第79話 戦端


 バルバリアの討伐軍は騎馬を中心とした軍勢にて南東へ進んでいた。


 ――西からの雲の流れが速い。雨が降らねば良いが……。


 全体の中ほどを進む指揮官は馬上から空を見て内心でつぶやいた。

 今回の出兵は愚かにもバルバリアに弓を引いたエルフたちの討伐だ。久しぶりの戦でもあり血が滾るのを感じていた。


「小癪なエルフどもめ……。向こう数十年は逆らう気が起きないよう兵力を刈り取らねばなりませんな」


 隣を進む副官が話しかけてきた。

 戦いを前に彼も興奮しているようだ。周りの兵の目があるゆえに声は控え目であるが双眸には闘志が漲っていた。


「そのつもりだ。他の種族への見せしめにもなるからな。とはいえ、彼らは貴重な“商品”でもあるため根切りというわけにもいかん」


 亜人デミごときに同胞を殺された怒りは指揮官の中にもあるが、それだけでは世の中が回らないことも知っている。

 エルフという見た目だけは整った生物はバルバリアにとって大きな価値を生み出す。

 聖剣教会の庇護を得るためにも、ここで血迷って根絶させるわけにもいかなった。


「まずは軽く森を焼き、ヤツらの拠り所を少しづつ奪ってやる。そうして怒りに任せて出てくる雑兵を騎兵の突破力で蹂躙するのだ。それだけで戦意は折れようぞ」


「簡単ですな。ヤツらの慌てふためく姿が思い浮かぶようです。我が剣の出番もあることやら」


 愉快そうに副官が笑い鎧が音を立てた。


 剣の扱いにも槍の扱いにも見るべきものもない、貧弱なエルフの唯一の特技と言えば弓矢か魔法くらいだ。

 それも守るべき森の中であれば後者はろくに使えない。自分たちで身を縛っているようなものだ。

 なのにヤツらは森に引きこもっている。


「それにしてもやられるとは狩り部隊も情けないものです」


「大方、連中もいつものことと油断していたのだろう」


 味方の批判を公然とするわけにもいかず適当に流した。


 今回やられた連中も、遠征ではいつも“戦利品”を得ては密かに愉しんでいた。

 亜人の女ごときに執着して罠にでもかけられたか。有り得そうな話だ。所詮は正規の任務を与えられなかった騎士の面汚しよ。

 それだけに正規の騎士で編成された捜索隊まで半分以上がやられたのは痛い。

 おかげでバルバリアとしても本気にならざるを得なかった。


「ヒトとの勢力争いに敗れ東方へ逃げ、他の種族との兼ね合いから縄張りの維持に精一杯で反抗する気などとうの昔になくなったと思っていたが……」


「生かさず殺さずの締め付け具合が足りなかったと思われます。しかし、王宮は教会への援軍を依頼するとも……」


「次は躓かぬよ。教会の援軍が来る前に片付ける。亜人の叛乱となればヴェストファーレンも我らに強くは言えまい。これを機に我らが拠点をこの地に築くことも可能だ」


 兵の手前もあって言葉にはしないが今回の功績で代官になれるやもしれない。

 そう考えていると森が間近に見えてきた。


「全軍停止! 魔法騎兵は前に出よ! 森の中で待ち構える亜人どもを燻し出してくれよう! 火炎球投射用意! 雨が降る前に勝敗を決するぞ!」


 号令を受けて槍騎兵、弓騎兵、その次の順で固まっていた軽装の騎兵が出て行く。


 彼らは皆が武器の代わりに魔導杖まどうじょうを持ち魔法による間接支援を担う部隊だ。

 素早く動く敵の騎兵にはあまり効果はないが、足の遅い歩兵や砦などに火を放つには威力を発揮する。今回もそれが狙いだった。


 魔法での火災はおそらくそう大きなものを引き起こせない。

 だが、命の次に大事な森が焼かれればエルフたちは黙っていられない。焦れて出て来た時がヤツらの最期だ。


「火炎球、投射用意ッ!!」


 副官が声を張り上げた。いよいよだ。


 そう思った時、何かの音がした。


「なんだ、何かが空から――?」


 疑問が口から出た瞬間、先にあった地面が一斉に爆発した。


「誰か!」

「馬を落ち着かせろ!!」

「なんだ、地面が!?」

「目がぁっ!」


 兵たちが叫び、馬が暴れる。誰もが周囲を落ち着かせるのに必死になった。 


 突如として生じた混乱の中で指揮官は我に返る。

 いや、地面が爆発したかどうか、それが大事なのではない。それよりもその場所にあったのは――


「魔法騎兵はどうなった!?」


 しばらくして粉塵が晴れるとそこには夥しい数の死体があった。


 ――やられた!


 大将首でもなく打撃力のある騎兵でもなく、森に火を点ける厄介な魔法騎兵だけを狙っていたのだ。

 これは戦を知らない者に判断できる戦い方ではない。


「森の中から狙われているぞ! あらかじめ割り振っていた部隊ごとに散開! このまま森に入って敵を潰せ!」


 指揮官が叫んだ。

 訓練を受けた兵士たちはすぐさま左右に広がり、走りながら森を目指す。

 外にいる時を狙ったのは森を傷つけたくなかったからだ。ならばそこに活路はある。


「総隊長! これは!?」


「とにかく罠だ! ヤツら、こちらが火を放つ瞬間を狙っていたのだ!」


 副官の問いに怒りのまま叫ぶが馬の脚は止めない。


 未だにどんな攻撃を受けたのかはわからない。だが、止まれば死ぬ。それだけは誰に言われるまでもなく理解できていた。

 完全装備で送り込まれるだけあって無能な兵ではなかった。


「次が来るぞ!」


 そこでまたあの音がした。


 ふたたび地面でほぼ同時に爆発が生まれる。

 出遅れた兵が何人か巻き込まれ、直撃を受けた者は即死。負傷した者も魔法攻撃でもあり得ない致命傷や重傷ばかりの無残極まりない光景を作り出す。


 しかし、それでも先ほどよりも爆発ひとつひとつの位置がバラけていた。


 あれはおそらく短弓のように直接狙えるものではないのだ。何かはわからないが山なりに投射してきている気がする。


「敵はこちらの正確な位置が見えていない! 斥候か何かが進軍方向から我らの立ち止まる瞬間を推測しただけだ! ここを離れろ! このまま攻め込む!」


 根拠はなかった。だが、この場に留まっていては一方的にやられかねない。

 逃げる手? そんなものはナシだ。敵の姿を見ないまま逃げ帰るなど敵前逃亡で処断される。


 未知の攻撃手段であろうと空から一斉に降り注ぐ矢と思えばいい。

 咄嗟に出た命令だが、指揮官の経験が多くの兵の命を繋いだ。それは事実だった。


 無論、森の中に誘い込まれているとはまだ誰も知らない。



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