第83話 丘にそびえるくろがねの城(比喩)


「総員突撃ぃぃぃぃっ!!」


 ほのかに聞こえてきた叫び声と共に丘陵地帯の向こうから騎馬が疾駆を開始する。


 よく見ればその後ろを歩兵が走っている。

 しかし、丘を駆け上がらねばならないため徒歩かちの兵には負担が強い。

 早速それぞれの間が離れ始めていた。

 これでは歩兵が騎馬を支援する役目が活かせない。


 野戦で軍勢同士がぶつかるなら構わない。

 突破力のある騎兵が敵の弱いところを突破して陣を分け、そこへ歩兵が襲い掛かって撃破する策が取れる。

 だが、今回は砦を攻める戦いなのだ。


「かかれぇぇっ!! 反旗を翻した亜人どもを蹴散らせェェェッ!!」

「よくも仲間を! 全員ぶっ殺してやる!」

「おまえら、亜人でも女は殺すなよ! 俺の槍をブチ込んでやるからな!」


 怒りに憎悪に欲望。お世辞にもポジティブとは言えないエネルギーが空気を通して伝わって来るようだった。


 半分以上「おまえらのほうがよっぽど蛮族では?」と思うセリフも聞こえるが、これも戦場の空気というヤツだろう。たぶん。おそらく。


「いやぁ、彼らを見るのは初めてだけどすっかりる気満々だねぇ。霧島中尉、いったいなにしたらあんなに恨まれるの?」


 双眼鏡で迫り来る軍勢を見ている迷彩服姿の男が声を上げた。

 隣に立つ仲間ふたりもうんうんと頷いている。


 彼らは前回の勝利で増えた枠で召喚した日本国陸上自衛軍特殊作戦群SOG出身の将斗の同僚たち。将斗から見れば上司の扶桑景則ふそうかげのり大尉と、同期に後輩でそれぞれ比叡亮二ひえいりょうじ中尉、榛名秀一はるなしゅういち中尉だ。


「森の手前に布陣したところを迫撃砲で遠距離攻撃手段を吹き飛ばして退路を断ち、内部に誘い込んでから逆茂木で先頭を串刺しにして動きを止め、矢を射掛けて壊走させたところにトドメの迫撃砲で粉砕しました」


