第85話 取り残されるもの


「エルフ王家の王子エリアス・クラーニ・ヒッタヴァイネンです」

「同じく王女のリューディア・クラーニ・ヒッタヴァイネンにございます」


 謁見の間――というにはいささか手狭に感じられるが、住処を追われた亜人の屋敷と考えれば広間は十二分過ぎるほど整えられている。

 この世界では高価な蝋燭が遠慮なく灯される中、一段高い場所の椅子に座した兄妹が順に言葉を発した。


 ――さてさて、お手並み拝見といこうか。


 表情には一切出さぬままロバートは様子を見守る。

 会談の主役はヒッタヴァイネン兄妹のため名乗りの言葉も発さないが、すでに「この者たちは何者だ?」という視線がチラチラと向けられていた。


 ひとまず自分たちが出張るところではない。これは亜人デミの問題だ。


 ロバート、ジェームズ、将斗、それと明石大尉は武官として両側にそれぞれの軍の制服にて控えている。

 武装はそれぞれの拳銃と将斗は刀だけ。仮に何かあっても問題ないだけの備えはしてある。

 むしろひとりファンタジー世界に全力突入しつつある将斗サムライだけでも大丈夫なのだろうが、さすがにそこは体裁もあるし見栄えも悪い。


「エルフ王族であられるハイエルフのご兄妹に拝謁でき光栄に存じます」


 対する使者の中で真っ先に口を開いたのはハーフリングの使者だった。


 将斗たちからすれば見た目はヒトとほとんど変わらない。

 背が低いというか全体的に縮尺をやや小さくしたような感じだ。あとは強いて言えば耳の形か。こちらは少しだけ尖っている。エルフで見慣れているので驚きはあまりない。


「「光栄に存じます」」


 獣人とドワーフが慌てて続く。

 先を越されたと言わんばかりの表情だった。それを浮かべている時点で悪手とも気付かず。


 ――コイツには注意しておくか。


 ロバートは警戒を一段階引き上げた。


 どうもハーフリングはこういう場所で抜け目のなく動ける種族らしい。

 ちなみに獣人はもうすこし気分屋、ドワーフは頑固で偏屈と、概ねサブカルで知られるものに近い性格をしているとミリアから聞いている。


 ここは将斗の出番だなと、本人としてはそこそこの階級なのに連れて来られたのだ。


「ところで国王陛下はいかがなされました?」


 ――ほらきたぜ。


 ジェームズは内心で溜め息を吐いた。予想通りに踏み込んできたからだ。


 まるで「長々と世間話をするために来たのではない」とでも言いたげではないか。

 同時に「王子・王女に何ができる?」と侮っている気配もある。

 これが亜人間の対立の根幹なのだろう。


「国王陛下は御加減が優れませぬ。ゆえに我ら兄妹でこうして貴殿らの応対をしているのです」


 エリアスは淡々と答え、対するハーフリングの表情に驚きが宿る。

 普通は病の気配など隠そうとするものだ。


 ところが、微塵もその気配がない。


 まさか権力の継承はすでに終わっているというのか? 今度は疑念が浮かび上がってきた。

 先ほど侮ったところを見られなかっただろうか。

 そんな不安がよぎる。


 ――早速、引っ搔き回されているな。


 流れを見守るロバートは笑いたくなる。


 見ていて実にわかりやすい。

 付け焼き刃の小賢しさはあっても腹芸をするほどの余力すらないのだ。


 国王と交渉してまとめたい思いが先行して無礼を働いてしまった。

 もしもエリアスがすでに同等の権力を持っているなら「お前では役者不足だ」などと迂闊なことを言えば、いや態度に出すことすら危うい。

 相手の出方を窺うどころか、自分がどう出ていいかわからなくなってしまったようだ。


 即席だがジェームズが訓練を施した成果が出ていた。


「して、貴殿らはどういった用件で参られたのですか?」


 どうも妙な空気になった。

 このままでは進まないと思ったのか、ここでエリアスから問いかけた。


 用件など聞かずともとっくにわかっている。

 しかし、それは当人たちの口から言わせなければいけない。

 でなければ、エルフが自分たちだけで戦った意味が薄れてしまう。


「我ら、この度の対バルバリア戦でのエルフ勢の勝利を寿ことほぎに……」


 あからさまな抜け駆けはどうかと思ったのか、ハーフリングの使者はすっかり出遅れていた獣人とドワーフにも一定の配慮を見せた。


「そうですか。気持ちはありがたく頂戴いたしたく思います」


 微塵もそのようには思っていない表情でエリアスが答えた。


 祝っているなどありえない。

 その勝利に自分たちが関われなかったことを悔しがっているだけだ。


「まさかそのためだけに普段足を踏み入れぬ我らが森にまで足を運ばれたのですか?」


 兄に代わってリューディアが問いかけた。

 わざわざどうもと言いたげだがどう見てもキツい皮肉である。


「いえ。無論そのようなことは」

「そろそろバルバリアへの侵攻に対してのお考えもあるのかと思いまして」


 ハーフリングに先を越される前に獣人とドワーフが弁明の言葉を発した。

 もちろん、傍から見ていると弁明には見えない。


「考えてはいない……とは言えませんな。今のままでは決着がつきませんゆえ」


 三者の目が同時に光った気がした。

 ようやく本題に辿り着けたと思っているのだろう。


「ならば……我らハーフリングもヒト族に鉄槌を下すこの戦いに加わりたいと思いまして。必ずやお役に立てるものと……。各種族との調整や食糧の調達は我らこそが真価を……」


 ここでハーフリングが声を上げた。やはり抜け目がない。


「なんの! 戦闘は我ら獣人にお任せを! 戦場を掻き回してご覧に入れます!」

「ドワーフが鍛えし鍛冶の腕をお見せしましょう! 無論、戦闘職もおりますゆえ前衛に立って戦うことも可能ですぞ!」


「そうです! 今はかつての遺恨など捨て、ここに四種族同盟を組み、小規模な種族も束ね、不遜なヒトどもに勝利を重ね、大陸に本来の安寧と静謐を取り戻すのです!」


 熱のこもった口調でハーフリングが小さな身体で声を張って意見をまとめた。


 いつしか宗教のような熱狂を振り上げ、今回の戦いをまるで亜人全体にもたらされた崇高な使命があるかのようにすり替えようとしている。

 これは非常によろしくない。


「ふむ……。どうやら、あなたがたは何か勘違いしておられるようだ」


 さもつまらないと言わんばかりの溜め息と言葉。

 場が一瞬で凍り付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る