第80話 曇りのち砲弾


 小さな爆発音と金属の音が重なり、何かが空へ打ち出される。

 しばらくして、森の向こうから爆発音が響き渡ってきた。


『弾着――今!』


 無線ネットワークに迫撃砲小隊長からの通信が入った。

 聞いているロバートとスコットは指揮所内で姿勢をわずかに正す。


 画面の向こう側でも、地面から土砂が巻き上げられ粉塵となり、周囲にいた人間がそれに飲まれるのが見えた。

 無論、粉塵の中には高性能炸薬によって撒き散らされた破片が混じっている。新たに生まれるのは土砂と肉の混合物だ。


『“サンダー・スティール”より前線観測班FO、効果判定求む』


 上空で監視しているUAVから送られてくるリアルタイム映像と、前線に潜んでいるデルタチームからの情報を元に、M252 81mm迫撃砲を擁する迫撃砲分隊が次の目標を狙うための準備に取り掛かっているのだ。


『こちら“デルタ”、敵前衛に命中。魔法騎兵とやらは大半が排除された。試射なしでよくやったもんだ』


 ウォルターの声が入った。


 彼らのデルタチームが前線観測班となって砲撃の支援を行っている。特殊部隊員ならばこれくらいは必須スキルだ。

 ただ、ロバートやスコットの誘いに「コールサインは考えるのが面倒だ」とノって来なかったのはいただけない。いずれはなんとかさせる。


『“サンダー・スティール”了解。かくれんぼを頑張ってる“デルタ”の頭の上から、砲弾降らせるわけにはいかないからな。しっかり隠れてろよ、修正射に移る。諸元送れ』


『こちら“デルタ”。各砲門、西に距離二十伸ばせ。1~4は南、5~8は北にバラけさせて自由射撃。モニタリングしているだろうが、敵が散らばって森に逃げ込もうとしている。あまり効果はないかもしれんが、外周から圧をかけてくれ』


『“サンダー・スティール”了解。距離二十伸ばして修正射……開始!』


 追加の指示を受けて迫撃砲小隊が射撃に移っていく。


 M252はジェームズの故郷たるイギリス軍のL16 81mm 迫撃砲を原型に開発され、原型より重くなっているが、アルミダイカストADCで作られた砲身は非常に軽量で、第二次世界大戦当時の80mm級迫撃砲が60kg強に対して40kgほどにまで抑えている。

 砲自身も、砲身が16kg、支持架が12kg、底板が13kg、照準器はオマケ程度だが

1.1kgの四つに分解・運搬可能なため展開性も優れていた。


 砲身には冷却用のフィンが、また砲口にも爆風を抑え込む装置BAD(Blast Attenuation Device)が取り付けられ、各種発射作業を行う兵士への砲煙と音の影響を減らしている。


 その上で、“コイツ”は山なりの弾道で森の向こう側の敵を撃滅できる。


 迫撃砲モーターとは――


『――こちら“デルタ”、お客は森に入った。繰り返す。お客は森に入った。こちらの存在は露見せず。出口に蓋がされたな』


 デルタから作戦が次の段階に移ったと報告があった。


「こちらHQ“スレッジハンマー”、上出来だGood Kill。迫撃砲部隊は射撃中止、これ以上は森に被害が出る」

「“サンダースティール”、こちらHQ“ペインキラー”。小火器に替えてもしもの時に備えろ。デルタは引き続き待機。あとは――“新兵”にやらせる』


 自分たちの出番がきたと、スコットとロバートが回線に入って指示を出す。


『“サンダースティール”、了解』『“デルタ”、了解』


 これ以上の無駄話はなしだ。極めて簡潔な応答を最後に無線が切れる。


「……ふう、とりあえずまずは一歩か。一気に大所帯になったと思ったが、これでも人数が足りやしないなんて」

「まったくだ。本当に戦争ってのは金と人間を“消費”するもんだな……」


 それぞれが溜め息を吐き出した。


 少佐とくれば大隊長相当の階級だが、あいにくとロバートもスコットも士官コースを経て早くから特殊部隊課程に進んでおり、大人数の指揮経験が多いわけではない。


 アメリカ海兵隊では迫撃砲小隊は69人が定数だが、今回の制限解除でもその人数は確保できなかったため、24人で分隊は4つ、その他人員で合計32人となっている。

 迫撃砲班ひとつで無理矢理8門の81mm迫撃砲を運用した形だ。


 最初の砲撃が上手くできたのも事前に撃ち込む場所が決まっていたからで、第二射以降をバラけさせて手数を優先させたのは完全なる人員不足によるものだ。


 嘆いてはみるが、それでも歩兵だけで真正面から戦うよりはずっと“効率的な戦争”ができる。

 わざわざ相手の土俵に降りていく必要などないのだ。


「それにしても見事な直撃弾だったな。仮に死体を引き渡せなんて言われてもグチャグチャで無理だぞ?」


 モニター越しの“戦果”を覗き込みながらロバートが話題を変えようと言葉を漏らす。

 もっとも、こちらもあまりいい話題とは言えないが。


「やっちまったんだ、今さら言っても詮無いことだ」


 スコットが嘆息しながら答え、モニターの画像を拡大させた。


 UAV――RQ-21 ブラックジャックでは赤外線探知も可能だが、森の中はすでにデルタチームと“新兵”たちに任せているため、先に司令部側で戦果確認を行っている状況だった。


「そうだな。しっかり戦闘証明バトルプルーブに反映させるしかないか。魔法が使えるとはいえ騎兵相手に迫撃砲弾なんてエグいもんだがな。まさしくハンバーガー・フィールドだぜ」


 ロバートが眉を顰めた。


 81mm迫撃砲弾の直撃を受ければ人間がどうなるか軍人として良く知っているが、それがこの魔法も絡む異世界で反映されるかは検証の必要があった。

 そうでなければ思わぬところで足を掬われかねない。


「かえってシンプルだろ。敵を屈服させるには、より強い力でぶん殴るしかない。絵本にも書いてあることだ」


「どこの北欧のヤギの話だよ。でも――たしかにそうだな」


 あっけらかんと答えた副官の言葉に苦笑しつつも、ロバートはゆっくりと頷いた。


 今日の戦いは、もしかするとこの世界の戦史に残るかもしれない。

 亜人の叛乱と、戦で初めて魔法以外の手段によって地獄が生み出された瞬間として。


 そうなるにはまず勝たねばならないのだが――


「まぁ、ここまでやったんだ。あとは勝つ以外ない」


 紡がれた言葉は期待を抱くものではなく、確信を得ているものだった。



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