第78話 今日から先は


 そして話を現在に戻す。


 森の中に展開した〈パラベラム〉とエルフたちは迎撃準備を終えていた。


「UAVが捕捉中の敵軍ですが、もうすこしで森に入ります。およそ三十分後を予想、規模は二百、騎馬が中心です」


 ミリアがロバートに報告を上げた。

 森の中――以前壊滅させられた村の跡地に前線指揮所を構えていた。


「来たか」


 静かに腕を組み、時を待っていたロバートが目を開いた。


「兵力は以前の十倍に及びます。予想はしていましたが、やはりそれなりの規模を送り込んで来ましたね」


 ミリアが嘆息するように、モニターに映し出された敵兵を見れば、その規模はかつて森を襲った時とは比べ物にならない。


 最初の犠牲になった人狩りマンハント部隊が、事故あるいは大型の魔物で壊滅したわけではないと知って本格的に軍を派遣して来たらしい。


 無論、彼らは自分たちを遙か上空から監視する存在UAVに気付いてはいない。


「ここで報復に出なければ他の種族まで叛乱を起こす可能性が出て来る。対応としては間違いじゃないさ。それでもちょっと押しが弱いな」


 ロバートが数の不足を指摘した。


 とはいえバルバリアは山岳地帯の中小国だ。

 厳しい懐事情もあって、エルフの鎮圧だけならこれだけ出せば事足りると無意識のうちにブレーキが働いたのかもしれない。


「ははは。これまでの蛮行がすべての原因なのですがね」


 傍に座っていたジェームズが皮肉げに笑った。


 人身売買などしなければここまでの事態にはならなかったかもしれない。それだけ恨みを買っていたのだ。

 今の状況はさておき、いずれは似たような形で暴発していた可能性がある。


 もっとも〈パラベラム〉がこの地に流れて来た時点で運命そのものが変わってしまったわけだが。


「フム、イギリス人が言うと説得力があるな」


 返答を受けたジェームズの表情がイヤそうな形に歪んだ。

 よくもまぁこの場で皮肉をブチ込んで来たなと思っているのだろう。


「そういうところをあげつらうからヤンキーは嫌われるんですよ。……無論、彼らにそんな意識は働いていないでしょうけれど」


 ジェームズの見立てでは、「衝動的に暴発したエルフが人狩り部隊を殺し、事態の発覚を恐れて捜索部隊にも襲い掛かった」という認識でバルバリアが動いていると予想していた。


