第84話 先を往かんとするもの
バルバリアとの二度目の戦いを経た後、ついに“森の向こう”から使者が訪れた。
ドワーフ、獣人、ハーフリングとエルフが蜂起すると決めた際に見事に日和見どころか「正気か?」と言わんばかりの反応を示した種族たちだ。
当然、エルフたちはその時のことを忘れてなどいない。
当然だ。彼らはすでに命を懸けて戦っているし、その結果として勝利も掴んでいる。
「あまり飛ばさなくてもいいぞ、キリシマ中尉。車なら十分間に合う」
連絡用のL-ATVを使ってロバートたちは森の中を急ぐ。
砦を築く際に、こちらを開発するため木材の伐採ついでに道を拡張・整備させている。
いずれはこの道が
計画が順調に進むのなら馬車がすれ違える程度の道幅として各地を結ぶ主要道路にまで発展させたいと〈パラベラム〉は考えている。
とはいえ、それはまだまだ先――少なくともこれからの会談次第だろう。
「エリアス殿。会談は国王陛下に任せてもよかったんじゃないか?」
ロバートは隣に座るエルフの青年に問いかけた。
L-ATVは四人乗りなので、向かう人員はロバート、ジェームズ、将斗、それに王子のエリアスとした。
スコットもエルンストも政治に興味はないし、新規加入の自衛軍メンバーもまた前線の雰囲気に慣れておきたいと同行を辞退した。
いざという時に備えて火力を水増しできる存在は多い方がいいため話はそれで済んだ。
「私の口から言わせるなんてロバート殿も意地が悪い」
エリアスは小さく苦笑を浮かべ、それから言葉を続けていく。
「――父王では古い考えから抜け出せますまい。私でも「何を今更」と少なからぬ苛立ちを覚えているのです。父では駆け引きさえ成り立たない可能性があります」
言葉にはしないが亜人たちがヒトに負けた理由の象徴でもあった。
ヒトが台頭してくる中でも種族間で主導権争いを繰り広げていて団結できなかったからこそ、彼らは森の向こう側に押し込められ閉塞している。
「それに譲るべきところを見極められなければ、バルバリアに勝てたとはいえ我らは過去の因果から脱せていない。無論、私たちだけの力で勝てたわけでないのもありますが……」
「それだけ理解されていたら十分でしょう。いい王になれますよ。そうですね……、この話をまとめたら王には隠居いただくべきかもしれません」
助手席のジェームズが言葉を挟んだ。結構な爆弾発言である。
もっとも驚きを見せたのはエリアスだけだった。
「それは――」
「あなたが今しがた言った通りの理由ですよ。王があまり腰が軽くても困りますが、反対に決断できないのも困る。今回すぐに動いたエリアス殿下とリューディア殿下が表に出るべきです」
ジェームズはとっくに見切りをつけていた。
現王では彼の眼鏡には適わなかったようだ。
「
悪い顔をしているイギリス人を見てロバートが溜め息を吐いた。
そう、今回も過去と何ら変わっていない。
エルフが先に蜂起した状態で後塵を拝するのを嫌ったのだ。それ以上にまさか勝てるとは思っていなかったのだろう。
だからこそ、今頃になり慌てて使者を送り付けてきたわけだ。
それなりの危機感というか抜け目のなさはあるのかタイミングまで同じだったのにはエリアスとしても笑うしかない。
これも勝ったからこその余裕なのだろうとの自覚もあった。
エルフが辛うじて今も守り抜いている王都――大樹の里に着き、すぐに王族の住まう屋敷へ向かう。
「見違えるな。無理矢理にでも“屋敷”を建てておいて正解だった」
「いやはや。まさにご慧眼としか言いようがありません」
ロバートの言葉に立ち止まったエリアスが嘆息した。
彼は完成を見ることなく砦に詰めていたので、概要は知っていたものの実物を見るのは初めてだったのだ。
「うちの工作部隊も職人気質ですねぇ……」
将斗が半ば呆れた声を出した。残る半分もけして同意の声ではあるまい。
「キリシマ中尉、ハッタリが大事なんだよ。こういう社会じゃあね」
そう、こんなこともあろうかとエルフの文明底上げ政策として、突貫ながら高級木材で組んだ特大の屋敷をそれらしく見えるようやたら丁寧に作らせていた。
実行したのは地域の祭りで“まるで手を抜かないこだわり派”と評判の自衛軍工作部隊だ。
彼らも後方支援部隊としてこの度しっかり巻き込まれている。
それ以外でも召喚機能で内部の調度品などを取り寄せており、いつの間にかエルフが“森の原住民”から“森と共に生きる者”に強制ランクアップしている。
ミリアに言わせると占領統治プロトコルとして調度品も召喚対象に入るらしい。
もはやなんでもアリと思った機能だ。
依然として兵器関係や産業革命から階段飛ばしを起こせそうなものにはロックがかかっているのだが……。
「エリアス殿、今のうちに言っておくがあまりかしこまるな。他の種族にでも見られたら「新たな主人を見つけたのか?」と詰られるぞ。事実はどうであれ対等でいてくれ。俺たちが困るんだ」
「これは失礼を。無礼にならぬのとやりすぎの境界を見極めるのは難しいですね……」
ロバートからの指摘にばつの悪そうな顔を浮かべるエリアス。
どうしてもヒトと争わないように無難――いや、卑屈に生きて来た時の癖が抜けきっていないようだった。
ここでしっかりと自覚させておく必要がある。
「お戻りですか、お兄様!」
ロバートたちが歩いて来るのを見つけたかリューディアが小走りで駆け寄って来た。
彼女には護衛として工作部隊の隊員がついている。やはり日本人の方が外見的に安心するらしい。
すぐにエリアスに近付く素振りで将斗のそばに陣取るあたりが兄としては苦笑したくもなるのだが。
「リューディア。立派なものができたな。さすがに私もここまでとは思っていなかった」
本心からといった様子でエリアスは溜め息を漏らす。
ネガティブなものは見られない。ただ驚きすぎているのだ。
「ええ。ですが残念ながら我々はほとんどなにもできていません。〈パラベラム〉の皆さまに古くから伝わるエルフの様式や意匠を聞かれて教えたくらいで……」
「なぁに、細かいところは後々直せるように職人を育てますよ。今は“お客様”にそれっぽく見せつけてやればいいんですから誰が作ったなんて些事です」
工作部隊隊長の
彼らの矜持は理解するが、芸術的な部分にかける余力のなかった者に気にされても正直困るのだ。
今は全力で支援を受け取ってもらえばそれでいい。
「アカシ大尉の言う通りだ。まずは必要なものを用意して部隊を整える。王子様にお姫様、ここからだぞ?」
ただ未来だけを見据えるロバートは兄妹に覚悟を問いかける。
「付いて来れるか?」と――
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