第89話 潜入班いらっしゃーい


「どうだ、何かいい情報とかあったか?」


 カシュッと軽快な音が響く。

 話の口火を切ったのはウォルター・ベックウィズ少佐だった。


 急ごしらえだが冒険者の肩書を得て、バルバリア王都バルリウムに潜入したデルタチームが薄暗い室内で顔を揃えていた。


「どうですかね。ギルドで得られる情報は正直あまり……」


 ウォルターの言葉に副官役を務めるエドワード・ウィルソン大尉が胸元をうちわで仰ぎながら答えた。


 彼らは現在、中心街ではなくもっとスラムに近い場所――近隣では悪所と呼ばれる地域の近くに拠点を構えている。


 元々は安宿だったらしいが少し前に廃業したようで、地主が借り手を探していたと聞く。

 冒険者ギルド経由で紹介を頼んだら、処分に困っていたのかすぐに貸してくれた。

 前金でそれなりにまとまったのを支払ったのも大きいだろうが。


「来て数日の余所者ではあまり歓迎されませんね。まずは酒場にカネを落としてからだと思います」


「クソマズいビールに我慢するのはちょっとばかり苦痛だがな」


 ウォルターは笑って新たな栓を抜く。


 テーブルの上にはすっきりした飲み口で有名なアメリカビールの瓶が何本か並んでいた。

 ムシ暑い室内ではこれくらいが飲みやすくてちょうどいい。


 幸いにして物件には食糧庫として使っていた地下室があったので、ガソリン発電機をぶち込んでコンセントを引っ張ってきた。

 おかげで晩酌程度だが文明の気配を享受できている。

 もしなければ暴動が起きかねない。


 無論、デルタは最精鋭なのでその程度の我慢はできるが、あるのとないのでは士気が違う。

 ある意味ではこれが〈パラベラム〉の弱点かもしれない。


「酒場ねぇ……。さっさと女でも買って馴染みになった方が歓迎されるか?」


「いやぁどうでしょう……。召喚時に性病対策はされているってミリア嬢に言われてもなかなか勇気が要るもんです」


 次席副官のピーター・メイヤー大尉は案外慎重派らしい。

 おそらく、隊長と同格のふたりがイケイケドンドンなところがあるため、ここは自分がブレーキ役をと気を張っているのだろう。


「だからって、酒をかっ喰らってさっさと寝るわけにもいかないじゃないですか。ねぇ、少佐殿」

「そうそう!」


 体力を持て余している下士官たちがビール瓶を片手に騒ぐ。責任者じゃないからと気楽なものだ。

 ウォルターはそう思う。


 彼らの気持ちがわからないわけではない。

 外には電気もガスもない。夜になったらさっさと寝るような文明水準だ。

 彼ら地球出身者たちにとってはまだ眠るには早過ぎる時間帯なのだ。


「要するに、おまえら暇で暇で仕方ないから出かけたいってのか?」


「「「イエッサー」」


 ……バカどもめ。


 今から出かけるとすれば必然的に“そういう店”になる。

 悪所の酒場と言えば酌婦がいるわけで、いくらか追加で払えば上の部屋で。体力以外の何かも持て余しているわけだ。


「少佐、ここはひとまず現地人の実態調査ということで……」


 エドワードが部下たちのストレス発散にもどうかと具申してきた。


 実際、さっさと寝られない理由のひとつとして環境が最悪なのもあった。


 ベッドはギシギシでボロ布同然のシーツの下に藁が申し訳程度に敷かれているだけ、壁はパリパリに劣化した土壁で殴れば隣の部屋に拳が突き抜けてしまいそうだ。


 あまりにも文明人の住む環境ではないため、明日は狩りをオフにして部屋の消毒と補修など行う予定にしてある。

 つまり、どいつもこいつも普段以上に暇を持て余していた。


「……仕方ない。個別で動くのもなんだし、みんなで偵察といくか」

 

「「「ウーラー!!」」」


 妙にきっちり揃った返事を受けてウォルターは溜め息を吐いた。


 本当にバカばかりである。

 この場に女性隊員、ないしは関係者がいなくて本当に良かった。どんな目で見られたかわからない。


「あくまでも偵察だからな? ハメを外し過ぎるなよ?」


「サー! 承知しております、サー!」


 返事は立派だが、すでに信用できない。

 しかし、一度その気になった彼らはもう止まらないだろう。せめて泥酔して身ぐるみを剝がされたりしないことを祈るのみだ。


「……今後に必要だと思ったなら買うのはべつに止めん。だが値段はケチるなよ? それこそ“そういうヤツ”に当たっちまう」


「ラッキーストライクってヤツですか? まだ戦いでの負傷の方がマシですね。戦傷章パープルハートがもらえる」


 ウォルターの注意をひとりの隊員が茶化した。


ベトナム戦争ナムの頃は性病のひとつでも貰ってきてベテランだって聞いたぜ?」


「ははは! そんなの嘘だぁ! ベテランこそ病気に罹らないって話だぞ」


 笑い合う隊員たち。

 ウォルターは再び溜め息を吐きたくなった。


 本当にノリだけは一人前だ。

 いや、デルタフォースに入れるくらいなのだから間違いなく能力も一人前のはずなのだが……。まさか異世界に来て浮かれているのか?


「ひとつ忘れるなよ。銃は持って行くな。万が一盗まれると厄介だ。……メリケンサックとナイフ、一応催涙スプレーだな。コイツなら紛失しても被害も知れている」


 本部が亜人相手に忙しくしている中、こうしてデルタの妙な偵察任務が始まった。


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