第91話 勝手にシンドバッド


「こちらHQ、“ペインキラー”。どうしたデルタ、トイレットペーパーが足りなくなったか?」


『アホ抜かすな、どんな挨拶だ。定時報告だぞ』


 開口一番にロバートから“ご挨拶”が放たれ、無線の向こう側のウォルターは呆れ返った。


 尚、潜入組の本音を言えばウォシュレットが欲しかった。

 “モノ”をマジカルでファンタジックなスライムが食ってくれようが、当人のケツへの負担は何も変わらないのだ。

 かといってスライムにケツを舐められたくもない。

 あいにくとそういう趣味は……いや、ウォシュレットも似たようなものかと思わないでもないが、そこは考えたら文明人として負けな気がする。

 自衛軍の連中が持ち込んだせいで、そこだけすっかり軟弱になってしまったかもしれない。


「ははは、冗談だよ。それより――昨夜はお楽しみだったようで」


『……何を言うかと思えば……。あれは任務だぞ』


 一瞬の間ができたものの、ウォルターは努めて淡々と答えた。

 表情まではわからないが、おそらく向こう側ではさぞ鬱陶しそうな形に歪んでいるはずだ。


「どうだかねぇ……。飲みに行くならまだわかるが、理性までオフにしてどうするんだ?」


 ロバートはあえてもう少し煽ってみる。

 勝手に遊んでいるデルタチームへのやっかみもなくはない。


『どこで聞いたか知らないが、ずいぶんな言い草だな。そんなに羨ましいなら代わってやるぞ、総指揮官殿。そんなとこにいたんじゃおちおち羽も伸ばせまい?』


 ここでウォルターの意趣返しが成功した。


 そうなのだ。身体が若返っているせいか最近になって相応の“副作用”が出て来た。


 ところが周りに沢山いるエルフたちは、寿命が長いのもあるがこれまで生存圏が限られていたせいで繁殖に積極的ではないらしく、恩義を感じていて好感もあるようなのだがあまり積極的ではない。


 いや、安易に素人に手を出すとそれはそれで後々マズいのだが……。


「……バカを言うな。今の状態で俺がここを空けるわけにはいかないし、逆にそれ目当てで行ったみたいに思われるだろ」


 既にデルタの話が〈パラベラム〉メンバーの間で知れ渡っていた。


 無線ネットワークをラジオチャンネル代わりに使ってバカ話をしているヤツらがいるのは知っていたが、そのついでに漏らしたアホがいるらしい。


 特殊作戦でもないし、この世界で無線を盗聴される恐れも今のところない。そこまであれこれ統制すると士気が保てなくなるから見て見ぬふりをしている。それでも「余計なことをしやがって……」とロバートは思ってしまうのだが。


『大変だねぇ。いずれ現地視察ついでに……とか思ってたんだろ?』


 いつの間にかウォルターの声は同情的になっていた。任務こそあるが最終的にアンネの誘いに乗ったのも若返った肉体年齢と無関係ではないのだ。


「スコットみたいに、本能で生きてる感が普段から出てるゴリラなら気にしなくていいんだろうけどな」


『おいおい……。おまえ、副総指揮官をそんな目で見ていたのか……? ひどい言い草じゃないか。仮にもゴリラはないだろゴリラは』


 思わずウォルターは引いてしまった。


 たしかにスコットは筋肉モリモリマッチョマンだが変態では……いや、爆発物マニアの放火魔パイロマニアだったか? もしかすると変態かもしれない。


 しかし、それを言ったらロバートも乱射魔トリガーハッピーの気があったし、皮肉屋の狙撃手に、腹黒陰謀好き英国人ブリカス、それとニンジャだかサムライだかまでいるときたものだ。


 こう見るととんでもない先発組である。

 神だか上位存在だか知らないが、よくもこんなイカレた連中の召喚を決めたものだ。


 ……うん、やめようこの話は。なんだか自分にも弾が飛んできそうだ。


「たまたま古参組の中で俺と同じく最高階級だっただけだ。考えてもみろよ、出身が海兵隊マリーン海軍ネイビーだぞ? 合うと思うか?」


 無論そこまで悪し様に思ってなどいない。こんなものは軽口のうちだ。


『落ち着けって。陸軍アーミーが言うのもなんだが仲良くしてくれよ。地球人同士――どころかアメリカ軍同士でケンカなんてアホ過ぎるからな』


「……わかってる。そこは互いに気にしてるところだよ。で、報告があるんだろ?」


 さすがに話題を変える。

 いつまでも軽口を叩いてはいられない。本気の主導権争いなんて誰も考えていないし、今は戦争中なのだ。


『ああ。例の“捜し物”が見つかりそうだ』


「ホントか!」


 思わずロバートは前のめりになる。

 さすがはデルタだ。調子に乗りそうなので声には出さないが。


『もうしばらく遊ばないといけないがな。そっちはどうもそれなりにガードが固そうなのと、行き着くまでにもまだ金がかかる』


「ちっ、イヤな話だ。モテる男は違いますねぇ」


 精一杯の抵抗だった。

 見透かされていそうだし、本物のイヤミになっても困るのでそれでいいのだが。


『そう言うなよ。これでも真面目にヤってるんだぜ?』


 何かニュアンスが違う。指摘はしないが、どうにもそんな気がした。


「はいはい。きちんと成果が出るなら構わん。だが、金を送れって言われても無理だぞ」


『そっちの心配は要らない。冒険者の稼ぎから無理なく出せてるしな』


 楽しそうで何よりである。

 コイツらが〈パラベラム〉で一番異世界生活を満喫している可能性まででてきた。かつてのソマリア事件で聞いたデルタの話を思い出す。


「……なら任せる。他には?」


『バルバリア軍だが、立て続けの敗北も今のところは隠せているようだ。酒場にも漏れてないなら上の方で止めてる可能性が出てくる』


「所詮は亜人の叛乱と思っているんだろう。危機感が足りないな。それより、こういう国は緘口令どころか口封じでもしそうで気になる」


 粛清の名の下に敵前逃亡者を始末する。

 けして褒められた行動ではない。


 しかし、全体の士気を保つには有効だ。

 山国の文化的なものだったり平民の命の安さがそれを後押しする。

 気分は良くないが、向こうが勝手にしたことがこちらを利するのであれば是非もない。


『騎士なら謹慎させられるが、兵士はそうもいかんしな。まぁ、今後未帰還MIAが増えれば噂にもなる。人の口に戸板は立てられない。時間の問題だろう』


「その頃が反攻のタイミングか……」


『こっちはそれなりに時間がかかる。だが、そっちはあまり余裕がないぞ。よほどなら俺らが出張らにゃならん。教会軍のこともある』


 ウォルターの言葉にロバートは思案する。


 エルフ兵の訓練もそうだが、その他亜人たちの件もある。突き放した彼らは果たしてこの戦いに加わるだろうか。

 他にも解決しなければいけないことは山積みだ。


「わかった、こっちはこっちで早くルーキーをまとめ上げる。そっちは引き続き仕込みを頼む」


『ああ。任せておけ、ライブ会場の設営はな』



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