怖でしかない。
未知の存在相手に踏ん張らず、悲鳴を上げて逃げ惑う衛兵の姿が見えた。
眩いばかりのライトを浴びせられて謎の唸り声を聞けば、相手を化け物だと思っても不思議ではない。
むしろそうなってくれるといい具合に情報が錯綜するのでありがたいのだが。
「怯むな! 曲者を逃がすなっ!!」
そんな声が聞こえてきたが、当然ながら速度が違い過ぎる。誰も対応できない。
可哀想に。おそらくとんでもなく上位のハリウッド級魔法使いでもなければ追いつくのは不可能だろう。それならそれでドンパチできて面白い。
興奮状態のウォルターは物騒なことを考える。
「セットでお飲み物はいかが!?」
万が一の流れ矢もあり得るため、すれ違いざまにピンを抜いた
『レイア、絶対に振り返るなよ!!』
後ろで必死にしがみつくレイアに警告を出したのとほぼ時を同じくして、闇の中に眩いどころではない閃光が走り複数の悲鳴が聞こえてきた。
『ああー!! 目がぁぁっ!!』
『おまえ実はバカだろ!!』
呆れ返りながらガラ空きとなった門を突破してM1030 M2の車体が街に踊り出る。
闇を切り裂くヘッドライトの閃光が、夜に沈んだ王都の街並みを一瞬だけ浮かび上がらせ、ふたたび夜の中に置き去りにしていく。
常に限界値回転数を叩き出しているエンジンの、甲高いエキゾーストが街に響き渡っていった。
「わぁっ!」「なんだなんだ!!」「妖精の仕業じゃ!!」
数少ない夜の街を行く人々は、未知の
「デルタワンよりデルタツー、屋敷を脱出。到着予想時刻までおよそ五分。必要なところに声をかけておけよ」
『デルタツー了解。HQには連絡済み』
ブレーキとアクセルと方向転換、体重移動の繰り返しが続く。ぶつからないよう神経を使うが、それも今は不思議と楽しく感じられる。
二速にシフトすると、すぐにカーブが近づいてきた。
身体を起こしてフォークをフルボトムさせながら減速する。
防衛上の観点から道路を無理やり曲げているのだろうが、あとはこっちが感覚を合わせるだけだ。
『ぶ、ぶぶぶ、ぶつかるぅっ!?』
気絶していないだけ大したものだ。
レイアの悲鳴を聞きながらしっかりと必要なだけ速度を落として小さく曲がると、またスロットルを回してフル加速。そうしたほうが速度をキープしながらカーブするより速い。
ウォルターはそう思っている。
バイクの操縦も、以前よりずっと上手くなった気がした。肉体の性能は地球にいた頃の限界値を遥かに超えている。気分もいい。
『もう勘弁してくださいぃぃぃぃっ!!』
後ろから聞こえるレイアの悲鳴が今は最高に心地いい。嬌声よりも心に響く。
そう感じながらクラッチレバーを握りしめると、ウォルターはスロットルを限界まで回した。リミットまで遠慮はなしだ。
機械仕掛けの咆吼が響き渡る。まるで歓喜に叫ぶ生き物のようだ。
脳髄がヒリつく感覚に痺れながら、ウォルターは全力で駆け抜けていく。
王都の道を支配するが如く疾駆する彼に追いつける者は他に存在しなかった。
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