「「「うわぁ……」」」


 三人から揃って「信じられないド外道」とでも言いたげな視線が向けられた。


「ちょっと! まるで俺が計画してやったみたいな目で見ないでくださいよ!」


 堪らず将斗が抗議の声を上げた。

 そこに関してはまったくの無実である。


 とはいえ、もしもこれを他のメンバーが聞けば異論が出ただろう。

 彼は彼で別件とはいえ騎士を刀で斬り捨てている。それこそ「自分だけがまともみたいに言うな」と抗議されていたかもしれない。


 一見して幅広く暴れているのはロバートやスコットだが、実際のところ


「まぁまぁ、冗談だよ。霧島中尉がそこまでやるとは思っていない。ただ……“彼ら”ならやりかねないと思わせるね」

「さすがは悪名高きVR選抜チーム。まったくもって容赦がない」

「実際、演習でも結構なやらかしっぷりだったし……」


 三人のセリフをそれぞれ聞くに、やはり実際の演習でもエグいことしたのは広く知られた事実らしい。


 自分たちとは切り離された後のことなので「おまえらがやった」と言われてもさっぱり実感がないのだが、反面やりかねない自覚もある。


『こちらHQ“ペインキラー”、功にはやった騎兵が先行している。迫撃砲小隊は各自射撃開始、とりあえず騎兵のど真ん中にでも撃ち込んでやれ』


「ん、そろそろ始まるみたいだね」


 無線機からの声を受け、日本出身組は大尉の声で雑談を止めた。

 異世界での初の実戦を目前にしているが、緊張はさほどない。

 彼らは彼らで地球にて表には出せない極秘任務をこなした経験があった。


 無論、流れ矢などが刺されば無事では済まないので相応の注意は必要だが。


『“サンダースティール”了解。――射撃開始』


 そうこう雑談していると司令部から攻撃命令が下り、迫撃砲小隊が応えた。

 砦に詰めるエルフたちの多くは弓を持って身を隠しているが、さすがに彼らだけで完全装備の軍の突撃を撃退できるわけもない。

 なので今回も〈パラベラム〉が露払いを引き受ける。


『弾着――今!』


 突撃して来た騎兵たちの中に空から複数の81mm砲弾が飛び込み、悲鳴と怒号が上がり騎兵突撃の勢いが一気に殺される。


 やはり人間もそうだが、なによりも未知の攻撃に馬が暴れてどうにもならない。

 後ろの歩兵に至っては騎士がやられて完全に足を止めてしまっていた。


 これでは勝つための流れなど作り出せはしない。


『エルフたちに連絡、“いつもどおりでいい”――と。あとは敵の指揮官を排除しろ。迫撃砲小隊は射撃継続』


「今だ!死ね!」「さっさと山へ帰れ!」「山じゃない!あの世にいけ!」


 崩れたところへエルフたちが一斉に弓を射かける。

 命令はあらかじめ出していた。「砲撃後の崩れたところに矢を放て」と。

 いささか抽象的だが命令を待たせてバラバラに暴発されるよりはマシだった。


「くそっ!なんなんだ!」「敗走兵の見間違えではなかったと!?」


 混乱しているところを狙われればやはり弱い。

 狙いの上手いエルフはいい具合に鎧の隙間や弱いところ、なによりも馬を狙っていく。


 初陣での勝利を経て、彼らは地球の戦を知る〈パラベラム〉から更なる“教育”を受けていた。

 そう、騎馬兵を狙えば敵戦力を効率的に減らすことができる。また徒歩よりも騎乗の方が兵の位も高い。

 ある種の斬首作戦だ。それを徹底させた。


『こちら“ラムシュタイン”了解。――目標を補足。狙撃開始』


 尚、本当の指揮官トップを狙うのはエルンストの役目だ。

 AWMスナイパーライフルから飛翔した.338ラプアマグナム弾が、変わらぬ鋭い銃声と共に死の弾丸を送り込んでいく。

 スコープの向こう側で頭部が吹き飛び後ろの兵もひとり巻き込んでいった。


『“ラムシュタイン”、敵指揮官の排除完了』

『“ペインキラー”了解。あとはエルフたちに任せよう』


 騎兵の危機を目の当たりにした歩兵たちがおっかなびっくりで後ろからやって来る。さすがに見殺しにはできないのだろう。

 とはいえ、そちらは打撃力も突破力も砦の前には発揮できない。無視でいい。


「くそ!退け!立て直す!」


 そうこうしているうちに弓を射かけられていた騎兵たちは不利を悟ったらしく、動ける生き残りを纏めて反転。そのまま撤退に移行していく。


「あーあ、こっちの出番はナシか」

「こうも容赦なくやられたんじゃ敵も士気を保てませんよ。打つ手がない」

「打開策がない限り、停滞状況に入ったようなものですね」


 自衛軍組が漏らす通り〈パラベラム〉の出番はなかった。

 いや、正確には


 正体を掴まれにくい迫撃砲以外の現代兵器――特に銃の存在を秘匿するためだ。

 エルフに優先開示できる技術でもないし、あまり頼られるのも困る。


 よほどの危機的状況でなければ、〈パラベラム〉は軍事面で積極介入する時期ではないと踏んでいた。介入するのはそれ以外の文明的な部分の底上げだ。


「とはいえ――」

。使える兵科が弓兵エルフだけではあまりにいびつです」

「いずれ防戦しかできないと知られれば砦も無視されるでしょうね。補給路を狙うこともあり得ます。殿しんがりさえきちんと用意しておけば背後を衝かれる恐れもありません」


 将斗は密かに舌を巻いていた。

 さすがは空挺団狂ってる団からさらに厳しい選抜を潜り抜けて特殊作戦群へ入っただけのことはある。

 この短期間で亜人部隊――いや、エルフたちの問題を正確に見抜いていた。

 あまりにもエルフの適性が身軽な弓兵に偏り過ぎているのだ。


 今はまだいい。バルバリアは適切な評価を下せていない。


 しかし、敵もそれほどバカではないはずだ。

 追撃ができないとわかれば、こちらの砦を無視するに違いない。


「とりあえず上に報告しておくか。新参者はまず価値を示さないとだし」


 扶桑大尉が溜め息を吐いた。


 自分たちでもぱっと思いつくのだ。それくらいはロバートたちも理解しているだろう。


 しかし、だからと言って問題を共有しないわけにはいかない。「~だろう」ではなく「~かもしれない」。

 つまらないことで躓かないためにはこれが重要なのだ。


「支援部隊を羨ましいとは思わないが、我々でエルフたちの穴埋めをするのは限りがありそうだね」


 扶桑大尉がそう結論付けた。

 とりあえず意見上申するため、将斗たちは指揮所へと向かう。


 ここにいるのは戦闘要員だけで、その他の支援部隊は後方の畑や森の中だ。

 とにかく今は無謀にならない程度に敵戦力を減らさねばならない。そのため、主要メンバーだけがここに詰めている。


「やっぱり王城への突撃も検討すべきなのでは?」


 戻るや否や榛名中尉がとんでもないことを口にした。

 べつにそれは不可能ではない。


「デルタは喜びそうだが、あまり気は進まない」


 ロバートが答えた。


 既にデルタチームが冒険者を装いバルバリア王都へ潜入している。


 クリスティーナに便宜を図ってもらって登録し、次にエトセリアへ活動範囲を移して徹底的に経歴をロンダリングしたのだ。


 ここまで悪知恵が働く者がいないせいで見落とされていたいわば裏技だろう。

 クリスティーナもギルドの人間も「よくもこんなことを考えるな……」とすごい顔をしていた。


「それはまたなぜ?」


「どう転んでもいいように仕込みはできている。だが、まだ足りないピースがある。兵士としての訓練も全然だしな」

「それに俺たちでやっちまうとエルフに蜂起させた意味が薄れかねない」


 ロバートの言葉をスコットが補足した。


「蜂起した意味ですか……」


「ここは正直運次第だ。すべては時間の問題だと思っているが……」


 ロバートが彼にしては曖昧な物言いをした。

 そのタイミングだった。


「マッキンガー少佐殿、伝令です! ドワーフ、獣人、ハーフリングからの使者が参りました!」


「――会おう。王族のところか?」


 息を切らせて駆け込んで来たエルフ伝令の言葉にロバートは即答した。


 驚きもあったが、どちらかといえば仕込みが動き出した手応えを感じていた方が大きい。

 まさか一斉に来るとは思わなかったが……。


 思ったよりも早く事態は動き出しそうだった。

 

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