「上層部がどうかだな。ヤツら教会に援軍を要請すると思うか?」


 小さく笑ったロバートは話題の切替に応じた。

 精一杯の虚勢を張ったジョンブルジェームズをこれ以上いじめるのはかわいそうだった。


「どうぞ」


 ちょうどそのタイミングでミリアがコーヒーと紅茶を淹れてくれた。女性陣と交流することで気遣いも段々と覚えていっているらしい。


 会話中のふたりは目礼で杯を軽く掲げて済ませた。


「……そこは確実に。でなければエルフを狩ったりなどしないはずです。あれは彼らなりの“安全保障政策”でしょう。反吐が出ますが」


「中小国なりの生き延び方だな」


「教会勢力の浸透を許しているのもワザとかもしれませんね」


 本音で言えば、中小国のバルバリアは自分たちだけで事に当たりたくはないはずだ。

 隣は小国エトセリアとはいえ、南部には仮想敵国のヴェストファーレンがいる。エルフの鎮圧ごときに兵力を失いたくないのだ。


 ゆえに“日頃のお布施の見返り”として教会に援軍を要請するしかない。

 距離の問題から派遣までかかる時間は間違いなく長期にわたる。かといってその間に何もしないのもあり得ない。


 この時点で、すでにバルバリアは転落コースに乗っていた。


 〈パラベラム〉が存在しないこと、エルフが蜂起しないこと、仮想敵国の窮地にヴェストファーレンが何もしないこと――

 これらが成立しない未来がなかった以上、バルバリアは亡ぶ運命に傾いたと言ってもいい。


「にしては戦力に聖剣騎士団らしきものはナシ。おいおい、信心が足りないんじゃないのか?」


 カップを口に運んだロバートの言葉にジェームズが肩を揺らした。


「ひとまず自分たちでやる気なのでしょう」


「気合だけは十分か。まさかこれから国が傾くなんて思っちゃいないだろうから当然だが……」


 遠目にしても装備に手抜き感は見られなかった。

 むしろ、反旗を翻したエルフたちに、「ヒトへ逆らえばどうなるか教えてやる」とでも言わんばかりの闘志を漲らせている。

 なるほど、エルフたちに正面から戦わせたらあまり面白くない結末になりそうだ。


「それだけに現場は相手を侮っています。いい一撃を与えられますよ」


 ジェームズは悪い笑みを浮かべた。

 相変わらずこの男はいい性格をしている。エルフに劣らぬ容姿を持ちながら性格は彼らプライドなどとは別次元のところにある。


「状況はいかがでしょうか」


 話が落ち着いた頃合いで、天幕を上げて外からエルフの青年が入って来た。背後には槍を持った護衛がふたり。

 青年の面影はリューディアに似ており、外見から年齢がわかりにくいエルフとはいえ幾分か年上でより中性的な容貌となっている。


 さすがはエルフの王族だけあって美青年としか言いようがない。リューディアもそうだったが、反則的な顔の整い具合だ。


 もっとも顔面偏差値で勝負しても仕方がない。特殊部隊らしく戦いで成果を上げるのだ。


「そろそろ始まりそうです、王子殿下」


 モニターを指さしてロバートが答えた。


「いよいよですか……」


 エルフの王子――エリアスが憂いの表情を浮かべた。

 緊張に声が少し震えている。未知の技術に関しては完全にもうそういうものだと思い込むことにしている。

 でなければ頭が破裂しそうだった。


「ええ。たった今この時より、あなたがたエルフは生まれ変わる。そのための戦いです」


「もう後には引け……いえ、まさしく変わるしかありません。他種族に言わせると「森の賢者も落ちぶれたものだ」――とのことですが」


 蜂起に先駆けて、兵士適性のない文官を見繕ってより東方のドワーフ、獣人、ハーフリングに参戦を呼びかけに行ったが、おおむね鼻で笑われ門前払いを受けたという。


 実際にはもっと心ない言葉を浴びせられたのだが、エルフ王族への忖度でなかったことにされた。

 ここでどうしようもない溝を作るわけにはいかない。現場の機転だった。


「言わせておけばいい。どうせこの一戦に勝てたらどいつも目の色を変えて参加させて欲しいと言ってきます。次は我々も同席しましょう」


「ははは、そうなってくれれば少しは胸もすくのですが」


 エリアスはこと更に笑ってみせた。

 背後の護衛たちがそっと目を瞑る。今はそう信じて戦うしかないのだ。


「言葉を尽くせば解決するわけではありません。自分たちの目で見なければ納得しないことも多い。そうだったでしょう?」


「……耳が痛いですね」


 ぴこぴこと耳が小さく動いた。どうやらエルフは感情がここに現れるらしい。


 もしや感情を見破られないよう敢えて高慢に振舞っていたのでは?と将斗は思った。

 だとしたらとんでもないツンデレ種族である。


「あまりからかうつもりはないが、エルフが言うと説得力がまた違うな」


「むぅ……」


 エリアスの眉が寄った。くだらない冗談に少しは緊張も解れたらしい。

 聞いていたジェームズは「同じネタを使うのは感心しない」と不満げだったが。


 ここまで用意したのだ。あとはなるようにしかならない。そう覚悟を決めたのだろう。


 あるいは、目の前で泰然とする野郎どもファッキンガイズの緊張感のなさに少し感化されたか――


「コーヒーのいい匂いだな。こちらの準備は整ったぞ」


 そこでスコットとエルンストが天幕に入って来た。

 彼らは近くで“歓迎委員会”の指揮を取っていた。こちらも新たに召喚した小隊を率いている。


「ご苦労様」


 ミリアに手で指示を出してからロバートはそちらを向く。


「なんだ楽しい話でもしてたか?」


 こちらの様子を見て興味を持った様子だ。大方内容はわかっているようだが。


「これからの話かな」


「気の早い連中だ。まぁ、どうせ勝つんだがな」


 にやりと笑う巨漢の表情にエルフたちがぎょっとしたように一歩引く。

 これくらいで気圧されては困るのだが……。


「それじゃあ早速作戦の開始といこうか。パーティグッズの配置は整っている」


 スコットがこうも“イイ笑み”を浮かべるもの――はすでに雲の漂う灰色の空を睨んでいた。






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