第82話 情け無用、インベード!


「おーい! こっちの杭をもっとしっかり打ち込んでくれ!」

「了解!」


 青天の空の下、作業の声に木槌の音が幾重にも響き渡る。

 エルフの森の北西、バルバリア本国へと続く丘陵地帯にそれなりの規模の砦が急ピッチで整備されようとしていた。


「堀のスペースだけ確保したら先に“棘の糸”を張ってくれ!」

「これは……」


 砦というものは実に厄介で、存在するだけでもバルバリアを確実に圧迫できる。

 これが最大の狙い――というよりも、


 森へ侵攻するためにはここを落とすか迂回しなければならず、落とすには相応の戦力が必要であるし別働隊にも警戒しなければならない。

 後者にしてもそれは同じであり、敵に余計な出血・出費を強いるのが目的だった。


 砦のベース自体はそうたいしたものではない。

 なるべく太さを揃えた木を地面に撃ち込み、縄で編まれた急ごしらえのものだ。

 ここから逆茂木さかもぎを作り、さらに堀を作り、後は〈パラベラム〉の工兵部隊の支援を受けて“棘の糸有刺鉄線”の鉄条網を張り巡らせていく。

 これで迂回以外はしたくないが無視もできない砦に底上げできる。


 もっとも木なので火矢や炎の魔法で燃やされしまいやすい難点もある。いずれは石など、あるいはヴェストファーレンからレンガを運び込んで強固にする予定だ。

 とりあえず今は最低限の防御力さえ稼げればそれでよかった。


「木を伐りたいと言って素直に応じてもらったのは助かったよ。そうでなきゃこんなに早く砦を作れなかった」


 満足な食事を得たのと、勝利によって士気の高いエルフたちの作業を見守りながら将斗が傍らに立つリューディアに声をかけた。


「……ああ、マサト殿が気にしてくれたのは「エルフが森を大事にする」という話だったか」


「まぁね。そりゃあ大事な生活の場みたいだし配慮くらいはするさ」


 曖昧に聞こえないだろうかと不安になりながら将斗は平静を装って答えた。

 オタク知識が元ネタとは口が裂けても言えなかった。


 もし言い訳しようにも「魚が自らが住まう水を~」なんてのとは違う気もする。ちょっとSAN値チェックが必要になりそうだ。


「ふふふ、それはありがたい心配りだ。さりとて心配は無用。我らも杓子定規に拒絶するわけではないぞ? その理屈では皆の住居にも枯れた木や腐った木しか使えなくなってしまう」


「たしかにそうだよな」


 将斗は考え違いをしていたと笑った。

 これには先ほどの“失態”への誤魔化しも含まれている。この程度の気安い会話ができる程度には打ち解けた。


 というよりも、出会った時――エルフの同胞を火葬にした際に話しかけたのをきっかけに、リューディアは将斗と話すことが多くなった。


 クリスティーナ同様の感覚で話しかけているが「国もないのに姫も何もない」と本人がこの距離感を望んだ。

 今は無用な自尊心が生まれてしまうのを避けているのかもしれない。


「それよりも農業への支援は本当にありがたい」


 今、支援部隊が森の外をトラクターで全力で耕している。

 畑を作るのが〈パラベラム〉で、柵だのを整備するのがエルフと若干順番が逆な気もするが、これは戦いに間に合わせるための非常手段だった。


 とにかく地球での救荒作物として馬鈴薯などを持ち込んだ。麦も品種改良されたものを植えるがとにかくこれでゲタを履かせるしかない。

 しかもすぐに結果が出るわけではなく、どこまで上手くいくことか。


「戦うにしても腹を満たせなければ根本から崩壊する。俺たちも支援はするが食料自給率は自分たちで上げてもらわないと意味がない。そこからは努力次第だよ」


「まさしくそうだな。我らが対等に近付くためにもそれは必要だ。ところで、それよりもちと相談があってだな……」


 リューディアが力強く頷いたと思った途端、今度は急に言いにくそうにしだした。


「なにか?」


「こうして協力いただけるのはありがたいし、本当に感謝もしている。だが、どうも貴殿らの見た目を苦手とする者がいてな……。戦うべき兵士ならそんな惰弱なことは言わせないのだが、そうでない民には……」


 珍しいくらい迂遠な言い回しでリューディアがおずおずと口を開いた。


「あー、そういうことか……」


 将斗はすぐ得心に至った。


 黒髪黒目の人間が珍しい……というよりはバルバリアの人間の見た目が地球の白人系に近いせいで苦手意識があるらしい。


 リューディアがなるべく将斗と話そうとするのもこれに関係がありそうだ。

 いずれ慣れるのかもしれないが、今はまだその時期ではないのだろう。


 ――うーん、これは対亜人折衝要員に自衛軍古巣の人間も召喚しないとダメかもしれないな。


 将斗は地球に置いてきた“同志”のことを考える。


 勤務体制もそうだが、異動や演習など、なかなか趣味に全力を出せない職務上、映画や音楽だけでなく漫画やアニメなど比較的どこでも楽しめる趣味に目覚める者は多い。それだけ若さを持て余しているのだ。


 彼らならスワンプマンにしたとして新天地で活き活きと働いてくれるだろうか……。


 マサトはなやんだが、すぐに深く考えるのをやめた。

 自分だって巻き込まれたのだ。こういう時は一蓮托生、みんなで幸せになるべきだ。


 すさまじく穴だらけの自己正当化理論だったが、将斗は早々にロバートたちへ意見具申するつもりになっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る