第87話 彼らは歩き出した
「あくまでも……臣従以外の道が我らにはないと申されるか……?」
ハーフリングが震える声で問いを発した。
彼からすれば「これだけ譲歩したのになぜ頑ななのか」と思ってでもいるのか。
「聞こえなかったか? 臣従したくないなら帰ってくれていい。そう答えた。後はそちらで勝手にやってくれ」
取り付く島もない。そう思わせる強い口調でロバートは告げた。
「お待ちを! 我らが呑まなければエルフと一部のヒトだけで教会と戦うおつもりですか!? そんなの無謀だ!」
「そうだ! 獣人の戦闘力や我らドワーフの鍛えた武器なくして勝てるわけがない!」
そんなことは言われなくてもわかっていた。
本音ではひとりでも多くの兵力が欲しいに決まっている。
〈パラベラム〉が全力で支援してもそれでは本当に“借り物の勝利”になってしまう。
しかし、弱みがあるからと
無論、亜人同士の対立を煽りたいわけではなかった。亜人同士で争っている暇などないのだから。
そのための駆け引きが、今行われていた。
「もう一度言っておくが、臣従以外は不要だ。呑まないなら帰ってもらって結構だ」
どれだけ騒ごうとも態度を崩さないロバートに、三者は困惑を浮かべ押し黙った。
ここまでしても軟化しないとは、さすがにただ事ではないと思ったのだろう。
――もしかしてだけど……。まさかこれで譲歩しているつもりなのか、こいつら……?
様子を眺めていた将斗は内心で困惑するしかなかった。
ここまでロバートや明石大尉に言われても一向に現実を認めず「同盟に参加してやる。待遇はわかっているよな?」が通るつもりでいる。
こんな味方などいないほうが却っていいのでは? そう思うほどだ。
「……もう少しわかりやすく説明しましょうか」
ここで仕方ないとジェームズが口を開いた。「少し任せてもらえないでしょうか?」との視線を受けてロバートも小さく首肯する。
次いで来訪者の視線も茶色髪の青年へと向けられる。
「あなたがたは大きな勘違い――いえ、過去に縋りすぎている」
「「「…………?」」」
いまいちわかっていないようだ。ジェームズは小さく溜め息を吐く。
「もっと言うなら、立場がおわかりでない。一度没落してヒトに敗れた者が、どうして価値を示さず無条件に重用されると思えるのでしょう?」
ここでようやく理解したか、三者の表情が一斉に苦々しげに歪んだ。
そう、本当に絶対的な自信があるのなら蜂起に加わらなかったのはありえない。
結果的にエルフが勝ったから動きだしただけで、負けていれば見捨てていたはずだ。
「鍛治にしても戦闘力にしてもただの自己申告です。その程度で厚遇を要求するなら自前でやります。時間はかかりますがエルフに覚えさせれば済む話です。なんなら武力も武器もヒトからだって買える」
ジェームズは諭すように語り掛けていく。
「きょ、虚勢だ。そんな簡単にいくはずが――」
「容易ならざることは先刻承知ですよ。ですが、あなたたちの武器や能力が絶対なら、なぜヒトに負けたのでしょうか? 簡単です。それはヒトでもできるからです」
反論を試みたドワーフの言葉はジェームズに潰され、続くものが出て来ない。
たしかに虚勢ではある。
しかし、それにしてもあくまで現時点での話だ。
ヴェストファーレンとの協議次第となるが、近代水準の火器を供与することとてすでに視野には入れている。幸いにして硝石はバルバリアの奥地に眠っている可能性があった。
「あなたたちが優位と思っているものは、所詮遠い昔の幻想なんです。ヒトは絶えず進化している。個々の能力だけではありません。最高の切れ味の剣や槍で空を飛ぶ
感情的でもなくただ事実だけを並べているがゆえに、来訪者たちは何も答えられない。
亜人たちが東に引きこもっている間に、ヒト族は対魔族戦線で否応なしに鍛えられている。もしも最精鋭の軍が来れば、各種族バラバラの亜人などひと捻りだろう。
もっとも、そうさせないために〈パラベラム〉が介入しているのだが。
「あなたがたが負けた理由は明白です。己の長所を妄信せず短所を補うべき――いえ、頼るべき仲間が必要だったんですよ。異種族を侮り、思考停止した傲慢で偏屈な考え方だから負けたのでしょうね」
ジェームズは淡々とそう締めくくった。
ここで嘲笑うような真似をすれば獣人あたりは暴発しかねない。ギリギリの水準だった。
「使者の方々、この館を見られよ。これを建てたのは彼らヒト族だ」
ゆっくりと立ち上がったエリアスが口を開いた。
これ以上はさすがにやり過ぎだろう。
それにも増して、ほんの少し前までは自分たちも過去に囚われており、彼らを笑える立場にないと感じたのもある。
自分よりもずっと感情的なリューディアですら激発しないよう耐えているのだ。
ならば、次期王として自分の果たすべき役目は何か。
そう考えるなら――彼らに近い立場から今の想いを伝えるしかない。
「なれば、我らにもできない道理はない。戦えないエルフはこうした技を習得しようとしている。“特定の種族でなければできぬ”。まずその意識をなくそうと考えをあらためた。それが“進歩”というものだろう」
王子として、エリアスは多くのエルフたちを導かねばならない。
当然、道は平易なものではない。
今はただ過去の
その想いが他の種族にも伝われば――そう思った。
「エルフには過去に囚われない新たな道が必要だと気付いた。だから、我々は彼らと歩むことを決めた。そのための支援を惜しむつもりはない」
最後にロバートが補足した。今度は穏やかな口調だった。
『これまでとは違う明日が欲しい』
そう願い、働くエルフたちの姿には心動かされる。彼らは自分たちの足で森の中から出ようとしているのだ。
未知の分野に関してはまだよちよち歩きに等しい。すべて手探りだ。
だからこそ、ここで躓かせるわけにはいかなかった。
「……まぁ、これ以上話しても、この場で結論は出せないだろう。持ち帰って検討されるといい」
言うだけは言った。
たとえ道は交わらなくとも、あとは自分たちで考えて結論を出してくれればいい。
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