第86話 その程度なら要らない
「ど、どういう意味でしょうか……?」
まったく予想外の反応だったか、ハーフリングの表情は完全に固まっていた。
流れに身を任せるが如く、彼の動きに倣っていた獣人もドワーフも似たような表情となっている。
いや、こちらはまだハーフリングほど事の深刻さを理解していないかもしれない。
「言葉そのままの意味です。今の我々は新たな同盟者を必要としておりません」
エリアスは淡々と語った。
目線には探るようなものはない。事実のみを並べているだけだ。
「お待ちください! 同盟が必要ないとは!?」
駆け引きの要素もない、拒絶の言葉となれば使者たちは困惑が深まるばかりだ。
「それについてはこちらから答えよう」
事の成り行きを見守っていたロバートが口を開いた。
あまりやり過ぎてエリアス、ひいてはエルフへのヘイトが溜まらないようにしてやる必要がある。
「……この者たちは? どうもヒト族のようにも見えるのだが」
あくまでもヒトと話すのは嫌悪感があるらしく、ドワーフはエリアスに問いかけた。
この程度の無礼など想定範囲のロバートは一切動じない。
当然ながら使者としての評価は下がるが。
「異界から召喚されし方々だ。我らエルフを救ってくださり、今では行動を共にしている」
エリアスもまた隠すつもりはない。
むしろ、ここで亜人たちに対して手札を切って見せたわけだ。
「い、異界から!?」
「だが、ヒトではないか!! まさか勇者とでも言うのか!?」
獣人、ドワーフが続けて驚愕の声を上げた。
その中でハーフリングは声を出さず、値踏みするような視線を将斗たちに向けている。
「言っておくが俺たちは勇者じゃないぞ。もしかしたら魔王かもしれんが」
そろそろこっちを向けとロバートが再び口を開いた。
よせばいいのにわざとらしくニヤリと笑って見せる。これも演出の内かとジェームズは隣でそっと苦笑する。何をしても威嚇になるのだ。
「「「魔王!?」」」
三種族の声が重なった。
この時だけは不仲さを忘れて融和できたらしい。
――いや、そうとは決まっていないんだがな。
場のやり取りをロバートとジェームズに任せた将斗は呆れていた。
どうにも彼らは先程から都合の良い言葉しか拾っていない。
いや、それだけではない。口にする言葉もそうだ。
まるで端から結論ありき――自分たちが今からでも亜人連合になんの障害もなく加われると思っている。
とても現実が見えているとは思えない。
戦ったのはエルフであって、お前たちじゃないんだぞ? なのに、口ぶりでは自分たちがいたらもっと活躍できたはずとばかり、先程からしきりに口にしている。とんでもない増上慢ではないか。
「教会じゃなくて魔族に呼ばれたからな。……まぁ、それを額面通りに受け取るかどうかはおたくらの自由だ。しかし、そんなことは今は関係ない」
ロバートは見定めるように視線を軽く動かして空話の向きを戻す。
「なるほど。既に同盟者がいて、エルフだけで勝手には決められないと」
「ハァ?」
訳知り顔のハーフリングの言葉に、とうとう明石大尉から変な声が出た。
おそらくこの場にいるエルフと〈パラベラム〉の総意でもあると思う。口を滑らせたのは少しばかりやり過ぎだが。
「……何か?」
「いや、失礼。あまりにも会話が噛み合ってなかったので」
明石大尉の肩が小さく震えている。込み上げる笑いを堪えきれないのだ。
もっとも本人もあまり隠す気がないようだ。これはやる気でやっている。
将斗はロバートを見るが、まったく止める気配はない。むしろ面白そうに眺めているほどだ。
もしかすると自分がそれをやろうとしていたのかもしれない。
「待たれよ。噛み合っていないとは如何なる意味か?」
一方、侮辱されたと我慢ならなかった獣人が獣の顔を歪めて問いを放った。
ヒトに笑われるとは甚だ不快とでも言いたげだ。あまりにも無礼を働くならこの場で殺すと全身で語っていた。
隣のドワーフも止める気配はない。口には出さないが気持ちは同じなのかもしれない。
残るハーフリングだけは「余計なことをするなよ……」と顔色を悪くしているが、おそらくこれが亜人全体のヒト族へ向ける感情なのだ。
「いやいや、この期に及んで同盟に参加できると思っているおめでたさですよ」
まるで理解していない態度に我慢できず明石大尉が口を開いた。
「あなたたちはエルフの蜂起にも加わらず、それどころか援軍を頼みに行った使者を門前払いしている。勝利を寿ぐよりも何よりも、まずはその事実を謝罪するのが先でしょう?」
向けられる、ほとんど殺気同然の感情をものともせず明石大尉ははっきりと答えを口にした。
「それは……」
さすがに使者たちは言い澱んだ。勢いを殺されたと言ってもいい。
「勝ち馬に乗っかりたいのは理解します。ですが、あまりにも無節操では? 最初に戦ったのはエルフで、あなた方は現時点で何の貢献もしていないのですよ?」
明石大尉の声には隠し切れない嫌悪感が滲み出ていた。
遠慮のない物言いに三者ともに反論できずにいる。
かと言って、これで止まるつもりもなかった。
新参者だけにしがらみもない。ニュートラルな立場から彼らに言っておく必要があった。
「それがノコノコやって来て『これで自分たちと連合を組めば勝てる!』と言うなんて噴飯ものです。挙句の果てに、ヒトらしき者がいれば挨拶も見向きもしない非礼さと厚顔無恥さまである。正直に申し上げて私はあなた方の良識を疑っています」
ついにハーフリングとドワーフの顔が真っ赤になって震えだした。
獣人は黒いイヌ科の顔なので体毛で顔色はわからないが、おそらく同じようなものだろう。
「――というわけだ。我々の間にはこれくらいの隔意はあるものと思ってもらいたい。それと我々〈パラベラム〉はヴェストファーレン王国とエルフを
〈パラベラム〉トップの役目としてロバートが引き継ぎ、核心に触れた。
「エルフの下に付けと!?」
ドワーフが声を上げた。納得できないらしい。
聞けばドワーフはエルフと最も仲が悪いらしい。森の賢者と鉄を操る職人という、方向性は異なるが“知”に触れる者としての矜持がそうさせるのだろう。
だが、そんなものは将斗たちにとって何ら考慮に値しない。
「当然だ。彼らは立ち上がり勇敢に戦った。それも二度。そこに遅れて来た者たちがなぜ同列に扱われる? 納得がいかないのであれば自分たちだけで連合を作るなりして教会勢力と戦えばよろしい。戦果を上げれば同盟もあろう」
ロバートは淡々と口にした。
「そんな! 我らの力が要らぬと申されるのか!?」
信じられないとハーフリングが叫んだ。
すでに血液が沸騰している獣人やドワーフのことは見ていない。
それなりに利を追求できているのか。信頼はできないが信用はできるかもしれない。
ロバートは苦笑しそうになった。
ただし――今はこう告げておく。
「ああ、要らない。臣従以外は求めていない」
ロバートはきっぱりと言ってのけた。
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